番外編 元王子様、卒業を前に……2 (悠真視点)
今日は土曜で、久しぶりに美希とデートの約束をしている。
センター後も俺に模試が入っていたり、美希が生徒会の仕事があったりで、なかなかお互いの都合が合わなかったが、今日は数週間ぶりに学校以外でゆっくり会えるのだ。
本当は映画やショッピングに行くことを考えていたが、美希が体調が悪いと言うならこの寒い時期に外に行かない方がいいだろう。
朝起きてすぐに美希にLINEをしようとしたら、美希の方からきた。
『やっぱりまだ少し
体調が悪いから、
会うのまたにしてもいい?
受験前の悠ちゃんに
風邪をうつしても悪いし』
風邪……? 体調が悪いって風邪をひいているのか?
でも、昨日の山内さんのメールではそんな感じはなかったようだし、なんとなくだが俺に会いたくないための口実のように思える……。
あらためて思い返すと、昨日の美希の行動も俺を避けていたと考えれば納得がいく。
ただ、理由が全くわからない!
本当に美希が俺を避けているのだとしたら、それこそ一大事だ……!!
これから卒業するまでに繋がりをより深くしようと必死になっているのに、当の本人に避けられるなんて周りを固める意味がないじゃないか!
とにかく、美希に会ってちゃんと聞かなければ。
本当にただ風邪をひいているだけなのか、それとも……。
すぐに美希に電話をかけた。
「――もしもし?」
いつもに比べてどこか沈んだ声に聞こえる。
単に体調が悪いせいなのか、それとも俺と話したくない……のか?
「美希? 体調が悪いならお見舞いに行くから。この先もお互い忙しくなるんだし、今日は絶対会いたいんだ。 いいよね?」
もし美希が頑なに会わないと言っても、勝手に押しかけるから同じことだよ?
「お見舞いなんていいよ! 悠ちゃんにうつしたら大変だし、私は寝てたら治るから!」
「……俺が美希のことに関しては絶対引かないのは知ってるよね? 今日会うって言ったらなんとしても会うよ。 今日、おうちの人は居るの?」
「…………」
「美希?」
「――お母さんが、午前中はいると思う……」
「じゃあ、お母さんがいらっしゃる午前中に行くことにするよ。 誰もいない時に家にお邪魔して信用をなくしたくないからね。……それから、美希?」
「な、なに……?」
「俺を避けようなんて考えたらどうなるか、わからないわけじゃあ……ないよね?」
「――っ!!!」
電話の向こうで声もなく焦る美希の気配がする。
「――わかった。えっと……本当に、来るの?」
「もちろん。美希のお見舞いって形だけど、お母さんにだけでも挨拶出来るなら、なんとしてでも行くよ」
「あのっ、でも、お見舞いだったらすぐに帰るよ……ね?」
「――美希が帰って欲しいんならね」
「そ、そんなことは……。 あの、じゃあ、お母さんには悠ちゃんが来るって言っておくね」
「うん、わかった。10時くらいに行くよ。じゃあ後で」
電話を切った後も落ち着かなかった。
どう考えても、美希は俺に会いたくないようだ……。
風邪をうつしたくないとかそんな理由ではないのは、さっきの美希の様子からも明らかだ。
体調が悪いというのも、きっと口実なんだろう。
つい、脅すようなことを口にしてしまったが、どうしても避けられている理由を知らないと落ち着けない。
俺は朝食も食べる気にならず、ジリジリしながら約束した時間になるのを待っていた。
美希を送ってマンションのエントランスまではいつも来ていたけど、マンションの中に入るのは初めてだ。
エントランスでインターホン越しに応対してくれた美希の母親とは、小学生まで近所に住んでいて面識はある。
向こうも覚えてくれていると思っていたのだが、インターホン越しではその反応はよくわからなかった。
やや緊張しながら部屋前に着き、インターホンを押す。
こんな事で自分が緊張しているという事実に、自分でも驚く。
美希に関係すること以外では、これまでの人生で、緊張することなんてまるでなかったのだ。
ドアが開き、記憶にあるよりもやや年を重ねた美希の母親が出迎えてくれた。
俺を見て、驚いた顔をしている……?
