Interlnde1:【確信犯】
この話には少しばかり流血についての描写が存在します。
こ
「どーも〜!」
れ
「どっおも〜」
これ
「「言葉の権化、言霊の〜!」」
こ
「言好ちゃんっでぇ〜すっ!」
れ
「霊太くんで〜〜す」
これ
「「二人合わせて〜〜?」」
これ
「「言霊好太っで〜〜す」」
れ
「最後は関係ないね」
こ
「そうかな?」
れ
「牽強附会の話しだね。」
こ
「……ともかくっ。この幕間に現れたわけわからんコーナーの説明しないとっ」
れ
「そうだね。じゃ、お願いするよ」
こ
「ここは、最近“こんな意味じゃないんだけどな〜”っていう言葉を取り上げるコーナーですっ。」
れ
「そこで短いエピソードを書くから、練習になりますって言ってた。」
こ
「ち、ちょっ……あーあーあー!!彼は何にも言ってませ〜ん」
れ
「実は記念すべき処女作、不思議不可視議相談所〜日本語の乱れ〜に使いたかったネタなんだね」
こ
「あーあーあーぁーぁ……。もういいや。裏話だねっ。製作秘話だね」
れ
「そんな大層なものかな」
こ
「まぁね……時期尚早って感じもあるね」
れ
「では、パーソナリティのミッチーさん。今回のテーマは?」
こ
「ミッチーさんって……」
れ
「ことミッチーさん。」
こ
「……まぁ何でもいいよ……記念すべき初回のテーマは【確信犯】!!」
れ
「あー確信犯ね確信犯。確かに最近間違いは多い。あまりに多すぎて、それがホントなんじゃないか、世間の辞書は改正されたんじゃないか、っとこのテーマを取り上げる際、疑心暗鬼になりました。」
こ
「揚句の果てには書店の最新の辞書を確認したんだよねっ」
れ
「そうだった。今となってはいい思い出だね」
こ
「いい思い出かな……。ま、いいかっ。さて皆さん!確信犯ってどんな意味でしょ〜?」
れ
「あなたが思い浮かべたその意味、間違っていませんか?」
こ
「では、正解はエピソードの後でっ」
◇
夕日が差し込む教室。日常の、間違い様のない日常の場所なのに、異質。そこは明らかに異質だった。
橙色、無人、整然とならんだ机。カーテン、黒板、時計の音。特に顕著なのは窓の外。朱い。朱い光りが、それに染め上げられた風景が、教室を異質に染め上げている。
夕暮れなのだ。
学校が日常となるところの昼と、非日常となるところの夜の境。茅蜩は昼カナ夜カナカナカナと鳴くんだと言ったのは誰だったか。橙色の世界に茅蜩の声はよくよく似合う気がした。
しかし、いや、それだけでは、ない。教室が異質であるのは夕日の所為だけではない。
容れる物が、入っているものが、ないから。
教室は空の容れ物。そこにあるべきものがない。そんな違和感。
異質。
違失。
違忤と言っても差し障りはない。
あるものが、ない。異常。
ないものが、ある。異質。
容れ物があるだけで中身がないそんな、違和感。
そんな違和感と、意味の判らない不可思議な感慨とで教室は満たされていた。
「全く……。」
その言葉の続きを僕は呑み込んだ。
それこそ、僕が呟こうとしたもの、そのものだったから。
◇
「よかった……。来てくれたんだ。」
僕の背後でそんな声がした。いつの間に、と思いはしたけれど、何処ぞの殺し屋ではないので、穏和に振り向く。
「そりゃね。呼ばれれば来るよ。暇だったし」
とは言ったものの実はそんなに暇でもなかった。日曜である今日にやるべきことといえば、週末課題くらいしかない。そんなしがない高校生な僕だけれど、それなりにやりたいことはある。差し当たりは囚われの姫の救出だった。憐れな王国のお姫様は悪い魔法使いにつかまってしまったのだ。そして僕は王様から伝説の剣を授かった勇者、というわけだ。
だけれど、休日の夕方だというのに学年一の美少女に呼び出されてしまったら、断れはしなかった。囚われの姫<現実の美少女。因数分解も微積分も入り込む余地のない、揺るぎない不等式だ。
