第十一話 依頼
私を寺に招くと、尼子の当主がすぐ間近の対面に、その左右に大男と山中殿が座して歓迎してくれている。木々の自然にあふれた庭と、庭内を流れる小川の心地よい風が幾分か夏の熱さを紛らわしてくれる。尼子家の当主の配慮か、大男を縁側と反対側に座らせてくれたおかげで風通しは大分良い。
「しかし、このような娘が剣豪とは、誠なのか鹿之介」
元通と呼ばれる大男は、女だてらに剣士を名乗るのが不思議でならないのか、何度も頭を抱えて自問自答を繰り返しては、山中殿に問い直す。
「私が嘘をついたことなどあったか? あるまいよ。玲殿は涼しい顔で難なく二人の野盗を瞬く間に切り伏せた。狭い洛中では刀の達人である彼女ほど心強いものは居るまい」
「ふむ。なら今後は彼女に勝久様をお任せするか。確かに、徐々に尼子の同志と連絡が取れつつある今、派手に動くべきではないだろうからな」
任せる、ということはそれなりに私を信頼したのだろうか。うざったい堅物かと思えば、思ったより物分りはいいじゃないか。
「そういう事だ。さて、玲殿。水菓子はお好きか?」
「はい! ものすご……いえ、普通です」
しまった、つい反応を……これは恥ずかしい……。
「はは、遠慮せずとも好いではないですか。先ほど、例の店から良い橘が届きましてな。近場でとれたばかりのものだそうです。たくさんあるから、ぜひとも食べて行ってほしいのです」
橘か。そういえば山城の名産品であったような。何にせよ、橘を食べるのは久々だし、折角山城にいて名品を食べないのも勿体ない。それに、戴きものを突き返すようなまねは失礼だからな。仕方がない。そう、これは仕方が無く食べるんだ。
「うむ、玲殿、鹿之介の言うとおり遠慮はいらないぞ! そうだ鹿之介、元通、桃と去年干した柿がまだあっただろう。あれも馳走せよ」
「御意」
「仰せのままに」
大の男が二人でとりに行くって、そんなに大量に持ってこられても、さすがに食べきれないぞ……。そもそも、召使は使ってないのか。妄りに部外者を入れないように、気を付けているのかもしれないな。
「すみません、勝久様。いろいろ御馳走していただいて」
「なに、気にしないでほしい。鹿之介が何度も貴女の事を話していた。同士となってもらえないのは残念だが、それでも洛中にいる間だけでも護衛してくれるのはありがたい。貴方のように、欲の無い正義の士に守ってもらえるなら安心できるというもの。水菓子は些細な礼だから遠慮はしないでほしい」
私が山中殿にそこまで……ふふ、悪い気はしないな。少し過分な評価がなされている様だが、評価に追いつくように私が精進すればいいだけの事。
「私はそんなに大層なものではありませんが……洛中にいる間は、命に代えましてもお守りいたしましょう」
「ははは、心意気はありがたいが、御身を一番に思われよ。貴女には使えるべき主がいるのだろう? 貴女を死なせてはその御仁に申し訳がない」
「ふふ、そうでした。勝久様は大層お優しいのですね」
つくづく人の良い。家臣とならない私の様な人間でも使い潰したり、使い捨てにする気はないのか。普通の家では考えられんな。まぁ、そのような人こそ守りがいもある。
「二人にもよく言われる。当たり前のことを当たり前と言って、当たり前の慈しみをかけることが優しさならば、それはきっと私が優しいのではなく、俗世が人々に厳しいのだろう。せめて、隣人とだけでも和やかでありたいものだ……」
「我が主にそっくりです。そして、きっと今の主にも」
「そうか。私の考えに共感してくれる人はなかなかいないのだ。いつか、玲殿の主とは会ってみたいものだな」
「私も、お二人が顔を合わせるとどのようなお話をなさるのか気になります。いずれ、私が主君のもとへ戻り、東国の安寧を取り戻しましたら、またいずれ都でお会いできましょう」
このような人々が御門の下で手を取り合い、民草の事を案じてくれれば、この世の中はさぞ美しかろうに。こういった人々が、このような所で燻っているのは無念で仕方がないな。
「そうか。ならば、私はそれまでに西国の安寧を手にしなければならないのかな。石見国以外はいらぬが、世のためなら仕方があるまい。天下を一人で統一するよりは楽そうだ」
「天下統一、ですか?」
天下統一、聞きなれない言葉だ。昨今都とその周囲一帯で聞くようになってはきたが、その実どういう意味の言葉かわかるものは見たためしがないな。
「ん? そうか。馴染みない言葉であったな。織田信長殿がしきりに天下布武を唱えておってな、幕府再興ではない形で天下を一つに統べ、国の安寧をもたらすのだそうだ。難しいことはよくわからぬ」
「そういう形もあるのか……」
信長公、聞きしに勝る発想の御方だ。常人のはるか上を見据えておられる。 いったいどのような天下になるのだろうか。興味深いものではあるな。
「玲殿の主と私でそれぞれ東西を統一して、都で手を取りあえばあっさりと戦国も幕を閉じよう。と、国すら持たぬ私が言っても仕方がなかったな」
「いえ、立派な志。そして、山中鹿之介殿がいれば不可能ではないと思います」
「そうか。そういってくれるとうれしい。お、菓子が来たようだ。少し席を外すので、くつろいでから帰られよ」
「かたじけのうございます」
勝久様が席を立つ。武家の棟梁の仕事というものは全く把握していないが、今はまだ領国が無いのに忙しいのだろうか。文章作成を自ら行ってるのか、指や手の平には顔に似合わぬこぶがいくつもあったな。
「鹿之介、仕事や細かい銭についてはお前が決めろ。俺は殿の護衛をする」
「元通は生真面目だなぁ。この寺の内にいる間は安全だろう。各所に同士や鉢屋衆がいるから何事か起こってもすぐに対処できるし、寺も善意の協力をしてくれているんだ」
この大男も、どうやら悪い奴ではないんだな。少し心配性なのだろう。主君を思えば多少過敏なくらいがちょうどいい。あのように、悪辣な世と無縁で生きてきたようなお人好しな主であればなおさらだ。
むしろ、山中殿が寺の中に入ったとたんに気が抜けているように見える。寛ぐのは大事だし、良いとは思うのだが、些か想像と違った。しかし、それだけ仲間を信頼しているという事でもあるのだろうな。
「わかっている。しかし、万全に期すこと抜かりなく、備えを重ねて損はあるまい」
「そうか。では勝久様を頼む。私も説明を終えたらすぐに参ろう」




