番外編 元王子様、卒業を前に……3 (悠真視点)
ドアを閉めるなり、俺は自然に身体が動いてしまい、美希を抱きしめようとした。
が、サッとかわされてしまい、美希は警戒するかのように俺から距離を取る。
「悠ちゃん、ドアのすぐ向こうにお母さんいるんだからね? ここは悠ちゃんとこみたいに広くないんだから、ちょっとした音とか気配で何してるかすぐわかるんだからね?」
もちろん、俺だってすぐそばに美希の母親がいる状況で、イロイロする気はない。
でも、ちょっと抱きしめるくらい、いいじゃないか……!
「あとね? 結婚がどうとか、お母さんに言わないでね。 そんなの、考えるとしてもずっと先のことで、どうなるかなんてわからないんだし」
――どうなるかわからない?
美希にとって、俺との結婚はそんな曖昧なものなのか……?
俺の中では美希との結婚は、すでに決定事項だ。
それこそ、付き合い始めるずっと前から決めていた。
籍を入れるのは俺が大学を出てからだとしても、婚約は出来るだけ早めにするつもりで、エンゲージリングもすでに発注済みだ。
イギリスの王室からも信頼されているジュエリーデザイナーが、母親の旧友という関係で、特別に依頼を受けてもらった。
今はデザインも決定して石選びも終わり、制作に入っている。
正式なプロポーズのシチュエーションや、結婚式の構想、ハネムーンの行き先候補まで、俺の中では色々なアイデアが既に検討され絞られている状況なのだ。
それなのに肝心の結婚相手、美希の方は「どうなるかわからない」などと言うなんて……!
「美希は、俺とのことどう考えてるんだ……?」
「――どうって?」
「さっきの発言といい、昨日からの態度といい……美希が今何を考えているのか、わからないんだ」
「…………」
美希は一瞬俺を見てなにか言いかけたが、結局口をつぐんでうつむいてしまった。
一体、どうしたっていうんだ?
今までの美希なら、何か気に入らない事があればすぐにはっきり言ってたじゃないか!
「美希は……昨日から俺を避けているよね? 情けないことに、俺にはその理由がわからない。 俺が何かしたのなら、不満があるんなら、頼むから言って欲しい」
内心、不安と焦りで押しつぶされそうな状態だったが、精一杯平静を装った。
俺が感情的になってしまうと、美希も話をしてくれない気がしたのだ。
「――理由が、わからないの?」
うつむいたまま呟くように言ったかと思うと、ゆっくりと顔を上げてジッと俺を見つめる。
やっぱり、美希は何らかの理由で俺を避けていた……。
そうだろうとは思っていても、実際に肯定されると、とたんに湧き上がる焦燥感。
その理由が美希の心変わりなんだとしたら――と考えるだけで身体が震えだし、握った掌に汗が滲んでくる。
もし美希に別れを言われたとしても、絶対に了承はしない。
だが、やっとの思いでここまで来たのにまた一からやり直しだ。
イヤ、そうなると一からではなくマイナスからのやり直しか……。
それでも、美希を諦めるなんて到底出来ない俺は、やり遂げるしかない。
無理矢理監禁することにだってなんの抵抗も感じなかった俺だが、自分の意思で俺の側にいて、俺を好きだと言う美希を知った後では、それでは満足できない事ももうわかっている。
それでも、別れるくらいならどこかに閉じ込めることを選んでしまうだろうが……。
「俺のこと、もう好きじゃなくなった……のか?」
こんなに何かを怖いと思った事があっただろうか?
美希の答えを聞くのが怖くて、視線を逸らしてしまった。
俺はこんなに情けない男だったんだな……。
俺のすべてを――美希のその小さな手が握っているのだ。
「――それは……悠ちゃんの方でしょう?」
視線を逸らしてしまった俺に、責めるような口調で言い返す美希。
――なんだって?
今、何て言った!?
思わず美希を見ると、上目遣いでこっちを見上げるその目に、うっすら涙が滲んでいる!?
「――はっ!? そんなわけ無いだろう!! 俺が美希のことを好きじゃなくなるなんて、それこそありえない!!」
「……じゃあ、悠ちゃんは同時に何人も好きになれるんだ?」
――正直、美希が何を言っているのか理解出来なかった。
こんなに毎日気持ちを伝えているというのに、どうしてそんな風に思うんだ?
「だから、どうしてそうなるのかわからないよ! 俺が好きなのは、愛してるのは、過去も現在も未来も美希だけだ! そんなこと、とっくに美希は知っているはずだろう?」
「だって……!!」
見る見る間に、美希の両目から涙が溢れ出す。
もう我慢できずに、美希を引き寄せ抱きしめた。
今度は抵抗もせずにされるがままになっている美希だが、いつものように抱きしめ返してはくれないことに不安が募る。
泣いている美希を見るのも胸が痛く、どうにか慰めたくて頭を撫でながら包み込むようにゆったりと抱きしめていた。
そのまま美希の肩を抱き、ベッドに並んで座った。
そう広くない美希の部屋は、机の椅子以外座るところといえばベッドしかなかったのだ。
美希は俺に肩を抱かれたまま、まだポロポロと涙を流していた。
とにかく!!