そして僕を呼び出した彼女を見る。歳は僕と同じ17歳。血液型は日本人に一番多いA型。テレビの向こうにいるかのような可憐な容貌。まだまだ幼さを残しながら、女性的な魅力を備え始めている。やや大きめな瞳は近眼なのか常に少し潤みがちだ。
髪が冗談みたいに滑らかで、長い。黒と言うよりは暗紫色と言った方がいい様な色で、腰まで届く大胆な長さ。ただ学校に来ている今は、規則の関係で一つの緩い三つ編みにして、やはり腰の近くまで垂らしてあった。
灰色のカーディガンを羽織っているのだけれど、サイズが妙に大きくて、元来華奢な彼女はますます線が細く見えている。長い袖からちょっとだけ出ている指先が何だか可愛らしい。
「でも、わざわざありがとね」
ふふっと笑ってから彼女が言う。透き通った綺麗な声。甘い声ではなく、小川のせせらぐ音の様な透明で潤った声。
「ちょっと不安だったの。来てくれなかったらって」
「行くよって言ったんだけど……。僕はそんなに信用がないのかい?」
「ううん、そんなことはないんだけど……」
彼女は胸の前で手を重ねて僕を見上げる。「あの……、気に障ったならごめんね?」
そして小首をかしげた。それをされると誰でも許してしまうという恐るべき仕種だ。小首をかしげる他に俯いて目を臥せる等と活用する。とある筋による情報ではこれは無意識なのだと言っていた。
「それはいいんだけど。取り敢えず……そう、座ろうか」
「う、うんっ」
窓際の席に着く。誰の席だったか、忘れたけれど、心の中で誰君に断って机に座る。彼女はその前の席の机に座った。
「話しって何なの?」
僕は切り出した。電話で彼女は、どうしても言いたいことがあるから、今から学校に来て。と言ったのだ。
「ぅ、うん……」
彼女は石竹色の唇の前で左右の手の指先を合わせながら小首をかしげてはにかむ様に笑った。
「それは、そうと、あの、えっと……模試、この間の模試はどうだった?」
「…………」
…………何と言うか、判り易い娘だな。と指先を離して前のめりになりながら言う彼女を見て思った。
「ぁ、え、あの、嫌だった……?」
彼女は恐る恐るといった言葉がぴったりくる感じに僕の顔を覗き込んだ。ちょっとの沈黙でこれだと生きにくいだろうな、と思わせる。彼女が“可愛いのにもてない”のはこれが原因だ。こちらから急に話しかけると申し訳なくなるくらいにうろたえるし、いざ話したら話したで、行き過ぎた気遣いだから。
「嫌なんかじゃないよ。ただ、この間の模試は思うように出来なかったなぁって。英語でついに偏差値40を割ったんだよ。笑っちゃうよね」
「ぁー、英語、難しかったもんね……わたしも下がっちゃったもの」
断っておくと、彼女の“下がった”には“偏差値70〜60の間で”といった注釈が付く。
「でも僕は国語がよかったよ。県で20位だ」
この言葉に嘘はない。だけれど、普段の成績から考えると、今回の現代文が自分に合っただけなのだろう。
「そうなの?すごいねっ!」
彼女が嬉しそうに破顔する。
「わたしは国語ダメだからうらやましいな……」
「でも君は英語があるじゃない。僕は国語だけだからな」
「そっ、そんなことないよ〜」
彼女は顔の前で照れた様に手を振る。
「…………」
「…………」
沈黙。まぁテストの話しなんて大抵こんなものかな。普段だってあまり盛り上がる話題ではない。
「………………」
「………………」
「……………………」
「……………………」
むぅ……何とも、言い現し様のない沈黙だ。何とかなんないかな〜。
「…………………………」
「…………………………」
「……………………………………」
「……………………………………」
こんな沈黙で字数を稼ぐなんて三文作家のやることだ、なんて。
「…………………………………………」
「…………………………………………」
そんな沈黙を破ったのは彼女だった、というか、何と言うか
くぅ…きゅるるるる〜〜〜っ
