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-玲-  作者: 山城ノ守
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第十話 山中鹿之介

 目の前……なんで、目の前に行列があるんだ。おかしいな。そうか、母子が斬られそうになったから反射的に体が……じゃない。人畜無害な母子はまだしも、明らかに武装している私が断りも無く行列の眼前に立ちはだかるとなると、


「ん、あの女子……刀?」


 拙い、見つかった。いや、当たり前なのだが。いったいどうすべきか、どう誤魔化そう。こういう時の為に弁舌をもう少し鍛えておくべきだった。なんて言えばいいんだ。


「何者だ貴様! はっ! さては我等を危険視する毛利からの刺客! 今の親子も我等の行列を止めんがための謀であったか!」


 非常に拙い。声をかけるどころではないぞ。どうする、刀を抜いて戦いながら退くか?


「ま、まて、元通、話を聞こうではないか」


「皆の者! 周囲を警戒せよ!」


 しかし、ぼうっと考え事をしていたら、いつの間にか道のど真ん中で仁王立ちをしてしまうとは、我ながら抜けている。どうする、今更言い訳をしても聞いてはもらえまい。一か八か、全員を峰うちにして話を……いや、無理だ。この男だけでも私と互角の腕がある。さらに護衛なんて……。

っく! どうにか逃げて、日を改めるしかないのか……。


「何事だ、元通殿。ん? あぁ、貴方はこの前の!」


「なんだ、鹿之介。お主の知り合いか」


 あの姿、山中殿!


「そうだ。以前話したであろう。ほら、坪内殿の取引先の商店が襲われた時に、某に助太刀してくれた仁義の御仁だ」

「そうか! 貴女が清廉な仁義の女剣士殿か! ぜひこの目で会うて見たかった!」


 しかし、この尼子家の主君はずいぶんと無邪気というか、子供っぽいのだな。言動が少々幼い故か、落ち着いている割にはどうしても子供っぽい雰囲気が漂っている。見た目も若いが、さすがに旗頭として頼られるくらいだ。年齢はある程度まで行っているのだろうか。


「か、勝久様! いけません! いくら知人と言え不用意に……!」


「元通、良いじゃないか。この人は安全だ。私が首をかけて保証する。それに、私達の宿願に付き合っていただいているのだ。勝久様に少しぐらい自由にして差し上げても罰は当たるまいよ」


「それは……そうなのだが」


「あ、すまない……元通。私が不用意であった」


 この主人、随分となよなよしている。しかし、どこか懐かしい。親しみがわく性格だな。それに比べてこの大男。先ほどから堅い事ばかり言う。いったいなんなんだ。


「いえ、自分が少々口うるさいばかりにご不便をおかけして申し訳ございませぬ」


「いいんだ。元通のように生真面目で堅い人間も必要だ。それに、宿願に無理やり付きあわせているなどと言わないでくれ。お前たちの夢は、私の夢でもあるんだ。同じ夢を、同じ希望を私にも見せてくれ」


「は! 失礼いたしました!」

「殿、なんと心強いお言葉か……!」


 この主人、良くも悪くもお人好しだな。だからこそ、この集団の方向性は腹心次第で変わるというものか。山中殿であれば、よく盛り立て、この主人のもと良い国を作り上げるのだろうな。ところで、いつになったら私は会話できるのだろうか。


「全く、お前たちは少し大げさだよ。ところで、申し遅れた。私はこの東福寺でもともと僧侶をしていた者で、今は還俗して尼子勝久を名乗っている。貴方の名前を聞いてもよろしいだろうか?」


「はい。突然現れて無礼を働き、申し訳ありません。私の名は玲。今は丁寧寺に居候させていただいているしがない剣士です」


「そうか。ところで、東福寺に現れたということは、私に何か用だろうか?」


 あれ、私に用があるのはそちらでは。山中殿個人の依頼だったのだろうか。


「あ、失礼を。殿、私が玲殿をお呼びしたのです」


「鹿之介が? それはまた何故だ?」


「それは、我々の護衛を頼むためです」


 護衛? 十分いるように見えるが。


「護衛? 今いる兵では足らぬのか?」


「はい。今いる尼子の同志諸君は、これから尼子家を起こすときに一人もかけてはならない大切な同士。私が戦に勝っても、統治組織が作れなければ何にもなりませぬ。それに、半数はもともと刀や槍を取って直に戦う役職ではなかった者たち。殿の護衛には不向きです」


「そうか。確かにそうだ。鹿之介は流石だ。すごいなぁ。私が国を取り返した後まで考えているのか」


 先見の明あり、か。主君も素直で、これならよくある類の悲劇は起こらないだろうな。何よりだ。


「国主は民のためにあるべきもの。武力で国盗りするだけで満足するのでは盗賊と何ら変わりはありませぬ。民を統べて、豊かにする知恵を巡らせる。私はこれには長けておりませぬ故、戦が終わり次第彼らを重用なさいますよう、今から気にかけるようになさってください」


「しかし、それではお主が……」


「いいのです。とにかく、大人数で動くのは毛利に警戒されやすくもなりますし、尼子と無関係な人脈での少数精鋭の護衛はこれから絶対に必要です」


 天下に安寧が訪れたら、自ずと身を引こうというのか。ずいぶんと立派な志だ。分を弁えている。ふむ、護衛の仕事か。それ自体は悪くはないが……。


「あの……申し訳ないのだが、私は主君がいるので、他家に仕えるわけには……」


「事情は和尚から聞いております。尼子としても、今は潜伏中。公に雇うこともできませぬ故寧ろ好都合。京都で過ごすための駄賃稼ぎとして臨時で働いては戴けませぬか?」


 なるほど。そういう事だったか。


「……まぁ、寺のごく潰しに甘んじるのも気が引けていたところだし……承知しました。家臣ではなく、客分での雇用ですね」


「その通り。多額ではないですが、満足いただける鳥目もそれなりに用意いたします故、これからはよろしくお願いいたしまする」


「こちらこそ」


「私からもよろしく頼む」


「お任せを、勝久様」


 それに、このような御仁の護衛ならこの仕事も悪くない。下手な奴を護衛して理不尽な命を受けるよりは、褒美が少なかろうとはっきり、自分が間違っていないと思える人の下で働く方がよほどいい。


「玲殿にはいくつかお話を聞きたい。東福寺に寄っていかれよ」


「では、お言葉に甘えて」



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