どうしてそんな風にありえない事を思いこんで、こんなに泣くほどそれを信じてしまっているのか、まずはそれをはっきりさせなければ……!
「美希がどうしてそう思ったのか、ちゃんと話してくれないか?」
ようやく美希の涙もおさまってきて、涙に濡れた頬を指で撫でながら優しく聞いた。
「――本当に、心当たり、ないの? ……つい、昨日のことだよ?」
昨日……?
確かに、何かがあったのなら昨日だろうが、放課後まではいつも通りだったんだ。
と、いうことは、放課後に何かが……?
俺が、昨日の放課後した事といえば――
そこまで考えてハッとした!
昨日の放課後は、俺の卒業後に美希の事をお願いするため(本音は男関係の監視と報告の依頼だが)山内さんと会っていた。
美希には知られないようにしたつもりだったのだが、もしかして山内さんがしゃべったのか……?
「里奈ちゃんってね? 嘘がつけない人なの。本人に自覚はないけど、とにかく態度でまる分かりなの」
――やはり、山内さんのことか。
だけど、彼女とは話をしただけだ。
それでなぜこんな誤解をするんだ?
「昨日の放課後、里奈ちゃんが康介くんと話した後になんだか様子がおかしくてね。 私は生徒会に行くつもりでバイバイって言いに行ったら、明らかに慌ててて、目線が泳いでて。 そのまま別れたんだけど、どうしても気になって、こっそり里奈ちゃんの後をつけたの。そしたら――」
俺と会っていたって訳か……。
もしかして、話の内容まで聞いてしまったのか……?
俺はそっちのほうが気になり、それが顔に出てしまったのだろう。
美希が俺から距離をとるように、机の方の椅子に移動してしまった。
「生徒会資料室のドア、しっかり閉まってて何話してるのかわからなかったけど、ガラス窓から中は見れたの。あのガラス、中から外は見えにくいから、悠ちゃんたちは全然気づいてなかったでしょう? なんだか真剣な顔で話してたし、ドアの外なんて気にもしてなかったよね? 帰りに一緒になった時にも、里奈ちゃんは悠ちゃんと会ってたこと言ってくれなかった。 やましいことがないなら里奈ちゃんだって隠したりしないだろうし、悠ちゃんだって私の友達と会うのに私に何も言わないなんて変じゃない!」
「美希、それは違う。あの時山内さんと会っていたのは、そんな理由じゃないんだよ」
――とりあえず、あの話は聞かれていないようでホッとする。
だが、このとんでもない誤解は何とかしなければ!!
「あんな、誰も来ないような資料室で2人だけで会うなんて、他にどんな理由があるって言うの? ……里奈ちゃんは確かに美人だし、私と全然違って大人っぽいし、何よりすごくいい子で……。今までも私より里奈ちゃんの方が悠ちゃんの隣が似合うって思ったりしてたの。――だから、悠ちゃんが里奈ちゃんに惹かれても、それは仕方ないって思う……」
だから、どうしてそうなるんだ!
美希の目はどうかしてるのか?
どうしたら、俺が山内さんを好きなように見えるんだ!?
「誓って言うけど、山内さんにそういう意味で好意をもったことなんてないよ」
「でも、悠ちゃん! 里奈ちゃんのこと気に入ってたでしょ? 今でも里奈ちゃんにはいつも王子様スマイルで接してるし、他の子に対する態度と全然違ってるもん!」
「それは――」
――まぁ、確かに気に入っていた……というより、スパイ候補として目を付けていたと言ったほうが正しいな。
これから協力してもらうつもりでいるからこそ、愛想を振りまいていたに過ぎない。
ただ、これをどう説明すればいいんだ?
珍しく言葉に詰まった俺を見て、また美希の目に涙が溢れてくる。
「美希っ!! 本当にそんなことじゃないから!」
「それに! 2人ともスマホ出して何かしてた! 連絡先交換してたんでしょ? その時の悠ちゃんの顔がはっきり見えたの! すごく嬉しそうな、満足した顔してた! 里奈ちゃんの連絡先を手に入れて、それだけ嬉しかったって事じゃないの!? それなのに、そんな顔するくらい里奈ちゃんのこと好きになってるくせに、お母さんに私と結婚したいとか言おうとしたりして! 悠ちゃんが何を考えてるのか、私の方がわからない!!」
泣きながら俺を睨んでいる美希を見て、胸が痛むと同時に無性に嬉しくなっている自分がいる。
これは、明らかに嫉妬だ。
それも、こんなに泣きながら、俺を責めながら感情的になるのは、それだけ俺を想う気持ちが強いってことだ。
こんな状況なのに嬉しくて堪らないなんて、俺はきっとどうかしている。
あぁ、美希。
俺も、美希を誰よりも愛してるよ……!