第34話 王子様と私のその後10
こんなにすぐに、またここへ来ることになるとは……。
悠ちゃんの部屋に入ると、しばらくして恵子さんがお茶を持ってきてくれた。
この前同様、悠ちゃんが優雅にお茶を入れてくれて、ローテーブルに向かい合って座る。
「さてと、さっきの話だけど」
探るような視線をこっちに向けてくる。
「美希は、結婚するまでしないって決めてるって言ってたけど、そういう事って決めてしまうような事かな?」
うっ……
この言い方。
相手を言いくるめようとする時の悠ちゃんだ。
生徒会に面倒なことを言ってくる生徒や教師に、理詰めで畳み掛ける悠ちゃんを何度も見てきた。
それでも私は、言いくるめられるわけにはいかないけど!!
「そんな風に絶対って決めてしまうんじゃなくて、その時の状況とか相手のことも考えて、その上で自分の気持ちに素直になる事も、恋愛においては大切な事なんじゃないかな?」
――なんか、もっともらしい事を、理論的に淡々と言われると、そうかな??なんて思ってしまいそうになる……。
ダメ! 流されないで、私~!!
「だって、両親にそういう風に言われて育ったんだもん。私の中ではそれが当たり前の感覚になってるの」
「――――チッ!」
って! 今、舌打ちした!? 悠ちゃんが!?
とっさに顔背けてたみたいだけど、ちゃんと聞こえたよ!
「それにね、それってこんな話し合いしないといけないほど重要なこと? まだ高校生なんだし一緒に帰ったりデートしたりして、2人でいるだけでも十分楽しいじゃない? そういうことは大人になって、結婚してからでも遅くないでしょ? 今、しなきゃいけない理由がないと思う!」
悠ちゃんに言いくるめられちゃいけないって気持ちが強くて、キッパリ言い切った。
そんな私を見て、深々とため息をつく悠ちゃん。
「美希は……俺のこと、好き?」
視線を逸らしたまま聞いてくる悠ちゃんの声が、なんだかいつもと違う。
めずらしく自信がなさそうな……。
「そんなの……。好きだよ、もちろん。この前もそう言ったじゃない」
「うん……そうだね。でも、俺は好きだなんて言葉じゃ足りないな。美希だけを――愛してるんだよ」
そう言って、逸らしていた視線を私に向けてじっと見つめながら、自然な動作で隣に移動してきた!
そのセリフのあとに、この距離感は……ちょっと危なくない??
案の定、肩に手を掛けられ、至近距離から見つめられて、一気に真っ赤になってしまった!
「俺は美希を本気で愛してるから、美希の全部を知りたいし、自分だけのものにしたいと思うんだよ。 でも……美希はまだ、俺に対してそこまでの気持ちを持てないみたいだね」
自嘲気味に口元を歪めて力なく笑う悠ちゃん。
「そ、そんなこと、ない……よ?」
「いいんだよ。仕方ない事なんだから。 俺の方がずっと美希を好きで、俺の気持ちの方が大きいのは当然なんだよ」
えっ……そうなのかな??
私、悠ちゃんのこと好きだよね?
すごく、すごく大好きだって気付いたんだよね?
それも多分、ずっと前から好きだったのに、気付かないようにしてただけだったって。
それなのに、私の気持ちって悠ちゃんの気持ちに負けてるの??
悠ちゃんの隣に、私じゃない誰かがいるのを想像した時のあの気持ち。
あのなんとも言い表せないほど苦しい気持ちは、それだけ悠ちゃんのことを好きっていう証拠じゃないの?
至近距離から見つめてくる綺麗な顔を、真っ赤になりながらもしっかり見つめ返し、まるで開き直ったかのような強めの口調で反論する。
「そんなことないよ! 私だって、悠ちゃんのこと好きだもん。大好きだもん!ずっと前から好きだったもん!! この気持ちは悠ちゃんの気持ちにだって負けてなんかないもん!」
「――そうかな? そうだったら嬉しいけど、でも、美希の気持ちがそこまで大きいとはやっぱり思えないよ。――だって、俺のすべてを知りたいとは……自分だけのものにしたいとは、思ってくれないんだから」
そう言って、悲しげに微笑む悠ちゃん。
「――っ! お、思ってるよ! 私だって……悠ちゃんのこと全部知りたいと思うし、その……独り占めしたいって……思ってる、よ?」
――あ、あれ??
なんだか、おかしな方向に行ってないかな? これ。
「そっか、うん、良かったよ。 美希も俺と同じ気持ちなんだね? 結婚まで待つっていう選択肢ももちろんあるけど、それよりも、今、お互いの気持ちをしっかりと確かめ合う事の方が、大事だよね?」
そう言ってニッコリと笑った悠ちゃんの背後に、あの日見た真っ黒なオーラがまた見えた気がした……。
そうだった……。
理詰めで畳み掛けつつ途中でスっと引くのも、悠ちゃんが相手を言いくるめる時のパターンのひとつだった……。
今ごろ思い出しても遅いよ……私。