第7話
次の日。
教室に入るなり、私は数人の女子に取り囲まれてしまった。
優等生集団の東高ではちょっと浮いている、派手目女子グループの皆さんだ。
イヤ、何の用かなんて、今の私には聞かなくてもわかるんだけど!
それじゃなくても、今日ここまで来るのもどれだけ大変だったか……!!
「早瀬さん! これって早瀬さんのことって本当なの!?」
学年で1番モテるとうわさの高柳さんが、スマホの画面を目の前にかざして見せる。
ん??何それ?……ツイッター??
私、ツイッターなんてやってないけど?
そこには何か短いコメントとともに、画像が写っていた。
それをよく見ようとした瞬間……
「ちょっと、美希ちゃん!!!」
すごい勢いで教室に入ってきた友人に、無理やり振り向かせられてガクガク身体を揺さぶられた。
ちょ……ちょっと! 里奈ちゃん落ち着いて!!
「さっき、神木先輩と一緒に登校してたでしょ!? いつの間に先輩と親しくなったの!? もう、それ目撃した人たちみんな、上級生も大騒ぎよ! 一体どういう関係!?」
一気にまくし立てて、はぁはぁと肩で息をする里奈ちゃん。
あぁ、見られてたのか……。
いや、悠ちゃんは見せようと思ってやってるんだから、ある意味当然の成り行きだ……。
里奈ちゃんとはクラスが一緒で、入学してすぐに仲良くなった。
見た目は知的な美人。
思ったことをはっきり言う裏表がないところが、すごく付き合いやすい。
とは言ってもまだ知り合って間もないわけで、当然、悠ちゃんと幼馴染であることも話したことはない。
もちろん里奈ちゃんだけでなく、誰にもそんなことは言っていない。
「里奈ちゃん、落ち着いて~! えっと、神木先輩のこと……だよね?」
私がそう言い始めると、その前に話しかけてきていた高柳さんたちも身を乗り出してくる。
「私たちが聞きたいのもそのことなんだけど! この画像、やっぱり神木先輩と早瀬さんなの!? 昨日ツイッターで、すごい勢いで拡散してたのよ!」
今度こそ、じっくりスマホの画面を見る。
そこには
「東高の王子、姫ゲット!?」
の言葉とともに、後ろ姿の東高生の男女2人が写っていた。
……いつの間に?……
どう見ても、昨日あれから悠ちゃんと一緒に下校した時のものだ。
少し遠いし、薄暗いし、後ろ姿だしで、はっきりとはしないものの、悠ちゃんは少し横を向いているのとそのスタイルの良さで、知ってる人が見たらほぼわかるレベル。
私は……自分で見ても落ち込むくらい不釣り合いだ。
30センチ以上はあるだろう、悠ちゃんとの身長差。まるで子供じゃないの~。
ただ、この背の低さと肩までのくせっ毛で、顔は見えないけど、私を知ってる人ならもしかして? って思うだろう。
でも、一体誰が最初にこんなの撮ってツイッターに載せたんだか……。
東高生なのは間違いないようだけど……。
「で!? どうなの? 美希ちゃん!」
また里奈ちゃんに揺さぶられそうになったので、思わず一歩後ずさる。
「ええっと……」
……言いにくい。
ほんっと言いにくいんだけど、悠ちゃんと約束した以上嘘つかないといけないんだよね?
ごめん! 里奈ちゃん! それに、高柳さんたち!
「実は……昨日から付き合うことになって……」
そこからはもう、教室中が大騒ぎだった!
どうもみんな聞き耳を立てていたようで、
「マジで!?」
「うそでしょ!?」
「誰が告ってもダメだったのに!?」
「マジかよ……神木先輩じゃかなわねーよ……」
なぜか、女子だけじゃなく男子の一部も顔を引きつらせている。
「じゃあ、神木先輩の『決まった人』って、美希ちゃんのことだったの!?」
「え? なに? それ……?」
「美希ちゃん知らないの? 神木先輩、告白されるたびに『僕には心に決めた人がいるから』って言って断ってたんだよ!」
悠ちゃん、そんなこと言ってたんだ……。
まぁ、おそらくそう言えば諦めてもらえるっていう考えからだろうけど、でも、もしかしたら本当にそういう人がいるのかも……?
その人には、私に彼女のフリをしてもらうことになったって説明してるのかな?