単純な生理現象、でもそれが故に御せない、何とも気の抜ける、何とも間延びした音が、二人の間に重々しく横たわっていた空気を一瞬にして吹き飛ばした。
「……お腹、減ってるの?」
「ぅ、ううん。そんなことないよ〜」
嘘吐きだ。僕は嘘吐きを発見した。けれど、
きゅぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ
彼女のお腹は正直者だった。彼女の頬がかぁぁぁっと朱くなる。
「……お腹の虫の方は、そうでもないみたいだけど。」
「そっ、そんなことないよっ。ホント、お腹空いてなんかいないのっ!これはっ、ただ……」
どうやら彼女は全力で否定したいみたいだ。ただ、嘘を吐くのが下手なだけで。
ぐぅぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ
……まぁお腹の方は正直過ぎだけど。この調子じゃあ授業中にも鳴っているのかもしれない。
「目茶苦茶鳴ってるけど……」
「…………ぁぅ。」
彼女は溜め息とも何ともつかない声をあげながら、頬を紅潮させたまま俯く。両腕でお腹を押さえ、やおら左足をあげて胸の前で膝を抱えてしまった。そして彼女は膝におでこを押し付ける。
「……………………」
しかし、彼女の体は僕に正面を向けている。しかも彼女は僕と同じく机に座っているのだ。服装は制服。となれば下はスカート。しかも大半の女子高生の例に漏れず短め……。片足でも、いや、だからこそ、机の上に上げてしまうと……。
「…………し、ろ……」
消えそうな声で呟く僕。純白だった。いや、勿論、まぁ、悪い気はしませんが、目のやり場に困ってしまう。何処まで【確信犯】なんだか知らないけれど、うん、精神衛生上よろしくはない。からかわれているのだろうか、それとも天然か。かける言葉が見付からずに僕は黙った。
◇
「あのね……」
顔を上げた彼女が声を発した。
「実はね、わたし、もう2日かな、水しか口にしてないの」
「……へぇ」
彼女が食べなかったらこの先どうなってしまうのか。ただでさえ線の細い、上から金だらいが降ってきたら折れてしまいそうな彼女なのに。いや、金だらいはないか。
「ぁ、あのねっ、ダイエットとかじゃないの。痩せたいとか、思ってないから」
「……まぁ、そうだろうね。もっと痩せるつもりなの?とか少し思ったけどね」
僕の言葉に彼女はぷるぷると首を振ってみせた。
「そんなんじゃないんだよー」
「すると、何で?近いうちにとてつもないご馳走を食べられる予定があるとか?」
「そんな予定はないけど……」
彼女はさっきまでのやや楽しそうな表情を、僕の冗談に“わけがわからない”と言いた気なそれに変えた。
「いや……何でもない。それで、ホントにどうして?…………何か食べたいなら今からファミレスにでもご一緒するけれど?何なら奢ってもいいよ」
ファミレスのくだりは彼女のお腹が“きゅるるる〜〜〜〜っ”と鳴ってから付け足したものだ。
「いいの。心配してくれてありがとだね。」
と彼女は笑った。
その笑顔は全てを吹っ切れたような、悩みがなくなった人間が浮かべるような、清々しい魅力があった。少なくとも僕にはお腹の空いている人がこんな笑顔を浮かべるのを見たことがなかった。
「これでいいんだ。お腹を下す薬も呑んだし……」
魅力的な、あまりに魅力的な笑顔のままで彼女は続ける。
「今ね、ホントに文字通りお腹、空っぽなの」
「……へぇ」
そして、彼女は両膝を立てて机の上に体育座りをした。先程より、その、白の面積が増える。
そして、
そして、
彼女はゆっくりと微笑んだ。
あたかも享楽的に甘美に
それでも清々しく魅力的に
その上蠱惑的に艶美に
宛ら朝日の様に暖かく
宛ら月光の様に清閑に
身震いする程破壊的に
身の毛がよだつ程建設的に
婉然に鵺的に微笑んだ
その笑みは
誘引するには十分な誘因で
僕は誘然と誘惑され
僕は蠱惑されて蠱疾し
