第十二話 甘味
席を立つ二人と話すため私に背を向けていた山中殿は、話し終えてこちらへ振り向くなり、先ほどまでとはまるで違う楽しげな笑みを浮かべていた。凛々しい顔であるにも関わらず、涼しげで、どこか無邪気なその笑みを見ると、私の心の臓は僅かに締め付けられるような痛みを私に与えた。
「玲殿、内話ばかりで申し訳ない。水菓子はいかがだろうか」
「うぇ? え、はい! と、とても美味しゅうございます。尼子様や山中殿の気遣いには痛み入ります」
何をしてるんだ、私は。この程度で動揺など。
「ははは、あまり畏まらずとも好い。元通は融通効かぬ頑固な男だが、我等の殿は隔たりを持たぬお方だ。私の事も鹿之介で構わぬ」
「ふふ、承知した。何やら、つくづく懐かしい空気を感じる。故郷を取り戻せるとよいですね」
臣下や人衆を思いやれる、慈愛の香りだ。
山中殿は、珍しく神妙な、硬い表情で腹の底に力を入れる声で呟いた。
「あぁ、必ず毛利を打ち倒し、殿に故郷で尼子の旗を立てていただく。そのための用意も最終段階まで来ている。あと一歩、あと一歩なのだ。毛利も我等の蠢動に気づき、警戒を強めている。ここを凌ぎ切れば、後はこの私が必ずや殿に、美しい月山冨田城の眺めをお見せするのだ」
「その鴻鵠の志を僅かでもお手伝いできることは何とも光栄です」
此処で、一介の剣豪から一角の武将になり替わる。父のように偉大な武士に成れれば、必ず故郷で汚名を雪ぐことができるだろう。
「そういってくれるとありがたい。ところで……玲殿の雇うに当たっての鳥目には、季節の甘味を用意すべきかな?」
「え?」
「ははは、冗談だ。先ほどから、あまりに美味そうに甘味を頬張るものだからつい。玲殿は甘味が大層お好きかな?」
な、なんだ……何か試されたのかと肝を冷やしてしまった……。しかし、そんなに私はがっついて食べていただろうか。だとしたら恥ずかしいな……少しは妹や母上を見習って上品さを覚えておくべきだったか。
「えっと、え、えぇ……一応人並みには」
「人並みか。常陸人は天下無類の甘味好きの国だったかな?」
「か、からかうのはおやめください!」
爽やかな顔をして何と意地の悪い! 私だって一応女子なんだ。気恥ずかしいことを穿り返さなくてもいいではないか。
「失敬、普段美麗なのに、愛い所が見れた物でつい悪心が芽生えてしまう」
「ぇ、ぅ、愛い……?」
聞き間違えか? 今なんと……。
「さて、仕事内容は尼子家の要人警護。褒美は相場の二倍は用意するつもりだ。玲殿の腕に見合うには五倍も十倍も必要とは思うが、尼子は今台所事情がよくないもので……大丈夫だろうか?」
一人で相場の二倍もらえれば十分だと思うが、随分私のことを高く買ってくれているんだな。女だからと見くびらないでくれるのはありがたいが、都における私の実力はどの程度の地位になるかもわからないし、あまり高い鳥目を貰いたいなどとは思っていないのだがな。
「あ、えぇ、十分です。今まで無禄の石潰し、放蕩者だったので少しでも金子が入れば、居候しているお寺にもお返しができます」
「そうか。忝い。では、仕事がある際はこちらから使いを出す。前以て予定が決まっている日には書付を渡しておくので、その際は失礼だが玲殿の方で足を運んでほしい」
「了解した。甘味、とてもいい味でした。では、失礼します」
「帰宅の道中、お気をつけて」