妹のマリア
手紙の配達を終え、ノースは帰路に付いていた。
ノースの家の近くに民家はなく、森の中の真っ暗な道を歩く。ノースは灯りを持っていないが、慣れた道は、星の明かりだけで十分だった。
しばらく歩くと、木の間からうっすらと灯りが見えた。家の中のランプの灯りだろう。灯りに向け、ノースは足を速める。
少し開けた場所に出ると、ボロ小屋が見えた。ノースの家だ。
窓から漏れる灯りを確認しながら家に近付き、ノースは家の扉を開けた。中は外観と同じでボロボロ。家具は足の一本を丸太で代用したテーブルと、石で作ったかまどしかなかった。
借金を返す為に、売れる物はほとんど売ってしまった。
テーブルの上に廃棄食材の入った布袋を置き、ノースは奥の部屋に入る。
ノースは部屋の右側を見るが、草の上に布を敷いただけのベッドがあるだけで、そこには誰の姿もなかった。
ベッドの反対側には木箱が積まれており、ノースはそちらに向かう。
木箱の後ろに回り、そこに探していた相手を見付けた。
「マリア……」
木箱と壁の間には、小さく丸まったマリアがいた。
マリアを起こさぬように、ノースはそっと抱き上げる。
父が不機嫌にならないように、マリアはいつも隠れて寝ていた。酔って帰って来た父が、寝ているノースたちに腹を立てて殴ることがあったからだ。
父が死んでからしばらく経つが、マリアは今でも隠れないと寝られなかった。
マリアをベッドの上に寝かせ、ノースは部屋を出る。かまどに向かい、かまどの上にある持ち手の取れた鍋のフタを取った。かまどの横に置いてある木の皿に、鍋の中のスープをよそう。廃棄食材のおかげでスープの具は多い。皿と木のスプーンをテーブルに置き、ノースはイス代わりの丸太に座った。
料理はマリアが作ってくれている。
一口食べ、いつも通りの美味しさに、ノースは思わず笑みがこぼれた。
毎日の料理はもちろん、マリアには家事をしてもらっている。
最近は乾物の作り方を覚え、おかげで廃棄食材を大量に貰っても、無駄にすることがなくなった。
まだまだ幼いマリアだが、少しずつ確実に成長している。
料理を食べ終わると、ノースはポケットから紙を取り出した。
壁から剥がしたあの貼り紙だ。
ノースは悩んでいた。
身体的な限界が近いのは、ノース自身が一番よく分かっている。しかし、借金の取り立ては厳しく、ゆっくりと休む暇などない。
ノースは隣の部屋のマリアがいる辺りを見つめる。
先日、借金取りが来た時に、ノースは家の外で借金取りが話しているのを聞いてしまった。
『あの娘が高く売れる店を探しておけ』
それは、ノースが一番恐れていたことだった。
街の様々な場所で働くノースは、売られてくる女の子がいるのを知っていた。
ノースにそれを教えてくれた娼館の支配人は、ここに売られて来る娘たちはまだましで、売られ先によっては、死んだ方がマシだと思えるような場所もあり、死ぬことも叶わず、絶望したまま生きることもあるのだと言っていた。
どんなに働いても、借金は数年で返せるような額ではない。
マリアと逃げ出したことがあったが、すぐに見付かり連れ戻された。
金を借りた人間が逃げても、どこにいるのか分かる情報網があることを、借金取りはノースを殴りながら自慢げに語っていた。
マリアと一緒に逃げることは出来ない。
すぐにでも大金を手に入れなければ、マリアが売られるのは時間の問題だった。
ノースはまた紙を見る。
もうこれしかないとノースは思った。