「こんにちは。お久しぶりです」
「――こんにちは。わざわざ、お見舞いありがとうね。 どうぞ?」
美希の母親に付いてリビングへ行き、勧められてソファに腰をかける。
「あの、美希、さんは……?」
「さっきまでパジャマだったから、着替えてると思うわ。すぐ来ると思うから少し待っててね。 そうそう、コーヒーでいいかしら?」
「ありがとうございます。これ、お見舞いに」
来る途中に買ってきたプリンが入った箱を差し出した。
「まぁ、男の子なのに気が利くのねぇ。 ありがとう」
美希の母親は、そのままプリンを持ってリビングとつながったキッチンへ向かい、コーヒーを入れながら話しかけてきた。
「美希からお付き合いしてる人がお見舞いに来るって聞いてたんだけど、まさかこんな格好良い男の子が来るなんて思ってもいなくて、びっくりしちゃってごめんなさいね。 なんだか大人っぽいけど、高校の同級生?」
――美希は俺のことをちゃんと話してないのか?
たしかに、付き合ってる人がいるとお母さんには言ってるとは聞いてたけど……。
まさか、相手が俺だと言ってないとは思わなかった。
その事実に、美希が俺との付き合いが長く続くものと思ってない気がして、面白くない。
「美希さんとは同じ高校ですが、僕は2つ上なんです。……あの、覚えていらっしゃいませんか? 以前、同じマンションに住んでいた、神木悠真です」
美希の母親はコーヒーを入れる手を止め、目を丸くして俺をマジマジと見てきた。
「えぇっ!? 神木さんって……! あの、神木専務の?? 瑠奈ちゃんのお兄さんの悠真くんなの!?」
「はい、ご無沙汰しています」
美希の母親は、コーヒーを乗せたお盆を持ってソファに座る俺の前に来て、食い入るように俺の顔を見つめる。
「まぁ~~。そう言われれば、悠真君だわ~! 小学生の時までしか知らなかったから、言われないとわからないわね! あぁ、だからお久しぶりですなんて言ってたのね? どこで会ったのか考えちゃったわ。 なんだかすっかりいい男になっちゃって! あら? でも悠真君って私立の中高一貫じゃなかったかしら?」
「あ、はい。色々と思うところあって、今は東高の3年です」
――思うところの中身が100%美希だということは、わざわざ言わないが。
そこへ、やっと美希が部屋から出てきた。
「ごめんね、遅くなって。……悠ちゃん、わざわざありがとう」
――やはり、表情が硬いし、目も合わさない。
電話とは違い実際にその表情を見ると、美希の気持ちが間違いなく俺が考えたくない方向へと向かっていると感じてしまう。
グッと握った拳は、白く血の気がなくなっていく。
――焦るな!!
今日、ちゃんと理由を聞けば大丈夫だ!
言葉で言いくるめ……いや説得するのには自信があるんだ。
「ちょっと、美希! 彼氏が悠真君ってどうして教えてくれなかったのよ!」
「あれ? 言ってなかった?」
「聞いてないわよ! 付き合ってる人がお見舞いに来るからってそれだけだったじゃない」
「そうだっけ? ごめん、ちょっと色々考え事しててボンヤリしちゃってたかも……」
「もう、あなたって子は! ごめんなさいね? 悠真君。 こんな子でいいのかしら?」
そこで俺は、ここぞとばかりに身を乗り出した。
「もちろん、美希さん以外僕には考えられません。 この際、お母さんにも聞いて欲しいんですが、僕は将来美希さんとの結婚を……」
「ちょっ!ちょっと待ってっ!!」
美希に大きな声で遮られ、最後まで言うことが出来なかった。
「けっ…こん……?」
「ち、違うの!お母さん! そうなればいいね~とか話したことあるって程度で、全然そんな真剣なものじゃないの!」
「美希? 俺は真剣に――」
「悠ちゃん!! ちょっと、こっち来て! お母さん、私たち部屋で話すね! あっ、お茶とかコーヒーとかいらないから!」
そのまま美希に腕を引っ張られ、美希の部屋へ入ることになった。