第八話 訪問者
「和尚様。どうかこれを」
折角大金を手にしたのだから、たまには息抜きに豪遊でもしてみようかとも思ったが、どうにも私はそういう性質ではないらしい。遊びが下手というのもあるだろうが、田舎暮らしでは娯楽と言って思いつくものが無い。
こればかりは父上の所為だろうが、娯楽で思いつくのが試合や決闘というのは、我ながら女としてどうかと思う。私だって人並みに遊びは知ってみたいが……親の教育を呪うしかあるまい。いつも母上に可愛がられていた妹達が今ばかりは少し羨ましい。
よもや、生きてはいないのだろうが……
「ど、どうしたのだこんな大金! 何をしでかした!?」
「……失敬な。先日の試合の褒美にと賜ったうちの半分です。普段お世話になっているので、どうか半分はお納めください」
和尚はからかっているのか、本気で言っているのかわからないことが時折あって困る。冗談にしても達が悪い。素直に受け取ればいいものを。どうせ、気遣いは無用などと言って私を子ども扱いするのだろう。
「な、なんだ、そのような事であったか。しかし、気遣いは無用。金欲しさに手を差し伸べたのではない。これからお主は金が要りようとなるだろう。ここは蓄えとして取っておくことだ」
「いえ、御懸念には及びません。一貫は蓄えとしておきますし、今私が大金を持っていても扱いに困りますので」
「む、そうか。ならば寺への寄進としてありがたく受取ろう。各方面のお布施もあって、二十貫ほど蓄えもできて来たし、そろそろ金貸しでも始めて見るとしようかのぅ」
いつの間にそんな大金を用意したんだろうか。この人の人脈は、たまに何かすごいつながりがあるのでは、と勘繰ってしまう。出家前はいったい何をしていたのだろうか……
「ならば、もう一貫の方も暫しの間寺で預かっていただいてもかまいませんか? 大金を管理できる性質ではないですので」
「うむ、それならよいだろう。入用になってもすぐに返せるかはわからぬが、返す時までに額面を膨らませておくとしよう」
「ありがとうございます」
まぁ、特に欲しいものも必要なものもないだろうから問題ない。今まで通りの生活なら出費も無いわけだし。それに、一貫貸すことで少しでも寺の助けになるなら悪くない。利子は別段欲しくはないが、あって困るものでもないしな。
「さて、ところで玲、どうするのですか。都の手合いとは粗方手合せをしているのでしょう?」
「えぇ、まぁ……て、居たのですか師範」
思ってみれば、この人も何者なんだ……。いや、師範は単に変人なだけだな。若く見えるが、聞けば結構な年だし、独り身で何を考えているのか。寧ろ、何も考えてないのだろうな……この人大丈夫だろうか。いろいろと。
「師に対してなんと失礼な……和尚、貴方からも言ってくださいませんか」
「ん、居たのか。すまんな、茶も出さずに。小坊主にすぐ用意させよう」
あ、和尚も気が付いてなかったのか。この人は、以前私に忍びの術も学べと言っていたが、この人こそ兵法者から忍びに転じるべきではないだろうか。その方が、世の脚光を浴びそうなものだが。
「……まぁいいでしょう。玲、同じ相手と戦うのを無駄とは言いませんが、人の一生はそう長くない。貴方のような女性では剣豪としての生命も男性ほど長くはないでしょう。華である内に大成せねばならない以上、常に目新しい体験を積んでおく必要があると言えます」
「それはそうなのですが……」
「まぁ、実学も大切ではあるが、今は暫し義長殿の教えや心得を受けて精進せよ。此方で戦や剣豪との試合は見立てておく故な」
「は、ありがとうございます」
知識もいいのだが、やはり剣を振り回さねばどうにも腹が疼く。師範は剣技があまり得意でないのだろうか。相手になってくれた試しがない。こうなれば、洛外に出てわざと山賊にでも襲われてみようか。いや、しかし雑魚を斬っても得られるものは少ないし、第一、襲われるまでただ歩き回るのも時間がもったいない。ここはおとなしく学んで、和尚の人脈に期待するか。
「そうだ、先ほど玲殿が出かけているとき、尼子家の御家来がお主に面会を求めてこの寺に参ったぞ」
「私に、ですか? それに、尼子家?」
尼子、西国の雄であったというあの尼子だろうか? 近年没落の一途であると聞いたことがあるが……。
「知らぬか?」
「えぇ、縁もゆかりもございません。何かの間違いかと」
「つい最近、強盗に襲われていた店を助けた自分に助太刀してくれたので、そのお礼にとのことであった。礼品も受け取ってしまってなぁ……面倒だが、返さねばなるまい。玲殿、悪いがこれを……って、どうしたのだ、そんなに目を丸くなされて」
強盗……店を助けた……まさか! あの時の御仁か!
「いや、申し訳ありません。その方は恐らく知り合いです。なるほど、尼子家の……」
「何やら嬉しそうですね。しかし、尼子家と言えば滅亡したはず。その者、何か謀る気ではありませんか?」
「何を言う、あの方はその様な外道を考える御仁ではない!」
尼子家が滅亡、まさか。ならあの方は誰に仕えているというのだ。
「ど、どうしたのです、玲。警戒をしておこうというだけで、そんなに口汚く罵ったつもりはありませんよ」
「すみません、頭に血が上っていました。それはそうと、その人はあくどい事を考えるお人ではないです。私の目には狂いはない、保証します」
人を見る目はそこそこ自信がある。私がよい人だと見たのだ。それに、私に危害を加えて益のある人間などまるで思いつかない。
「まぁ、あなたがそこまでに言うならよいのですが……で、その御仁、名はなんと?」
「山中鹿之介と名乗っておったな。面白い名前だったからよく覚えておるよ」
「山中、鹿之介……気取らない、良い名前だ」
気取らない、というよりは少し可笑しいな。でも、親しみやすくて、良い名前だ。
ところで、私に何用だろうか? 礼をされるほどの事でもなかった気がするが……感謝されるのは悪い気はしない。しかし、そんな時に外出だなんて私も運が悪い……。
「で、玲殿。此方としても高価な礼を受けるに当たり、不在で顔も見せなかったのは致し方が無いが、少し失礼だろう。鹿之介殿は礼とは別に、その方に用事があるとも言っておった」
私に用事? しかし、それならまだ会う機会はあるという事か。
「和尚、意見御尤もと思います。早速にでも参ろうと思うのですが、山中様はどこを宿として居るのか言ってはいませんでしたか?」
「うむ、運よく尼子のお殿様が逗留しておるのはすぐ川沿いに下って、川向の縁にある東福寺よ。あそこなら、宝蔵院に向かう道中で見かけた筈だから迷いもしないだろう」
「なるほど、解りました。ありがとうございます。では早速向かうとしましょう」
早速身支度を。化粧……は普段からしてないか。服は……同じものを三着あるだけだったな。ふむ、刀一本で出かけられるのは気軽だが、女としてどうなんだこれは。
「まぁ待て、今日は日も暮れる。あちらにも都合があるだろうし、日暮れの都はまだ危険だ。明日の早朝にでも此処を出ればよかろう」
「く……解りました。和尚の仰せの通りに」
「……えらく素直だな。まぁ良いが……」