僕は惑溺し惑乱し
僕は散心では済まない程に紊乱させられた。
「わたし…………あなたのことが、好きなの。」
彼女はゆっくりとゆっくりと言葉を紡ぐ。
果敢無い
か細い
風がそよとも吹けば崩壊してしまいそうな
大気の分子に触れるだけで崩解してしまいそうな
僕の仕種一つで崩墜してしまいそうな
彼女は
「だから…………だから、付き合って……もらない……かな」
細い
細い首にのる
小さい
小さい頭を
再び
再び膝に乗せ
上目遣いで僕を見る。
スカートの中を、晒したままで。
◇
僕が彼女に憐愍の情を掛け、憐察してやったとしても、何等不自然はなかっただろう。そうでなくても、彼女は学年切っての美少女なのだから。例えその性格、と言うか性質に多少の問題があろうとも。
……そんな文句を考えなくても、僕が彼女に返す答は明白だった。ぶっちゃけ、僕は以前から彼女のその特異点を気にしていたし、彼女に単なる好意では済まない感情を抱いていたんだから。
「いいよ。僕も君のことを気にしていたんだ」
僕は努めて明るく彼女に笑いかけた。
「ぇ……え!、ぁ、ありがとう!!」
彼女は僕を捕って食わんばかりに身をの乗り出した。
「あの……」
彼女が凄く喜ぶのに水を差すようで気が引けたのだけれど、僕は恐る恐る声を発した。彼女はしかし、僕に手の平を向けて僕の言葉を封じ込める。
「わたしから、言わせてくれる?……あなたは、……TelppA教の信者なんでしょう?」
彼女の発した単語、と言うか用語と表現した方が近いのかもしれない言葉は、意味はほとんど知られておらず、しかし僕にとっては不可解な言葉と言うわけでは、決してなかった。
「……やっぱり判るものなのかな」
「当たり前だよ。わたし達はae・TelppA様の子なんだから。同胞を見分けることなんて、朝飯前よ」
彼女は少し前よりは僅かに、しかし確実に明るくなった声で言う。
「もう、僕らは……?」
「うん。こうして生まれて、出会って、惹かれ合ったからには、ね?」
言いよどむ僕を助けるように彼女は言った。
「それに、わたしはもぅおなかが限界だよぉ……」
ぐぎゅぅぅぅぅ〜〜〜〜……。
弱々しい彼女の言葉を裏付けるかのように盛大にお腹が鳴る。そう言えばそうだ。彼女は恐らくは今日の為に、何日も何も食べていないのだから。家でじっとしているならばともかく、毎日学校に来ていれば、辛さは半端ではないはずだ。
「そうだね。行こう。屋上なんて、適切じゃないかな?雨が洗ってくれるしね」
そして僕らは歩き出した。
◇
TelppA教とは、端的に言わなくとも判る通り、とある宗教の名前だ。唯一神ae・TelppAを信仰するその宗教の教義は、独立独行、つまり『天は自ら助くる者を助く』 (Heaven helps those who help themselves.) 。『自分のやるべきことをしなさい、そうすれば必ず救いがもたらされます』と説く。
しかし一番特徴的なのは、行き過ぎにも近い唯心論だ。TelppA教の聖典では、全てのものは精神を主とし、死してなおそれは活きる、と考える。さらに、死とは精神の離反であり、精神は肉体――つまり物質的なものの呪縛から解放される。それが精神の救済であり、本来あるべき世界だ、とするのだ。
かなり乱暴な言い方になるけれど、TelppA教では、死こそが救済なのだ。勿論本来は、『だから最後には救われるのです。くよくよしないで生きなさい』と言うことなのかも知れない。
しかし、ある宗派では『死んでしまっても精神は残り、生きる。死んだその時のままで。しかもその精神は肉体の呪縛から逃れているから老いることはない』と聖典を解釈したらしい。
――そう。その流派の解釈に依れば、死とは不老不死への足掛かりなのだ。肉体を失うという点はあれど。そして、そんな解釈と、先の独立独行の教えが合わされば……何が起こるかは、明白だった。
◇
