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-玲-  作者: 山城ノ守
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第十三話 妹子

「ふむ、最近やけに張り切っておるな」


 和尚は新築された稽古場の縁側に佇んでいた。どうやら私に声をかけたらしい。


 奇妙なことだが、稽古場では剣豪であり、人殺しを生業とする私だけではなく、人に生きる道を説くはずの僧侶が十数人、木刀を振り回し、雄叫びを上げている。前々から陰ながら私に教えを乞うものはいたが、稽古場ができると改まって十人余りが私に習いに来た。


 私もまだ未熟者、修行中の身だと言ったのだが、和尚が認めて寺に置くほどだというのだから問題ないなど、何の因果関係があるかもわからないことを言いながら乞うので、適当に叫びながら素振りをするところから始めろと言ってみた。


 まぁ、私はそんな馬鹿みたいに奇声を上げまわるなんて恥ずかしい事、絶対にしないがな。


「っは! まさか、適当に教えているから怒られるんじゃ……」


「おぬしは何を言っているのだ……?」


 よかった、この事ではないのか。


「あ、いえ、和尚。何も問題ないです。皆もすぐ私の域まで達する筈です。たぶん」


「そんなの無理だとわかっておる。人には天賦の才による差というものがどうしてもあるからな。そんな事はどうでもいい。ここ最近、変わりないかと思ってな」


「はて、私は特に……?」


 何かあっただろうか。特に怒られるようなことは仕出かしていないはずだが……は! 和尚が毒だからと言っていた、秘蔵の水飴を一掬い食べたのがばれてしまったのか! いや、まさか、一見何も変化は無いようになっているし、あの程度のわずかな変化で気が付くはずはない、ありえない、気のせいだ、冷静になるんだ私。今からでも遅くない、全身に水飴を塗りたぐってから水溜に叩きつけて割ればあるいは。


「そうか。最近はやけに稽古に励み、一層の集中、清廉された動きがみられるのでな。何か心変わりすることでもあったかと思うたのだ」


 なんだ、そんなことか。驚いて損をした。


「あぁ、それなら、尼子家の護衛の依頼を受けたからかもしれません。山陰山陽の覇者である毛利家が如何なる刺客を送り出してくるかもわかりませぬ故、命を守るためにもより一層励まねばならぬと無意識に体が動くのでしょう」


「そうか。その仕事が発破をかけてくれたならそれに越したことは無い。いつ依頼が来るかもわからぬでは、空いてる時に少しでも身を鍛えねば稽古の時間も好きに取れんからな。良い兆候よ」


 和尚が感心した様子で頷いた直後、背後に妙な気配を感じ、振り返って木刀を構える。


「それはいいのですが、勉学をおろそかにされては困ります。私の弟子なのですから」


「師範、居たんですか」


 この人はなんでこう気配が無いのだろうか。いくら鍛えても、気配に敏感にならないと、この人にはいつでも私を暗殺できてしまうな。


「……いつも通りの反応をどうも。とりあえず木刀を下ろしなさい。そうだ、思ってみれば弟子というのはおかしいですね。弟では男だ。玲は少女なのだから弟ではないですし……」


 いつになく唐突だなぁ。いや、いつも通りだけれど。


「ちょ、師範、少女は止めてください。私も初笄(ういこうがい)を終えた一人前の女なんです。というか、師範わざと言ってますよね?」


「逆に問いましょう、わざと以外あり得ると?」


 この人は……全く。よくもまぁ、くだらないことを次々と思いつく。


「……もういいです」


「さて、この程度もさらりと受け流せないようではいけませんね。ところで、この重大な問題はどうしましょう。玲は女ですが、この際男にしないといけないのでしょうかね」


「いや、普通に弟ではなく妹にすればいいんじゃないかのう」


「いや、それはさっき考えたのですよ、しかし弟を妹にすると……」


 一度は考えたのか。


妹子(いもこ)になってしまうんですよ!」


「……至極どうでもいいな」


 和尚の仰る通り。全く持ってどうでもいい。だからなんだというんだ。


「いやしかし、善吉殿。これは重要な問題です。私の名が後世に語り継がれるとき、最初の弟子が玲で、玲が女であるという事を示せないではないですか」


「それ、示す必要はあるのでしょうか?」


 大体、死んだ後の世の事なんて関係ないじゃないか。心配するとすれば、本当に極楽浄土があるかどうかといったところくらいだ。それより、今、生きているうちに、日ノ本に(あまね)く自分の名前を轟かせるほうが気分がよいではないだろうか。


「全く、玲、貴方はお馬鹿ですね」


 馬鹿呼ばわりされた……。師範の考えることはどうにも私には理解しがたいな。……いや、寧ろわかる人など居るのだろうか。


「今まで兵法家で女を弟子にしたものは恐らくいません。貴女が大成せずとも、女子を弟子として受け入れた人物として私の名前が後世に語り継がれるかもしれません。しかし、弟子という呼称では実は男だったのではと様々な推測が飛び交い、私の名が残らなくなるかも……」


「すっごくどうでもいいです」


 そもそも、女を弟子にした程度で残る名に何の価値があるというのか。


「はぁ、仕方がありません。ややこしいのでできれば避けたかったですが……」


 ようやく、このどうでもいい話も終わるのか。


「結論が出たのですか?」


「えぇ。貴女を今後……」


















妹子(いもこ)と呼びましょう」

「死んでください」


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