番外編 元王子様、卒業を前に……4 (悠真視点)
俺が満足気に微笑んでいるのを見て、美希は訳がわからないという顔をしている。
涙も止まったようだった。
俺はゆっくりと立ち上がり、嬉しそうな笑みを浮かべたまま椅子に座る美希を引っ張り、思い切り抱きしめた。
「ちょっ…!と、悠ちゃん! 何してるの? 私、怒ってるんだよ!?」
「うん。でも、俺は嬉しいよ。美希がそんなにヤキモチを焼いてくれるなんて。 それだけ俺を好きだってことだよね?」
「――っ!! だから、怒ってるって言ってるよね? さっき言ったこと、納得できる説明がなかったらもう好きだなんて思えない!!」
その言葉でとたんに青ざめる俺は、やっぱり美希に全てを握られていると思う……。
「わかった! すまない、ちゃんと説明するよ」
再びベッドに並んで座り、俺は男関係の監視の部分は省いて、更に言葉を選びながら説明した。
俺が卒業したあと、美希がひとりで悩んでいたり、俺のことで誰かに嫌がらせを受けたりとか、何かあった時に必要であれば教えて欲しいと頼んだこと。
山内さんが美希の1番近くにいて、さらに信頼できると思ったから頼んだだけで、そこに特別な感情は全くないこと。
連絡先を交換したあと嬉しそうだったとすれば、これで卒業後も、美希を俺の代わりに近くで見守ってくれる人が出来たことに対するものだということ。
美希を残して卒業するのが心残りだし、心配で仕方がないこと。
それらのことを言い聞かせるように話すと、次第に美希の表情が明るくなっていった。
「それだけ? 本当に??」
「当たり前だよ。 美希が俺の全てだし、美希以外は目に入らない」
「――そうなら、ちゃんと言ってくれればいいのに……。 私、きのう本当にショックで。 悠ちゃんが里奈ちゃんのことを好きになったんだと思って、悠ちゃんと会うのも、電話で話すのも怖くて。――だって、別れたいとか言われるんじゃないかって……。悠ちゃんが今日どうしてもうちに来たいって言ったのも、そういう話をするためなんじゃないかって……」
思わずギュッと美希を抱きしめた。
「美希に言わなかったのは、本当に悪かったよ。 俺が勝手にそんな心配してるって事を知ったら、美希に鬱陶しがられるんじゃないかと不安だったんだ。 でも、美希もそんな風に思ったんだったら、俺を避けたりしないで言って欲しい。 この先、何があっても俺の気持ちは変わらないから、もう二度と疑ったりしないって約束して?」
美希を見つめる俺の視線は熱っぽく、これ以上ないくらいに甘いに違いない。
美希の気持ちが離れた訳じゃないと知り安心すると、もっともっととさらに貪欲になる自分がいる。
「――うん。そうだね。 今度何かで不安になっても、ちゃんと悠ちゃんに聞くことにする」
「約束だよ……?」
自然にお互い顔を近づけ、触れるだけのキスをした。
もちろんそれで満足出来るはずもなく、次は深い大人のキスを……。
最近美希も少しずつキスに慣れてきて、自分から舌を絡めることも覚えた。
まだまだぎこちないが、それでも俺を煽るには十分だ。
そんな事をされると、こっちは次に進みたい欲望を抑えるのが難しいということを、きっと美希はわかっていないんだろう。
あぁ! もうこのまま押し倒してもいいんじゃないか!?
そろそろ我慢も限界だ……!
――いや、だめだ! 美希の母親がいるんだった!
キスが終わり、残念な気持ちのまま、息を切らしてボーッとしている美希を抱きしめる。
そうだ!今日はもうひとつ、大事な話があったんだ。
美希を抱きしめていた腕を離し、俺はポケットから1枚の用紙を取り出した。
まだボンヤリしている美希の前に、その紙を広げて置く。
「なに……? これ?」
そこには『結婚誓約書』の文字。
もちろん公式な文書ではないが、これを書くことで美希にももっと自覚をして欲しいのだ。
将来、俺と結婚するという自覚を。
「見た通りだよ? もしもまた今日みたいな事があっても、これがあれば少しは俺を信じられるんじゃないかな? 俺が結婚する相手は美希以外いないし、正式な婚約はまだ先だとしても、こういう物で約束を交わしておくだけでもお互い安心出来るだろう?」
本当は俺が安心したいだけなのだが、こう言えば美希も同意しやすいだろう。
「――えっ! 悠ちゃんって本気でそこまで考えてるの!?」
「…………」
驚いたように俺を見る美希に、それ以上に驚いて何も言えなくなってしまった。
――美希は、今まで俺の言葉をちゃんと聞いていなかったのか?
