番外編 元王子様、卒業を前に……1 (悠真視点)
番外編は1~2話でまとめる予定でしたが、やっぱり長くなってしまいました。
おそらく4~5話になると思いますが、すべて悠真視点です。
あと少し、よろしくお願いします。
高3、2月。
センター試験も終わって、私立、国公立2次と続く、まさに受験シーズンまっただ中。
そして、あまり考えたくないが、卒業式まであともう少しと迫っていた。
そう、大切な恋人である美希を残して、俺は東高を去らなければならないのだ。
7月にお互いの気持ちを確かめあって以来、学校での俺は、彼女しか目に入らないかなり残念なヤツという認識を持たれている。
美希を中心にすべてが回っている俺を見て、親バカならぬ「彼女バカ」とも言われているらしい。
とにかく可能な限り美希と一緒にいるし、周りに誰がいようと甘い言葉や軽いボディタッチでの愛情表現は欠かさないし、必要なら王子の仮面をかなぐり捨てて本性をさらけ出す。
そのせいか、いつからか「王子」とは呼ばれなくなり、水面下で「魔王」という単語が飛び交っているようだ。
とりあえず、それもほぼ計画通り。
「彼女バカ」も「魔王」も、俺が卒業した後に美希を狙おうとしている男どもを牽制するには有効だ。
未だに、美希を諦めていない男が、腹立たしいことにまだいるのだ。(康介情報)
俺が卒業したらいずれ別れるとでも思っているんだろう。
そんなことはありえないのに、俺たちの本気度を知らないヤツらはそうやってバカな期待をするらしい。
そんなヤツらに対するこれは警告でもある。
この俺がここまで熱愛する恋人である美希に、もしちょっかいをかけたりしたら、魔王降臨は免れないと印象付けることで、ある程度、美希が言い寄られるのをガード出来るはずだ。
学校での俺のそういう態度に、美希は恥ずかしがって文句を言っていたけど、いつからか諦めの境地に達したらしい。
あの時、俺が暴走して壊れかけたのを目の当たりにしたのが、よほど忘れられないに違いない。
俺を拒否するような言動は絶対しないし、人目がなければ、学校で多少イチャついても、文句は言うが抵抗はしない。
真っ赤になって見上げてくるその顔は、もう少しで理性の糸をプツっと切ってしまいそうだが。
ただ、あの時泣かれたことがそのたびに甦り、結局未だに手を出してはいない……。
まだ、美希のすべてを手に入れてないという思いが、俺の余裕のなさに繋がっているんだろう……とも思うが、やはりまた泣かれたら、と考えると躊躇してしまうのだ。
そういうわけで、本当の意味で美希とまだ結ばれていない俺は、実は自信も余裕も全くない。
卒業後、俺がそばにいなくても美希が一瞬でもよそ見をすることがないよう、今のうちにできる限りの対策を練り実行に移しているところだ。
昨日やっと、美希の友人である山内里奈に、極秘にコンタクトを取ることができた。
康介を介して呼び出したのだが、出来るだけ人目に付かないようにと気を配った。
彼女と連絡をとることは、美希には知られたくなかったからだ。
頭の回転が早く、本質を見抜く目を持つ山内さんが、美希の1番近くにいる友達だというのは、俺としてはラッキーだった。
俺が卒業したあとは、スパイは康介だけじゃ心もとない。
クラスが離れるかもしれないし、もとより康介はいつも美希と行動をともにするわけじゃない。
そこで、もっと身近なところで、美希を男からガードしたり、何かあった時に速やかに報告してくれる存在が欲しかった。
そう言う意味で、かなり前から目をつけていたのが、山内さん。
もう少し早く話をしたかったのだが、美希に知られないようにするのにタイミングが難しく、こんなギリギリな時期になってしまった。
最初は『美希に内緒で』ってところに引っかかったようで渋っていたが、俺がどれほど美希を大事に思っているかや、流されやすい美希が男に騙されたりするんじゃないかと、心配で堪らないことなんかを、王子スマイルをこれでもかと振りまきつつ、あくまでもお願いするという形で説得した。
内緒にする理由も、美希の自主性を尊重したいからとか、余計な気を遣わせたくないからなんて適当なことを言ったが、それについては胡散臭そうな顔を隠そうともしていなかったが……。
