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-玲-  作者: 山城ノ守
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第十四話 戦乱の香り

 ここ最近、都の空気がまた少し変化を見せた気がする。

 人の出入りが激しいのは何時もの事だが、近頃見知らぬ顔が洛中をうろつくことが多くなった。洛外にも浮浪者の荒屋(あばらや)が増え、道端では浮浪者の死体や、最近見ることの無かった武士階級と思しき死体がよく転がっている。


 何時もの様に稽古場で木刀を振っていると、和尚が書物を片手に顔を覗かせた。


「玲殿。今日も励んでおられますな」


「えぇ。私も道端の骸にはなりたくないですからね」


「御尤も。ところで、坊主どもの腕はどうですかな?」


「まだまだ未熟ですね。同時に全員で同時に掛かられてもどうにかなる程度です」


「ふははは! そうか。こやつらはまだまだ(なまくら)かのう」


 最初から私の武芸に関してはいろいろ斡旋してくれていた和尚だが、私が修練を積んでいるときや、模擬戦には一切顔を出さなかった和尚が最近よく稽古場に足を運んでいる。

 元々、忙しい故に寺を出てまで私にかまう暇もなかったのだろうが、稽古場ができてからは毎日のように顔を覗かせては声をかけてくださる。同時に門弟の僧侶の様子を見ているのだろうが、基礎のできてない奴が早々すぐに上達するとも思えない。


 もしかして、何か身の危険を感じて居るのだろうか。


「和尚、最近は何かと都の空気が悪いですし、何かあれば私が護衛しますからご安心ください」


「なに。お主は尼子様の護衛という大事な勤めがあるであろう。わしを守る必要はない。しかし、最近京の空気が変わったことには気が付いておったか」


「えぇ、なんとなしに、ですが」


「ふむ。実はな、どうやら織田様の軍勢が訳あって都から離れたそうだ」


 なるほど、となると、最近俄かに臭いだした不穏な香りは三好の手勢か。三好の手勢には乱波(らっぱ)素波(すっぱ)の類は多いし、洛中での戦いにも長けている。下手に抗争に出くわしたら厄介事になりそうだな。特に荒武者の十河率いる讃岐衆の精強ぶりは世に名高い。出来ればお目にかかりたくはないものだな。


「それと、織田様は堺に二万貫の矢銭を要求し、月行事達はそれにこたえた」


 堺も新興の織田家に屈したか。しかも、二万貫とはずいぶん膨大な金額だ。織田家は近々大戦をするのだろうな。それに、堺の資金力や発言力、その地位までもを削り取り自分の力に加えるか。考えることが常人の枠を外れているな……保護など今までの幕府や大名のように生ぬるいことはせず、すべてを手中にして管理するなど、些か傲慢にも思えるが……。


 それを成せるだけの男、と見るべきなのだろうな。


「都が戦火に包まれるなら、和尚は一度脱した方がいいのでは?」


「心配するな。逃げ遅れておちおち討たれるほど、わしの足腰は衰えてはおらん。どうせなら、お前の師匠を心配してやるのだな。それより、尼子様はどうなのだ」


 全く、折角人が心配しているというのに。年寄りの冷や水も大概にしてほしいものだな。逃げ遅れないも何も、和尚が走った姿など見たこともない。本当に大丈夫だろうか……。


 師範は……まぁ、問題ないだろう。刀など使わずとも、包囲された城から飄々と、素知らぬ顔で離脱するぐらいは朝飯前でやってしまいそうだ。


「勝久様には山中殿が付いていますし、元通という質実剛健な輩が側を片時も離れずついておりますから問題はないでしょう。あちらは手勢も充実していますが、この寺は略奪にあってはひとたまりもないではありませんか」


「ふはは、この寺に盗んで得するものは対して置いておらんよ。金もわしにしかわからぬ場所に隠しておるしな」


 全く、邪気とも無邪気ともつかぬ悪戯気な顔をする。和尚はむしろ、それくらいのことはあったほうが面白いとでも思っているのではないか……いや、まさかな。全く、危なっかしくて見ていられない。


「全く、何を……。以前都が焼け野原になった時は、足軽どもが各地の寺から屋敷から、板や畳、木材の類を全てひっぺ返し、解体して盗んで行ったそうではありませんか。せっかく新築した寺を守るためにも、もう少し人を増やした方がよいのではありませんか?」


「構わぬよ。それに、当時は指導者も混乱して隙があった。今は相当愚君でない限り、民心をからきし失うほどの略奪はどこも認めはしないだろうて。それに、寺社は民衆の心のよりどころであるとともに、肉体の砦でもある。事が起これば檀家や信徒が財と命を守るためにここへ集まるじゃろうて」


 新しい寺とはいえ、檀家や信徒が皆無ではないし、近隣の住民が避難することは十分に考えられることだしな。そうなれば男手の二百や三百は集まるか。


「なるほど。有事の際にははぐれ者の足軽ぐらいはどうにでもなる、と」


 しかし、そうなると寧ろ心配なのは、水と兵糧の備蓄か……銭は矢玉の応報の最中では碌に役に立たぬ代物だしな。

 そうか、ただの剣豪では馬上の人にはなれないとはこういう事か。上に立ち、人を指揮するには刀だけではあまりに無力……主家に尽くすためにも、最低限の教養は必要か。


「まぁ、そういう事よ。ただ、念のために戦力はあるに越したことは無いからな。近々、信徒の中でも、武士になりたいやら、身を守りたいやら、いざ事に備えたいやらといった者たちが教わりに来る。そいつらの指導も頼むぞ」


「は! ……しかし、私だけで人手が足りるでしょうか?」


「まぁ、足りんだろうな。だから、その時までに、見込みある奴を選りすぐって指導補佐のできる実力になるまで鍛えることだな」


「なるほど……御意」


 頼りにされるようになったかと思えば、急に人使いが荒くなったな……まぁ、不満という事ではないが。さて、こいつらもいい加減素振りだけやらせるのはやめて、実戦でいびるとするか。



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