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-玲-  作者: 山城ノ守
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第六話 種子島

「で、結果は?」


「完敗でした」


「くふふふふ」

「はっはっはっはっは!」


 和尚も師範も、なぜそこまで面白そうに笑えるのか。そうか、人の不幸は蜜の味と言うやつか、なんてひどい人たちだ、全く。私が負けたのがそんなに楽しかったのだろうか。


「なんですか、二人して左様に笑われると、さすがに私も不愉快です」


「いやなに、真顔で完敗などと言うからおかしくてな。もっと悔しそうにしてみたらどうだ」


「そうですよ。それに、貴女程度で宝蔵院の院主に挑もうというのが片腹痛いです。知っていますか? 紀伊から大和にかけての僧侶には決して喧嘩を売ってはならないのです。彼らは経を読まずに髪を振り分け、乱暴狼藉をさせれば右に出る者はいないほどの荒くれ者です。しかも、あそこらの僧侶は朝から晩まで鍛錬に励むので、そこらの武芸者よりよほど腕が立つから性質が悪い」


「はぁ」


 それにしても、酷い言い様だな。しかし、世情を見ていれば過言ともいえないところが悲しいところか。世の剣豪は、多くが神仏関係者であるところを見てもそうだ。


 常陸にも多くの武術の流派があるが、香取神道流、鹿島神流は神道の流れで、そこを源流にした流派も多い。人は神仏に縋っても殺生から離れられない定めなのであろうか。だとすれば、実に悲しいことだな……。人殺しが生業の私のようなものが考えることも烏滸がましいが。


「まぁ、いまどきどこの坊主も腕っぷしの強い者ばかりだがな。刀に触れたことの無い坊主など見たことが無い」


「師範はともかく……和尚までそのような物言いをしていいのですか?」


「世のありのままを申したまでよ。されど、そうでもせねば身を守ることも寺を保つこともできぬとあれば、仕方がない一面もあるのじゃろうて」


「私には……難しい話です」


「まぁ、そこは答えを探そうとしても底なし沼に呑まれるだけです。とにかく、興福寺は実質大和の国主として大名の要請に応えて転戦しますし、紀伊の根来と雑賀と言えば世に名高い傭兵集団。弓や刀剣を持たせても名高い上に、最近は鉄砲と言う新兵器を手にしてから、この近畿で右に出るものがいないと言われるまでに精強を誇っています。間違っても彼らには喧嘩は売らないように気をつけなさい」


「はい」


 鉄砲……南蛮渡来の鉄棍棒か。一度構えるや傲然と火を噴き、天地を轟かす轟音と共に鉛玉を何町と飛ばす珍妙な武具。確かにあれにかかれば、いかなる剣豪とてひとたまりもないのだろうな。戦も、武士も、ありようがそのうち変わって行ってしまうのであろうか……。


「根来か雑賀を味方につければ、それだけで戦の勝敗が決すると言われるしの。義長殿、玲にひとつ鉄砲を教えてみてはいかがかな?」


「あれは簡単に見えて極めるにはなかなか鍛錬がいりますし、集団で用いないとなかなか効果は見込めません。金額も高い上に、火薬の調合などに頭も使うのでこの子には向かないでしょう」


「あぁ、それもそうだのう」


「……お二方。馬鹿にしすぎです」


 なんて酷い……座学は得意ではないが、そこまで人様と比べて劣る物だろうか。

 否、断じてそれはあるまい。お二人は僧侶と兵法者という職柄賢く、故に相対的に私が劣っているように見えているだけだろう。そうだ、そうに違いあるまい。


「ふはは、済まぬ済まぬ。まぁ、負けるのも良い経験であろう。十文字槍というものを知れたのだから十分な収穫よ。どのような武器にも臨機応変に対応できるように様々なことを想定して方策を立ててみるのも良かろう」


「そうですね」


「さて、ではどうするかね。散々笑っておいてなんじゃが、お主もなかなかの実力。剣豪や兵法者の多い都と言えど、なかなかお主の悔しむ顔を見るに役立つほど腕の立つ人間はそうも居るまい」


「そうなのですか?」


「確か似そうですね。宝蔵院と言うのはかなりの名門。あの院主に勝つのはなかなか難しいかと思いますよ。いくらあなたと言えど、あの人を越えるのはまだ何年かかるか……。それより、剣に限らず他の技術を習得するのもまた一興ですよ。どうです? ここからなら甲賀や伊賀もそう遠くはないですし、敷居が高いというなら延暦寺で修験者の心得を身に付けるだけで剣の腕前も違ってくるでしょう」


「いえ、私は武士なのです。忍びでもなければ修験者でもない。この誇りは譲れません」


「お主も頑固よのう。応用を利かせれば格上にもやり方次第で勝てるやもしれぬというに」


「格上なら、追い越すまで修練してたたっ斬るまで」


「……単純な思考よな……」


 別にいいじゃないか。単純なのではなく、これは私の誇りであり、やり方なのだから。なぜこうもお二方に呆れた顔を向けられねばならないのか。納得できないな。


「では、もう一度手ごろな手合いを探しておくか?」


「いえ、それには及びません。宝蔵院の院主様が、本圀寺の公方様にお仕えしておられる明智光秀様の家臣、可児吉長(かによしなが)殿と手合せしてみるとよい、と助言をくださっていますので」


「ほう、そうか。明智様と言えば、細川様に続いて公方様をお支えする社稷之臣(しゃしょくのしん)であったな。最近はよく安土の織田様との間を行き来して忙しいご様子だが、大丈夫なのか?」


 ふ、和尚もさすがにこれほどまでうまく人脈を作った私の手腕に面を喰らっているのだろうか。豆が豆鉄砲くらったような顔をしている。……ん? まぁいいか。


「一応、紹介状は戴いております」


「ふむ。それにしても、玲は一介の浪人。出過ぎた真似をしてはならぬぞ? 明智様が京都の奉行衆となられてからは、都の雰囲気も良い方へ変わって民の受けは良い。温厚で徳のある御方とも聞いておるが、お主の様に見目の良い女子の剣豪は珍しい。何かと興味を持たれるかもしれぬが、不遜に扱ってはならぬぞ」


「わかっております。それに、参る先は公方様の宿所。何かしでかそうなどとは夢にも思えません」


「まぁ、それもそうだの。可児とやらの兜を叩き割れば公方様にお目見えできるかもしれぬ。機会があればお仕えしてみるのも良いかもな」


「お目見えは出来るなら有難いですが、御仕えはしませんよ。私の主は決まっていますから」


「左様か。くれぐれも無理の無いようにな」


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