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-玲-  作者: 山城ノ守
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第一話 武芸者のいきつく先

『今に見ていろ』



挿絵(By みてみん)




(入道様! お逃げくだされ!)


(若殿もお早く! ここは我等七騎が何としても持ち堪えまする!)


(ならぬ、お主等が逃げよ! 敵の狙いは我が首だ!)


(しかし!)


(あ、玲姫! どちらに!?)


(玲、どこへ行くのだ! 待て!)


「……また、この夢か」


 未だにこの夢をよく見る。だいぶ昔のことの様にも、つい最近のことの様にも思えて気が落ち着かない。かつての私は、こんなにもなよなよしかったであろうか。武門の子女として厳しく仕込まれ、かつては多くの剣豪の子弟と戦っても負けなかったのに、今では負けてばかりだ。あれ以来、刀の切っ先が震えるような感覚に襲われる。


「はっはっは、玲殿、また古傷が痛みますかな?」


 声をかけてきた初老の僧侶は、私の居候する天寧寺の住職だ。


「あぁ、和尚。えぇ、いまだに忌まわしい記憶が染みついて、私の胸を締め付けるのです……」


「ご家族のご無念、晴らせる日が来るとよいですな」


「はい……」


「まぁ、同じ出自の誼です。納得いかれる力量をつけられるまで、ゆるりと気兼ねなく過ごされませ」


「ありがとうございます」


 京に来て、いかほどの日数がたったであろうか。私は戦に負け、面目を失ってひたすらに走り続けたところまでは記憶がある。そこからはおぼろげにだが、あちこちで在地領主の世話を受けては剣術指南をして、虚無感を振り払い、宛所の無い怒りなどの情念をぶつけるためとしか思えない道場破りを繰り返して、いつしか京都へたどり着いていた。


 多くの剣豪に勝ったし、さらに強い剣豪には負けもした。ただ、剣豪が一様にして京へと足を進めるのは、自分を高く買ってくれる出仕先を見つけるためだ。なら、何故私はここに来たのだ? 出仕先を見つけるためか? 否、私の主君は変わらぬ、一念に主家に尽くし続けるのが私の一族の誇り。決して旧主以外の主を仰ぐつもりは無い。なら、何故……。


「今度は、悩んでおられますな」


「はい……」


「苦しいのですかな?」


「かも、しれません」


「なら、よろしい」


 和尚は、時折不思議なことを言う。


「なぜですか。なぜ、苦しみが良いのですか」


「苦しみがあれば、人はその出来事を深く胸に刻み、印象的なその記憶は二度と起こらぬようにと、人のさらなる成長を促すのです。ならば、玲殿にはまだまだ伸びしろがあるという事。安心して心身を鍛えなされませ」


「ありがとうございます……」


「そうです、精神統一がてら、薪割りをお願いしてもよろしいですかな? この天寧寺も移されたばかりで小坊主や下男も足りておらず、人手不足でしてなぁ」


「その程度であれば喜んで」


「では、頼みますよ」


 移されたばかりで、僧房すら建て終わっていない寺を宿とすることに酷く罪悪感を覚える。

 ただ、それでも不思議と居心地が良くて吸いつけられるような感覚になるのは、きっと和尚の仁徳ゆえだろうか。

 多くの寺に厄介になった身で不遜な考えだが、立ち寄った寺の半数は俗世と切り離せているとは思えない醜いありよう、俗物にまみれた僧形の人間が住まうだけの住居でしかなかった。けれど、ここは違う。俗世と切り離せているかというとそうではない気もするが、俗世の中であって俗世でないような感覚を覚え、高尚な和尚もどこか親近感を覚える。人斬りが生業の武士とは、本来であれば似ても似つかない人種であるのに、なぜだろうか。


 同じく常陸が出身であるというだけでこうも親近感を覚えるだろうか。


 そういえば、初めて会った時からそうだった。自分の(なり)なんて姿見でもなければ解りようもないけれど、少なくとも良い恰好ではなかっただろう。きっとくたびれた肢体に、泥が跳ね、煤けたような目をしていたに違いない。なのに、なぜそんな私のことを『懐かしい、よい目をしている』などと言ったのだろうか。


 その後、不思議と話してしまった私の出自や旅に至るあらましを説明してもそうだ。


『確かに仇討など喜ばれる行いではありません。しかし、荒み果てたこの世の誰を喜ばすために自分は生きているのか。父子も争うこの世に、人は天涯孤独をもって生み出されたようなもの。誰に気兼ねし、誰にそれを引き留めることができましょうか。意味の無い殺生はなりませんが、そこに家族への供養と言う意味合いがあるのなら、その殺生はきっと意味を持つでしょう。諦めてはなりませんよ』


 こんなこと、とても僧侶の口から出る言葉とは思えなかった。引き留められるかと思った。相手が誠に仏につくし、法を守る高尚な僧であればあるほど、これが信じられなかった。初めて会って、直感で高尚な僧侶と思っていたけど、この言葉を聞いて尚、その考えが揺らぎもしなかったのもまた不思議だった。


 憎しみと殺生を推奨する、俗物僧と似たようなことを言っているのに、どこに違いが有ったろうか。まるで、高尚故に俗物さをも突き抜けて一周してきてしまったような清々しさ、そして、悩み惑う私を受け入れてくれたからなのだろうか。


(しかし、改めて薪割りをするというのは、思ったより体力を使うな)


「玲殿、薪割りの方はいかがですか?」


「和尚。はい、大体終わりました。後一束終えたら僧房までお持ちします」


「それは良い心がけです。ですが結構。後は手の空いたものに任せますから、貴方は今日の町を遊覧してきなさい」


「いえ、世話になっているのです。遊覧などの暇があれば」


 断って仕事をしようとするが、和尚は手をかざして私の言葉をさえぎる。


「遊覧は見聞です。時を無為に潰せと申しておるのではありませぬ。最近世の中がまた大きく動いてきたのです。様々な人と出会い、会話を交わすことで貴方は自分の成長を促し、此処から早く発てるようにしなさいと言っているのです」


「なるほど……では、行ってまいります」



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