委託
いつも見る景色を、自分はいまこの目で眺めている。
いつも使っている体を、自分はいま動かしている。
「いつもの」で埋め尽くされたこの状況ではあったが、決して普通や日常という言葉では済ますことの出来ない状況がその場には広がっていた。
今あるのは片手剣。敵は骨っぽい鹿が3匹。突っ込んで来る鹿を避けながら、剣で弱らせていくシビアでデンジャラスなゲームである。
「そりゃっ」
骨の鹿の背骨が折れる音がして、その途端その生き物はただの物となり地面に崩れ落ちる。
「おらっ」
剣を持ったことは無いが、何故か良く動けている。そしてこの動作は見覚えがある。
「はっ」
もう1匹鹿の骨を倒し、狙いを最後の一匹に定める。
「っしゃーっ!!」
渾身の一撃は、鹿を一刀両断した。
Another Life Tales Online、通話「ALTO」。
自然たくさんの広大なフィールド、世界の有名どころのオマージュから未来的なデザインまである多種多様な街の景色、戦闘だけに収まらないコンテンツなど初心者から廃人プレイヤーまで幅広く楽しめることで有名であり、サービス開始から5年経った今でも愛され続けるMMOである。
そんなALTO、プロデューサーである「ま氏」が活動的だからか高頻度で様々な街、仕様などが追加されていたのだか、ここ数ヶ月新しいモノの実装が一切無かった。このような事はALTOが始まってから初めてのことであり、プレイヤーの中では何かあったのではないかと噂されるほどであった。
そのような状況下で、廃人プレイヤーであるアキ、本名篠森秋はやることが無かったのである。
篠宮秋は現在16歳の高校一年生。日本でもかなり偏差値の高い方の中高一貫校に入学していたため、中3ごろからかなりだらけた生活を送っていた。家に帰ったら期限近くの宿題を片付け、ALTOをし、ソシャゲをし、気になったモンスターの情報やその元ネタなどを調べたりと、現代の文明の利器をフル活用したライフスタイルである。
また休みの日には学校の友人とカラオケで喉を枯らしたり、本棚のマンガを読み漁り、そしてゲームに戻るという代わり映えのない習慣を持っていた。
この日、彼はいつも一緒に遊ぶ友人が風邪で寝込んでおり、1人でなんかしようとなんとなくALTOにログインした。そしてその瞬間、言葉通り「意識が飛ぶ」感覚がして、気づいたら自分がよく適当なコイン稼ぎに来る「月砂の森」に寝っ転がっていたのだった。
「ひょっとして、ひょっとしてだけど」
彼の頭には一つの可能性が浮かんでいた。最近人気のジャンル、そして彼もよく読むジャンルの、
「ゲームの中に入ってしまったやつ、では」
そうすればだいたい説明のつく、この状況。
いつもコンピュータ越しに見る景色を、自分はいまこの目で眺めている。
いつもコンピュータ越しで使っている体を、自分はいま動かしている。
「コンピュータ越しでいつもの」で埋め尽くされたこの状況ではあったが、実際に見るのは初めての、普通ではない状況だった。
さて、こういう状況で小説のキャラクターは何をする?アキはゲーム召喚系のラノベではよく遊ぶ仲間と出会う、又は会いに行く、という定番を思い浮かべた。そこでとりあえず知り合いを探そうと思って立ち上が、ろうとすると体のバランス感さる、覚がおかしい。そして、アキはそこで初めて気付いた。バランス感覚のズレとともに、元々「そこ」にあったものの擦れを一切感じないことに。
この体、ゲームで使っているアバター、しかも女である。
彼は姫プレイしたいわけではなく、ただ単純になんとなーくアバターを女にしていただけで、自己紹介では男だと公言しており、それ故姫プレイで好まれそうな容姿にもしていない。実際無乳な上装備もかなり強くはあるが地味。いつも友人と身内プレイしていたので特に問題はなかったが。
