ひとりぼっちの魔王城
空は厚く黒い雲に覆いつくされ、辺り一帯は夜のように暗い。雷鳴が轟き、稲妻が太陽の代わりに森の木々を照らす。そして、その森から飛び出るように伸びた荒れ地の崖の上に、天高くそびえる城があった。
それは、人々の恐れの対象。
魔王が住まう、魔王城である。
その城の中心、玉座の間で、一人の若者が倒れていた。
長い階段の下で、薄茶色の髪を床に広げながら、ぐったりと横たわっている。伸びた前髪が若者の顔を隠していて、表情は見えない。
「こ、んな……所で……無様に……死ぬ、わけには……」
時折、稲光とともに雷鳴が大きく響くが、他の物音は一切せず、玉座の間は静まりかえっている。
魔王城だというのに、玉座の間には魔王どころか、一匹の魔物も存在しない。
若者、ノースは誰もいない城の中で、今にも息絶えようとしていた。
「嫌だ……」
何故こんなことで死ななくてはならないのか。
ノースは己の不運を呪った。
「まだ、死ねない……」
ある目的の為に、ノースは魔王城に来た。
その目的は、まだ達せられていない。
「マリア……」
ノースには故郷に置いてきた妹がいた。
マリアという名の、小麦色の髪の幼い少女。
マリアは同い年の子供より小さく、顔を隠す長い髪の下には大きな瞳と小さな鼻、荒れて血の気のない小さな唇があり、健康的ではないが、母親譲りの可愛らしい顔をしていた。
頼るものがなければ生きていくことも出来ないか弱い妹の為にも、ノースはここで死ぬわけにはいかなかった。
「ごほっ」
咳き込むノースの口から血がこぼれ、床にじわりと小さな血溜まりを作る。
ノースの気持ちとは裏腹に、命は無情にも消えようとしていた。
ノースの鼓動が弱く、遅くなっていく。
「い、や……だ……」
ノースの視界がにじむ。
にじんだ視界の先に映るのは、小さくなり俯くマリアの姿。
妹は笑えない子だった。
妹は泣けない子だった。
妹は常に怯えている子だった。
マリアの姿がノースの目に次々と浮かぶ。
マリアはいつも縮こまって部屋の隅で丸まって、声も出せずに震えていた。
痩せ細った小さな身体をさらに小さくして物陰に隠れ、生気のない表情で、ただ、ただ震えていた。
理不尽な恐怖が、マリアをそんな風にしてしまった。
ノースは願った。
妹に普通の暮らしをさせてやりたい。
妹にわがままを言わせてやりたい。
妹に他の子供と同じように、伸び伸びと遊ばせてやりたい。
しかし、それももう叶わない。
ノースは妹を守ることも出来ず、ただ命を無駄にする無力な己を情けなく思った。
虚空を見つめるノースの瞳から、一筋の涙がこぼれ出て頬を伝う。
「ご、めん」
ノースの声は誰にも届くことなく、部屋の中に消えていった。
ノースの鼓動がまた一つ、弱く遅くなる。