それとも、悠ちゃんの片想いとか?
いや、あの悠ちゃんが片想いとかありえないし!
ま、私は雇われ彼女ってだけなんだから、そんなの関係ないんだけど!
……でも、なんでかな、モヤモヤしてしかたない~。
「と……とにかく! そういう事だから! あっ! もう先生来ちゃうよ!」
ちょうど良くチャイムが鳴り、みんな渋々自分の席に戻って行った。
ふぅ~~。
やっぱり、こうなりますか……。
だから悠ちゃんには
「やりすぎだよ……!」って今日もコソコソ抗議してたのに……。
王子様は全く聞く耳持たず、私の最寄り駅で(無理矢理)待ち合わせて、必要以上に(距離を詰めて)エスコートして、あげく耳元で
「僕はとことんやるって言ったよね? これからも全力で美希ちゃんの彼氏になるから、そのつもりでいて?」
なんて囁かれて……!!
傍から見たら、バカっプル丸出しだったはず……!
もう、恥ずかしいったらないし!
おまけに相手が悠ちゃんだよ!?
これまでの人生で経験したことないくらいの注目浴びまくるし!!
私、どうしてあんな簡単に彼女役なんて引き受けたんだろ……。
1日目で、早くも後悔の嵐だよ……。
これ、いつまで続けるのかな?
悠ちゃんにちゃんとした本当の彼女が出来るまで?
「心に決めた人がいる」っていうんなら、その人に本当の彼女になってもらえばいいじゃないの……!
――あぁ、でもそういえば、まだその時じゃないとかなんとか言ってたっけ?
悠ちゃんの言うことは、時々訳わかんない……。
先生が来てもなお、クラスのみんなにチラチラと見られながら、今世紀最大のため息をついた私だった。
あれから――
悠ちゃんがやると言ったらとことんやる人だと、身に染みて思い知ることとなる。
雇われ彼女になってから1ヶ月が過ぎ、ある程度は慣れてきた私も、なぜだかどんどん甘ったるくなる悠ちゃんの視線や態度に「やりすぎだってば!」を相変わらず連呼している。
学校では、私と悠ちゃんが元々幼馴染だということも知れ渡り、
「なんでいきなり?」
「なんであの子?」
というもっともな疑問も、
「幼馴染で、昔から可愛がっていたんだ」
という、悠ちゃんの言葉で、みんな納得はしないまでも、とりあえず色々言ってくる人はいなくなった。
「出待ち」女子たちに対しても、私とのツーショットを見せつつ、それでも声をかけてくる子がいれば
「ごめんね。彼女しか好きになれないから」
と、どんなきれいな子でもそっけない態度を貫き、気が付くとあれだけいた「出待ち」女子たちもほとんど見なくなった。
ってことで、そろそろ彼女のフリもフェードアウトしてもいいんじゃないかと、悠ちゃんに提案してみたんだけど、ものすごい勢いで却下された。
その上、不機嫌に顔をしかめつつ、距離を詰められる。
「そんなこと言い出すなんて、美希ちゃん。――まさか他に気になる人でも出来たの?」
びっくりするほど強い視線を向けられ、悠ちゃんらしくない余裕のない態度に目を丸くした。
「そうじゃないけど、最初の目的は『出待ち』女子対策だったんだし、それはもうほぼ解決したかなって……」
「それでやめちゃったら、また元に戻るだけでしょ? たった1ヶ月で僕を見捨てるなんて、美希ちゃん酷くないかな? ……それとも、本当に何か他に理由があるの?」
探るような悠ちゃんの視線に、思わず目をそらす。
と、それを許さないとばかりに顔を覗き込まれ、ジッと見つめられる。
「他に理由っていうか……。ただ、こういうのみんなを騙してるみたいで、気が咎めるんだよね……。だから、いつまで続けるのかな~なんて……」
悠ちゃんをチラッと見ると、ちょっと気落ちしたような表情で、はぁ~っとため息をついた。
「美希ちゃんの気持ちもわからないでもないけど、僕はまだやめるつもりはないよ? それどころか、まだまだ足りないって思ってるくらいだし。もっと恋人同士に見えるようになりたいって、いつも思ってるくらいだよ。だから、この関係を解消するなんて考えないでね?」
ニッコリ笑ってそう言われたけど、なんでそんな発言になるのか、やっぱり訳わかんないんですけど~~!