しかしアキにとってはまんざらでも無かった。元々女装とかしてみたいとは頭の片隅で考えていたし、そしてその夢はそこそこまあまあな体格と羞恥心によって潰えていたのだから。
こうして自分の容姿を知ったアキは、バランスに気をつけながらも森を進んでいった。
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ある程度体に慣れ、森を1kmほど進んだところに、大きめの池があった。「月砂の森」において集合場所などに使われる「浄池」である。この時はたまたまなのか人が誰もおらず、そこには静寂が広がっていた。
アキは水面をのぞき込み、自分の姿を再確認する。
「ああ......これ完全に俺のアバターだわ」
飲み込まれそうなほど黒い髪、整った顔、そして疲れからか目つきの鋭さの増した目。ゲームアバターを作ってから毎日のように見てきた姿である。
とりあえず岸に座り、自分の装備を再確認する。
濃緑のコート、正式名称は「歴史の魔套」。どんな職でも装備できる高性能なコートである。そこにに白シャツ黒スカート、そしてそこらを浮遊している一応杖扱いの黒い玉「変幻の宝玉」。この杖は高難易度のクエストのソロ攻略報酬で、「魔剣士」という器用貧乏で不人気な職でありながら気合と根性で掴み取った自慢の業物である。そしてアキの職には必須の剣の中でも魔法適性の高い「モノクローム」。それ以外に関してもどれも高頻度で使っている愛用品で......
「ひぇっ!?」
スカートを履いているのに、今更気づいたのだった。
「スースーするともなんとも思わなかったし意識しなかったけど......しかもミニっぽいし」
女子制服の下(短め)を黒くしたようなスカート。そしてニーソという絶対領域を具現するために彼の選んだ装備。といってもそれの装備者が自分である故に興奮以前の問題だった。どちらかと言うとアキの人一倍持つ羞恥心が猛威を振るう。しかし装備を変更するためのウィンドウはどこにも見つからず、そのままでいるしかないというこの状況はアキにとって非常に残酷なものであった。
「どうしようかこれ......」
途方に暮れたアキの思考は、徐々に冷静になりつつ様々な方向へ突き進んでいく。ここはALTOの世界なのか、それとも森が似てるだけの世界なのか、そもそもなんでこんなところに来てしまったのか、元の世界の自分はどうなっているのか、今日のおやつは何の予定だったのか、あ、そういえばレポートの期限明日だ。やばいまだとき終わってないしベクトルの超高難易度問題だったはずだから早く解かなきゃな、ああ世界違うから無理だわ。
「あ"ーっもうはっずかしいなこれ!!!」
と、アキは湖に叫んだ。すると、魔物が近寄ってきたのである。
魔獣を狩り尽くした場所は、血こそないものの大分凄惨な状態と化していた。
「ナニゴト!?」
その光景を見たからなのか、後ろの方から驚く声がした。そちらを向いてみると、17,8くらいの少女が、といっても高1のアキにとっては年上だか、そんな少女がこっちを見てわなわなと震えていた。
「というか誰よあんた!この池に人がいるなんて初めて!ここは私だけの秘密の遊び場だったのに!」
「ぼっちかよお前、てかここ前から落合場所として結構有名だと思うんだけど」
「この場所を知ってる人なんてほとんどいないわよ!毎日ここに来てるあたしが言うんだから間違いないわ!あとボッチじゃないし!」
「毎日ここにおひとり様で遊びに来てるって公言しといて何を今更」
「精霊のみんながいるし!」
「可哀想な少女はいつかこの浄池に身を沈めようと......」
「浄池ってなによ!それに入水自殺なんて縁起悪いこといわないの!」
「とりあえず落ち着いてくんない?俺もそのテンションに付いていけるほどテンション高くない」
「あ、うん......」
アキがこの世界に来て最初に出会った人物は、極めてハイテンションで一緒にいると疲れるタイプの少女だった。