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-玲-  作者: 山城ノ守
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第五話 道場破り

 田舎で、しかも城内での暮らしが長かったためか、都での生活は確かに新鮮で学ぶことも多い気はする。しかし、遊興にふけるばかりで鍛錬がおろそかになっているのではないかと恐ろしくも感じる。野党や山賊と幾度か刀を合わせた位で、本格的な決闘などずいぶん長らくやっていないはずだからな。


「なに? 道場破りがしたいと?」


「えぇ。何も道場でなくともよいのですが、どこかで名のある剣豪と手合せを致したいのです。和尚の伝手で、どなたかいい手合いの方は居りませんか?」


「うぅむ。まぁ、おらぬでもないが……まぁよかろう。紹介状をしたためよう。後程それをもって、宝蔵院に向かうとよい」


「……」


「あぁ、宝蔵院が解らぬか。寺を出てすぐに賀茂川へ出て、船頭に賀茂川を下るように言って、桂川との合流地で船を下り、東南方面へ歩いて宇治川にでよ。そこでまた船頭に宝蔵院まで行きたいと言えば近場までは行ける」


「はい。では、行ってまいります」


「うむ、気を付けるのだぞ」


 宝蔵院、聞き覚えがある名前だな。少し距離があるようだし、道々で噂話を聞いて見るのもいいかもしれない。


◆◆◆


「宝蔵院? あぁ、あれは槍術の使い手の一派だよ。世も世だと、坊さんが人殺しの術を身につけることもあるんだねぇ」

―――

「宝蔵院だって? 知ってるしってる、ここらじゃ結構有名な人らだよ。興福寺の末寺らしくって、権威も力もあるんで僧侶以外にも人脈とか、武術を身に付けたいだとかって門を叩く人も多いってね」

―――

「宝蔵院なぁ。昔にわしも鍛えてもらったが、あそこは十文字槍を使うのが特徴だぞ。お前さんは女子なのに剣豪でもしてるのかね? 半端な力では行かぬ方がいい。攻守両面の均等のとれた宝蔵院流には並みの力ではとても敵うまいて」


◆◆◆


 ……なるほど。噂話程度に聞いたことがあったのだな。ただ、改めて聞いて見るとなかなかの評判のようだし、相手にとって不足はないだろう。しかし、十文字槍の使い手とは手合せをしたことが無いし、素槍でどうにかなるだろうか。なら、いっそ刀で間合いを詰めてしまおうか。


「お客さん、目的地に着いたよ」


「ん、船頭、駄賃はこれで足りるか?」


「えぇ、結構です」


「それで、此処から宝蔵院へはどの道を行けばいいだろうか?」


「宝蔵院へ武者修行ですかい? この道をまっすぐ行けば遠目にもわかる大きな寺が見えますんですぐですよ」


「そうか、感謝する」


「へぇ、お気をつけて行ってらっしゃいませ」


 なるほど、探す手間も無く伽藍の大きな屋根が見える。本当に近いのだな。


 しかし……宝蔵院、思ったより大きいな。まだ境内に足を踏み入れてもないのに聞こえる、叫び声と怒声、木を打ち合う音に足を踏み鳴らす音。これはなかなか期待ができそうだな。とりあえず、あの僧に取り次でも頼むとするか。


「女子が道場破りですか……?」


「はい」


「……馬鹿げていますね」


「……」


「……まぁ、良いでしょう。そのように睨まれては敵いません。胤栄(いんえい)様に聞くだけ聞いて見ましょう」


「よろしくお願いします」


 胤栄と言う僧侶は心が広いのか、はたまた自信があるのか、思ったよりすんなりと通してもらえた。どちらにしても手合せができるなら有難い。門弟が多い……これで勢揃いなのだろうか。この中から適当な門弟をけしかけるか? 出来るだけ消耗しない様に戦わないとな。


 一際肩幅と腰回りの太い坊主が腰を上げた。なるほど、この弁慶が胤栄か。


「わしは宝蔵院の院主であり、宝蔵院流槍術の創始者、覚禅坊(かくぜんぼう)胤栄(いんえい)である。門をたたいたのが女子とはいえ、これを断っては世に女子を恐れたと嗤われてはかなわぬ故、また、善吉殿の紹介もある故この決闘を認めよう」


「かたじけない」


「されど、女子と言っても容赦はせぬ。腕の一本や二本、一生涯使い物にならなくなったとて、文句は言うまいな?」


「覚悟の上です」


「うむ、よかろう。下石(おろし)三正(みつまさ)お主が相手をせよ」


「御意!」


 さすがに門弟をけしかけるか。型通りの僧形だが身はずいぶん引きしまっているな。碌に経を読む練習もせずに武門に明け暮れているのではなかろうな。ここで痛い目を見せて、本業へと立ち返らせてくれる。


「ちぇぁぁあああ!!」


 横薙ぎか、安易だな。


「ふむ、防いだか。その程度は当たり前の事。ならばこれでどうだ!」


 次は連続の突きか。確かに早いが、技は単調でどれをとっても安易、期待ほどのものでは……、


「安直、お主は今、そのように思ったな?」


 っな!


「足もとの攻撃を避けようと、槍を下に出してしまったのが運のつきだったな。十文字槍は攻守に長けている。こうして十文字の根元にお主の槍を噛ませてしまえば操作の自由は効くまい!」


不味い、このまま柄に槍先を沿わされると腕が持っていかれる!


「てやぁあ!」


「何!? 槍を床に突き刺しただと! 何という怪力か! しかし、その程度で躱せると思う……な、よ?」


◆◆◆


「勝負あり!」


 なんとか、ぎりぎり勝てたのか……?


「わしに、いったい何が起きた? 胤栄様、こやつは何を!?」


「この女子、槍を床に突き刺して手放しおった。うぬ勢いにかられてそのまま槍の柄を沿わせ続けている間に懐に入り込まれ、その右足でうぬの左足が絡め取り、ひっくり返されたのよ」


「な、な……なんと卑怯な! こやつ、槍の試合だというに組手を使いおったのですか!」


「三正、四の五の言うでない。負けは負けだ。最初に組み手を使うなとも言っておらぬし、命がかかったやり取りであれば、確実にお主は今頃あの世であっただろう。型ばかりにとらわれ過ぎなのだ」


「なんと……」


 つい、咄嗟に投げ飛ばしてしまったがどうやら許してもらえるようだ。しかし、門弟でこれほどとは、この院主にはとても歯が立ちそうにないかもしれない。十文字槍、今までにない槍術はなかなか興味深いものではあったな。


「女子、貴女は名前をなんと申されたかな?」


「玲です」


「そうか、玲殿。貴方は幾度も戦働きをなさったご経験がおありですな」


 私は無言でうなづく。


「うむ、咄嗟の行動、体に極力傷を負わないための身のこなし。それは、相手一人を斬り倒せばいくら怪我を負ってもかまわない、剣豪の戦い方ではありませんな。斬っても斬っても敵がいる、怪我を負っていては消耗してしまうから、それを避けるために、自然に身に付けた身のこなしと見た。如何か?」


「……はい。御見それしました」


 驚いた。剣豪というだけでなく、人としても只者ではなさそうだ。


「うむ、三正は戦働きがまだでな。わしは寺領争いや興福寺の要請で、幾度か僧衆を率いて戦場に出張ったこともある。故にそれがよくわかる」


「なるほど」


 武士が騒乱を起こすときには、僧侶も武装して戦場に赴くのは世の常か。


「さて、体力はまだ大丈夫かな? わしと手合せしたければ受けてしんぜよう」


「では、お願いいたします」


「その心意気やよし、いざ!」


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