本当は、裏でこうして美希を監視するかのような行為に対し、美希がどういう反応をするかわからないのでそれが不安なのだ。
だったら最初からそんな事をしなければいいんだが、それはそれで心配で仕方がない……。
俺の切羽詰った気持ちを汲んでくれたのか、渋々という形ではあったが山内さんが協力することに同意してくれてホッと息をついた。
満面の笑みを浮かべ、連絡先を交換した。
そして、もうひとつ。卒業までにやっておく事がある。
ある意味、これが1番重要だ。
美希と、正式に結婚の約束をすること、だ。
美希も16歳になり、俺としてはすぐにでも籍を入れたいんだが、やはり学生のあいだはダメだと親に言われてしまった。
俺がずっと美希を想っていた事を、両親はなんとなく気付いていたようで、美希との結婚に関しては当人同士に任せると言ってくれた。
俺の方はそういうわけで問題ない。
時期が来れば美希と結婚するのに障害はないだろう。
まぁ、例え反対されたとしても最悪家を出ればいい話で、一応その時のための準備も抜かりない。
中3の頃から、ある程度勉強した上で自宅PCでFX取引を始め、すぐに利益を得た。
口座の名義は父親だが実際は俺が取引の全てを行い、その実績を父親にも認めてもらって、利益の半分は俺の個人資産として、今も変動はあるが年単位で見ると着実に大きくなっている。
もし学生の間に家を出る事になっても、美希に生活の不自由をさせないだけの、個人的な蓄えが欲しかったのだ。
その点も俺の方は準備万端なのだが。
だけど、美希の両親に彼氏として挨拶したいと、美希に何度も言っているのに承諾してくれない。
「そんな改まって挨拶なんて、恥ずかしいよ! 付き合ってる人がいるってことは、お母さんには言ってあるから。今はそれでいいでしょ?」
そんなセリフから、父親には言ってないんだな……とわかり、そのあたりが今の時点での婚約に立ちふさがる壁だと推測できた。
さすがに美希の父親に黙って正式な婚約は出来ないので、強行突破でいきなり挨拶に行くことも考えたが、それでこじれても……と思いとどまり、とりあえずは様子を見て機会を伺う事にしたのだ。
とはいえ、美希本人にそのことを承諾させないと、これ以上話が進まない。
昔から、周りを固める事に重点を置いてきたクセが、ここにきてもまだ抜けないらしい。
と、言うわけで、美希と将来結婚するという約束を、文書として交わしたいと思っているのだ。
それがあればきっと……俺はもう少し余裕を持って、心穏やかに卒業出来るのではと思っている。
我ながら、情けない話だが……。
本当は昨日、美希にその話をしようと思っていたのだが、山内さんと会った後生徒会室に行くと、美希は帰ったあとだった。
特に約束はしていなかったが、放課後俺が生徒会室に顔を出して一緒に帰るのは、ここ最近決まり事のようになっていたので、何かあったのかと電話をかけてみたが……出ない。
心配になり、美希の家まで行ってみようとしたところで、LINEが送られてきた。
『ちょっと用事があって、
先に帰ります。
連絡が遅れてごめんね。
途中で里奈ちゃんに会ったから、
一緒に帰ってます』
いつもと違うちょっと堅い文章に違和感を覚え、美希に返事を送った後、すぐに山内さんにも確認のメールをする。
しばらくして、
『帰りに美希ちゃんと会ったので、今一緒に帰ってます。まっすぐ帰るので心配いりませんよ』
と返信が来て、気持ちを見透かされてる居心地の悪さを感じたが、とりあえず安心した。
が、やっぱりその後も美希の様子はどこかおかしかった。
家に着いた頃を見計らって電話をしても、出ない。
少しして、
『今日は少し体調が悪いから、
早めに寝るね!』
とLINEが送られてきて、いや、まだ夕方だぞ?と驚いたが、それきり既読は付かなかった。
よっぽど身体の具合が悪いのかもしれないと心配しながらも、それ以上連絡の取り様がないので、山内さんに帰りの美希の様子をメールで聞いた。
『そういえば、少し元気がない気はしました。何か考え事してて、ハッと我に返ることも何度かありましたし。でも、どこか身体の具合が悪いって感じではなかったですよ』
――何か、美希は悩みでもあるのか?
でも、今朝の登校時には全くそんな様子はなかったよな?
じゃあ、今日学校で何かあったのか……?
いずれにしても、美希に直接聞かないとわからない。