屋上へ出る扉の鍵をポケットから取り出すと彼女は大きめな瞳をさらに見開いて僕を見た。
「それは……?」
「半田でできた鍵だよ」
「ハンダ……?」
「中学の技術でやらなかったの?……割りと低い温度で溶ける…………金属だよ」
あれ?金属かな?もしかしたら金属じゃないかも。
「そうじゃなくて。何で屋上を開ける鍵をあなたが持ってるのか訊きたいの」
「あぁ……先輩からもらったんだよ」
正確には先輩が職員室から借りた鍵を紙粘土で型を取り、そこに半田を流して作った粗悪品だ。
「……開くの?」
そう説明した僕に彼女の顔は急に疑うような顔になる。まぁ当たり前か。
「開くよ。開きますとも」
そんな会話を交わしながら、彼女と僕は並んで階段を上る。
屋上へと通じる扉は、僕の手持ちの半田で簡単に開いた。彼女の唇から漏れた感嘆の溜息が何だか可愛らしい。
扉をくぐり、屋上に出る。外は暴力的なまでに朱に塗りたくられていた。油絵とは違う、水をたっぷり使って描いた、水彩画のような朱。厚みのない透き通るような朱は、昼と夜の境。光が治める時節と、闇が治める時節の境目。茅蜩の声は季節柄聞こえはしないけれど、その破壊的な朱は、僕の生の幕引きに相応しいライトアップであることは、間違いがなかった。
「…………」
「…………」
「…………ね、始めよう?」
「…………………うん」
彼女はどんな気持ちでこの朱を見ているのだろう。この荒々しい程の朱を。昼を支配した陽光が、闇に支配権を引き渡す間際に未練たらたら投げかける捨て台詞のような、朱を。
僕の脳裏に浮かぶのは―――
◇
彼女と僕は屋上の真ん中に、お互い大股で三歩程離れて向かい合う。緊迫した空気の中、向かい合った彼女のお腹はぐぅぐぅぐぅぐぅと鳴り続けていた。
「お腹……大丈夫?僕は“お清め”をしてないから、今日は取り敢えず何か食べて、後日に回さない?」
今に倒れてしまっても不自然は無いくらいに鳴り続ける彼女のお腹を心配して僕は言った。
「平気だよ。別に“お清め”は絶対ってワケでもないしね」
「でも……」
血を流すんだよ、と続けようとした僕を彼女は笑顔で押し止めた。
「すぐに、体なんかから解放されるのよ?だから、大丈夫」
彼女は、またあの笑顔を浮かべる。信じ切った者だけが得ることが出来る笑み。不安とか、迷いとか、そういうのは、一切、ない。
「…………だね。死ぬるべき時節には死ぬがよく候、って言うし」
そして今が“死ぬ時”なのだろう。死後の世界なんて誰も見たことがないのだから。もしかしたらそれは、彼女と二人、この若い姿で永遠にいられる世界かもしれないし、過去に二人で自殺してしまった両親に会えるのかもしれない。どちらにしても、そのどちらでなくても、異存は、一切、ない。
◇
彼女は胸ポケットから出した生徒手帳の中から、僕は学生服の内ポケットから、それぞれ鞘に収まったナイフを取り出す。鞘から出るのは、全てが銀で出来た刀身。携帯していても銃刀法に反しないよう、刃渡りは大して長くはない。鏡の様に磨かれた刀身は、沈んで行く太陽の光を受けて朱く輝いている。
僕と彼女はお互い揃って各々の手首を傷つける。鮮血が己の腕を伝って流れ落ちる様を、彼女と僕は何にも言わずに眺めていた。
「……いよいよね」
「まぁね」
そして僕らはゆっくり歩き出す。流れ落ちる血で半円を描き、直角に円の中心へと曲がる。そこからまた半円を描く。二人合わせると、まるでポケットモンスターのモンスターボールの様な図が出来上がる。
「…………」
「…………」
彼女と僕はその外側の円にたって向かい合った。
「……そろそろいいんじゃない?」
「……きみは、心の準備はいいの?」
「勿論」
彼女の顔は先刻の微笑みを浮かべている。“信じる者は救われる”か。何にも疑わない彼女は、それだけで救われているのか。
「……じゃぁ、さよなら」