ずっと一緒にいるとか、絶対に離れないとか、そういう言葉に将来の約束が含まれるとは、思ってなかったのか?
結婚という言葉も、何度も使っているはずだ。
さっきも美希のお母さんに結婚の挨拶をしかけたじゃないか!
……途中で遮られたけれど。
俺が軽い気持ちで、今だけの感情でそういうことを言っているとでも思っていたのか?
――それなら、今日は俺の本気をきちんとわからせてやる。
「俺は、美希と結婚したい。いや、美希と結婚するともう決めている。 前にも言ったけど、今すぐにでも籍を入れたいっていうのも、本気だよ? まさか美希が本気にしてないなんて、思ってもなかったよ」
美希は目を見開いて、呆然としている。
――これは、本当に結婚なんて本気では考えていなかったんだな……。
その事実にショックを受けながらも、それなら今すぐに本気で考えるようにすればいいんだと、自分自身に言い聞かせる。
「だっ…て、悠ちゃん。 私まだ高校生で16歳だよ? 普通、この年で結婚なんて本気で考えないでしょう? そりゃ、悠ちゃんのこと好きだし、将来結婚できたらいいなぁ~くらいは思うけど、そんな結婚誓約書なんて、大げさなもの書かなくても……」
「美希はすぐに大げさだとか言うけど、それだけ俺が真剣だってことだよ。 この先美希と別れることは絶対ないし、そしたら必然的に結婚することになるだろう? 先のことって言うけど、美希だってあと2年で高校生じゃなくなるし、さらにもう2年したら成人だよ? 全然先なんかじゃない。あっという間だ。 だから今から真剣に考えて約束したいだけなんだよ」
「…そう、なの……?」
美希が俺の言葉に流されかけている。
そう、そのまま流されておいで……!
もう少しだ……!
「美希は、俺のことが好き?」
「――うん。大好き。」
はにかみながらそう言う美希が、あまりに可愛すぎて抱きしめたくなるが、まだだ! もうちょっと我慢だ!
「俺も大好きだよ。――これは、ただの紙切れかもしれないけど、その大好きって気持ちを形にするものなんだ。 俺に、美希の大好きって気持ち、形にして渡してくれないか……?」
美希の目を覗き込み、甘く囁く。
「――そっか、うん。わかった。 それは私の気持ちなんだね? じゃあ、悠ちゃんも私に気持ちをくれるの?」
「もちろんだよ。 俺の方はもうサインしてあるんだ」
そう言ってもう1枚、俺のサインがしてある方の用紙を取り出し、美希に渡す。
「これが俺の、美希が大好きっていう気持ちだよ」
そこでさっきの用紙を出し、隣にペンを置く。
書面の内容はいたってシンプルだ。
将来、俺と結婚することを約束するというもの。
もちろん、正式な書類ではないから、法的な拘束力なんてものはない。
言わば、おままごとの域を超えない代物だが、それでもないよりはいい。
これを見て、美希が俺との将来を常に考えてくれるようになってくれれば、それでいいと思っている。
黙ってサインをする美希を見つめ、書き終わるなり抱きしめた。
「ありがとう、美希。これでもう、俺たちはお互いのものだからね?」
こうやって流されてくれる素直な美希が可愛くて仕方ないが、俺以外の男にも流されそうだというのがものすごく気がかりだ。
そういうことを阻止するためのスパイ……イヤ協力者が山内さんであり、康介であるわけだが。
もちろん、俺自身がこの先ずっと、美希を惹きつけておけるような男になるのが大前提で、美希との将来のためにこれからの俺は多忙になるだろう。
それでも時間がある限り美希に会って、美希が他に目を向ける隙を作らないように、俺のことしか目に入らないようにしておかなければ……!
これから、今まで以上に安心できない日々が続きそうだが、美希といられるのならそれもまた悪くないなんて思える自分がいる。
美希が側にいる限り、俺にはこの先も退屈とは無縁の人生が待っているんだ。
番外編「元王子様、卒業を前に……」これにて終了です。
あと1話、ちょっと軽いおまけを投稿します。