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異世界からの旅人~納涼短編~

作者: 蒼井茜

 花火、それは日本の夏を彩る風物詩である。

 そんな華々しい夜空の大輪は、過去の時代においては別の目的で用いられていた

 主に合図や目印といった要素で使われたそれらは、楽しむものではなく畏怖するものである場合が多かった。

 なぜこのような話をしたかと言えば至極簡単である。

 今私のすぐ真横で、浴衣に身を包みながらがくがくと震えているイケメンをどう慰めた者か、私は考えあぐねているからだ。


「アルノ王子、敵とか攻めてこないですから落ち着いてくださいな。

ほら、綿あめ食べて」


 このイケメンはアルノという名の王子であり、この日本、いやこの世界の外側からやってきた不思議な旅人だ。

 所謂異世界からトリップしてきた、というものらしいのだが……あいにく私はその手の小説に詳しくない。

 妹が語ってくれたが半分以上忘れてしまっている。


「だ、だが……梓、あれは敵が攻めてくる合図ではないのか? 」


「攻めてきませんってに、ここにいるのはあの花火を見たくて集まった暇な連中です」


 かくいう私たちもその暇な連中に分類されてしまうが、母さんの粋な計らいで花火大会という名のデートに追いやられたという言い訳ができるのでセーフだ。

 少々着付けに手間取ってしまったが問題はないだろう。


「花火……」


「そう、あれは小さな火薬球を大きな球に仕込んで火をつけて、空に花を咲かせるの。

だから花火」


「…………」


敵が攻めてこない、とわかったからか王子は少し落ち着いたようだ。

これで私も落ち着いてリンゴ飴が食べられる。


「梓、それは何だ? 随分と赤いが」

「リンゴ飴ですよ、リンゴって言う果実を飴でくるんだものです。

甘くておいしいですよ」


「一口いただこう」


 そう言って王子は私の是非も効かずにリンゴ飴を齧った、このやろう。

 というか的確に私が口をつけたところを狙いやがったな。

 

「王子、人が口をつけたところを狙うのはどうかと」


「なぜだ? 人が口をつけた場所ほど毒の心配がないものはない」


 あぁ、そういうこと……王子のいた世界は16世紀のフランス並みに危険がいっぱいだったと聞かされたっけ。

 貴族がいて国王がいて、平民がいて、貴族がろくでもないことをやったら国王も非難されて、国王が平民のために動くと貴族にバッシングされて、とにかくトップが頭と胃を痛める世界だっけ。

 そんな世界だったら毒殺もしょっちゅうだったんだろうし、警戒するのは仕方のないことだろう。


「……すまないな、まだあちらの習慣が抜けきってはいないのだよ」


「いえ、私も考えなしでした」


 互いに反省点を謝罪しあっていると夜空に大輪が咲き乱れた。

 その音に、私たちは反応して目を奪われた。

 花畑、そう形容してしまえるほどに咲き誇る花火たちは、とても綺麗だったからだ。


「こちらの世界は、平和だな」


「夏に花火やってることが話題になるくらいには、ですけどね」


 今頃ニュースの背景でこの花火が映っていることだろう。

 そして、王子が言う通りこの世界は平和なのだろう。

 ニュースなどでは物騒な話も続いている、国際情勢だって怪しい、そんな薄氷の上の平和かもしれないが、確かにこの世界は平和なのだ。

 王子が勝足そうに語る祖国と比べたら。


「……ずさ? あずさ? 梓! どうした? 」


「あ、いえなんでもありません」


「ふむ……察するに私の祖国のことで何か思うところがあったかな」


 ぐ、この王子は無駄に鋭いからむかつく。

 確かに王族なんて人の心がわからなければやっていられないだろうし、剣からビームぶっ放しているだけでは務まらないのだろうけれど。

 察しが良すぎるくせにほっといてほしい事にまで突っ込んでくるのはどうにかならないものか。


「沈黙は金、ですよ」


「雄弁は銀だそうだ、我が祖国では銀の方が価値があったのでな」


「ああ言えばこう言う……」


「梓のおかげでな、以前の私ではこうはいかなかっただろう、感謝している」


 唐突なお礼に驚いてリンゴ飴を落としそうになってしまった。


「感謝しているついでにもう一口リンゴ飴をくれないか」


 そう言って王子は私の返事も効かずに、真っ赤な皮にかじりついた。

 白い中身ではなく、だ。


「王子? 」


「いやなに、少し祖国の癖をこちらなりに直そうと思ってな」


「まったく……こちらに永住するつもりなら別にいいんですけどね」


「そうだな、その覚悟を決めたところだ」


「そうですか……」


 返す言葉もなくなり、しゃくしゃくとリンゴ飴を食べ進める。

 王子ももふもふと綿あめを齧っている。

 おそらく、私たちは今カップルに見えているんだろう。

 そう考えるだけで顔がリンゴになりそうなので花火に集中する。


「ないあがら……とはなんだ? 」


「でっかい滝です」


「ほほう……」


 くだらない会話をはさみながら、花火は終わりを迎えた。

 しばらくは帰宅する人の雑踏で身動きが取れなくなるだろう。

 人込みは私も王子も苦手としているから、もうしばらくここで休んでいよう。


「ふむ、火の華の後は星の華……見事なぜいたくだ」


 そう言って王子は夜空に浮かぶ星々を眺めていた。

 星の華というのは王子の祖国特有の言い回しで、星座のことを言うらしい。

 鼻に関する星座が多かったことが理由らしいが、それをまねして私も、空を見上げる。

 花火を打ち上げる日は、天候はもちろん風の弱い日が好ましい。

 今日はその両方をクリアして、雲一つない一日なうえに風なく、星空を邪魔するものは何一つない。

 

「欲を言えば酒がほしいが……それは言わぬが花だろう、花火と星の華にちなんでな」


 言っているうえにくだらない、という言葉こそいわぬがはなだろう。

 いつのまにか、私の右手を包む大きな手があるのも、沈黙は金……いや、銀なのかもしれない。


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