「さよなら、じゃないよ。すぐにまた会えるよ。今度は精神だけの存在になってるけれどね」そして彼女と僕はお互いの距離を一足飛びで詰めると、お互いの胸目掛けてナイフを繰り出した。
◇
こ
「……なに、これ」
れ
「何って……エピソードってかインタールード:【確信犯】でしょ」
こ
「いや、そうだけどさぁ……。ってか幕間に出されるコミカルな出し物じゃ全然ないし。何でこんなに胸にもたつくイミ解んない代物なの?訳わかんない熟語並んでるし」
れ
「さぁ……」
こ
「大体、TelppA教てなによ!ae・TelppAって*****を逆様にしただけじゃない!!」
れ
「まぁねぇ。実はそのために最初の一文字が母音である言葉を探したわけだし」
こ
「もー……」
れ
「…………」
こ
「…………」
れ
「……………………」
こ
「……………………」
れ
「『こんな沈黙で字数を稼ぐなんて三文作家のやることだ、なんて。』……なんて」
こ
「うっさい!!」
れ
「まぁまぁ。じゃ、パーソナリティのミッチーさん、今回のエピソードから何が読み取れるのか、説明を」
こ
「う……。ま、この、【確信犯】の使い方だけど、これ、一番ありがちな誤用です」
れ
「ほう。誤用とな?」
こ
「うん。最近【確信犯】って、『悪いと知って行う犯罪』や、『結果を予め知ってて、計略をする』みたいな風に捉えられてない?」
れ
「うん」
こ
「でもさ、考えてもみてよ。空き巣の常習犯は、『空き巣は悪いことだ』って知ってやるでしょう?もともと」
れ
「まぁ、本当に悪いことだって知らないとは考えにくいね」
こ
「そうなのよ。それだったら、みんなみんな【確信犯】でしょ?」
れ
「まぁ、それでもいいじゃん」
こ
「まぁ……。いや、違うから。確かにそれでもいいけどさ、【確信犯】は意味が違うんだっば」
れ
「ぼかぁ周囲に認知されている意味がその言葉の意味になってもいいとは思うんだけどねぇ」
こ
「キミ……それだとこの話、何らかの意味も持たないものになっちゃうよ」
れ
「…………」
こ
「…………」
れ
「〜〜〜〜〜〜♪」
こ
「誤魔化すな」
れ
「知ってた?【誤魔化す】って【胡麻化す】でもいいらしいよ」
こ
「もっともらしい嘘付かない」
れ
「本当なのに……」
こ
「とにかく……」
れ
「分かったよ」
これ
「「あなたの思い浮かべた【確信犯】。本当はどんな意味だったのでしょうか?」」
こ
「では、先生にお聞きしたいと思いま〜す」
れ
「金田一京助先生、お願いします」
【確信犯】
(名)道徳的・政治的・宗教的な確信を持って、正しいと信じて行う犯罪。また、その犯罪者。
――小学館『新選国語辞典』より
こ
「金田一先生って……確かにこの辞書、先生のだけどね」
れ
「詰まり、【確信犯】は、世間で認知されている意味とは本当は正反対だったというわけか」
こ
「そうゆうこと。詰まり、エピソードの冒頭で使われた【確信犯】は誤用で、最終的に心中しちゃった彼女らは【確信犯】というわけ。」
れ
「なるほろ。どんな罪なのかな?」
こ
「なんだろ?殺人罪……かな?」
れ
「自殺幇助罪……とか?」
こ
「さぁ……?」
れ
「…………」
こ
「…………」
れ
「とにかく、みなさん?あなたが思い浮かべた【確信犯】の意味、あってましたか?」
こ
「では、また次回、お会いしましょう!」
れ
「次回、それは神のみぞ知るということで……」
これ
「「さようなら〜〜」」
どうも。日本語霊異記、読んで頂きありがとうございます。実はこのお話は連載小説の幕間に差し込む予定だったんです。でも予定より連載小説が難航して、遂には連載停止を決意する体たらく……。幕間のくだんないコーナーだけが出来上がってしまったので、連載を停止した小説と置き換えて投稿させて頂いた次第です。一話しかないのに「完結済み連載小説」なのはこのためです。何か不都合や誤字脱字、ありましたらご連絡下さい。
評価、感想お待ちしております。酷評の覚悟はできていますので^^;