第21話
「美希ちゃん、紅茶はいつもと一緒でいい?」
「あ……うん。ありがとう」
悠ちゃんは紅茶を入れるのも上手い。
小さい頃から、イギリスで紅茶を嗜んでいたからか、日本ではなかなか満足のいく紅茶に出会えなかったそうで。
そのうち自分で茶葉を取り寄せたり、イギリスの親戚宅のバトラーに直接入れ方を教えてもらったりして、今では専門店でいただくかのような素晴らしい紅茶を入れることができる。
今日も悠ちゃんは見事な手つきで優雅にお茶を入れてくれる。
この時ばかりはリアル王子改め、リアル執事だわ……。
目の前に置かれた紅茶を一口飲んで、「はぁ~」と満足のため息を漏らす。
「やっぱり、悠ちゃんの紅茶は最高だね~」
これまた美味しそうな焼き菓子に手を伸ばし、幸せ~と思い食べていると、至近距離から強い視線を感じた。
いつのまにかすぐ隣に悠ちゃんが座っている。
あれ?さっきまで向かいに座ってなかった?
「美希ちゃん……」
「えっ?」
隣に座ったままジッと私を見ている悠ちゃんからは、どこか張り詰めた緊張感を感じる。
「ど……どうしたの?」
悠ちゃんは私を見つめたまま、制服のポケットに手を入れて、さっきの超恥ずかしいプリを取り出した!
それをじっと見つめる悠ちゃんの顔が、どんどん強張り唇をギュッと引き締め、暗い表情に変わっていく。
明らかに悠ちゃんの様子はおかしかったけど、私はそれを気にする余裕もなかった。
「そ……それ! お願い、返して~!」
もうそんなもの、早く処分してしまいたい~~!
「どうして……?」
「え?」
「これ、そんなに返して欲しい? そんなに大事なの?」
な……何言ってるの? そんなわけないじゃん!
ブンブンと首を振ると、悠ちゃんは手の中にあったそのプリを、思い切りぐしゃっと握りつぶしてしまった。
そのままゴミ箱へ。
――いや、捨てるつもりだったから、いいんだけど、でもここのゴミ箱にあるのもなんかイヤ……。
恵子さんとか他の人に見られるかもしれないし。
ゴミ箱はそのプリ以外何も入っていない状態だったので、私は急いでプリを拾って自分のかばんに入れた。
「悠ちゃん、あの、これやっぱり……」
「なんで?」
「え?」
「大事じゃないんでしょ? なのにどうしてまた拾ってるの?」
「そ……それは、だって、」
恥ずかしいから家で捨てるって言おうとしたのに、いきなり悠ちゃんに両肩を掴まれて、顔を上げると目の前に悠ちゃんの綺麗な顔があった。
でも、その顔は今、見たことがないくらい顰められ、歪んでいる。
ど……ど……どうしちゃったの~!?
「この男と……キス、した……?」
「は!?」
「これ、このプリの前か後に、唇が触れたんじゃないの? どう考えてもそう、見えるよ?」
私はびっくりして、またブンブンと首を振った。
そりゃあ! 確かにそう見えるかもしれないけど! そんな訳ないでしょ~!
「違う! 本当にたまたまこんな風に撮れちゃっただけだよ! もし本当に唇が触れたりしちゃってたら、私その場からひとりで逃げ帰ってるよ! そんなんがファーストキスだったら、立ち直れないじゃない!!」
今、顔が真っ赤になってる自覚がある。
つい勢いにまかせて、ファーストキスとか言っちゃたし!
もう、恥ずかしすぎる~~!
「そっ……か。――うん、そうだね。 もしキスしちゃってたら、美希ちゃん今も普通じゃないはずだしね」
そう言って、悠ちゃんはニッコリ笑う。
あ、やっとすっきりホントの笑顔かも?
「でも」
あ、なんか、また空気が張り詰めた・・・
「僕、言ったよね? 僕という彼氏がいること忘れないようにって」
あれ?……また、笑顔が怖いんだけど?
「お友達の知り合いとはいえ、美希ちゃんにとっては知らない人なんだし、ついて行くのはダメだよね?」
――悠ちゃん、なんか言ってることがおかしくない?
そのセリフ、まるで本当の彼女に向かって言ってるみたいだよ?
「ねぇ、悠ちゃん」
「なに?」
「私って、悠ちゃんの彼女のフリしてるだけだよね? それも、出待ち女子ももういなくなったし、そろそろ役目も終わりだよね?」
「…………」
「あ、でも別れたとかでまた騒がれたら困るから、悠ちゃんが卒業するまではそういう事にしておく?」
「…………」
「私はそれでもいいよ。正直、バイトにしてもらってるのも助かってるし」
そう、あの時の約束どおり、悠ちゃんは彼女のフリをバイトという形にしてくれている。
ただ、現金をもらうのだけはどうしても抵抗があって、悠ちゃんもそれはわかってくれて、毎月1ヶ月分の学食回数券をくれる。
うちではお母さんもフルタイムで仕事を始めて、お弁当を作るのも大変だったので、これは正直助かってる。
その上、時々「貰い物だから」って言って、図書カードやCUOカードなんかも付けてくれる。
それで参考書や好きなものも買えるし、私としては何もしていないのに、本当にいいバイトだと思う。
まぁ、そうやって見返りをもらってることで、これは「フリ」なんだと再確認できるっていうか、変に期待しないで、意味ありげな悠ちゃんのセリフも聞き流せるっていうか……。
だから、いくら悠ちゃんにドキドキしたって、それは違う、ダメって打ち消してきた。
これはただのバイトなんだからって、言い聞かせてきた。
でもね、彼女の「フリ」をやめたら、その時は何かが変わるのかもって、ちょっと思ってたりする……。
で、その時私の気持ちはどう動くのか、楽しみでもあるんだ。
なのに……悠ちゃんは付き合ってる「フリ」、なぜかやめる気はなさそうなんだよね。
そんなに、モテすぎるのって大変なのかな。
私がつらつらとそういうことを考えている時、悠ちゃんは悠ちゃんで、何か考えているようだった。
「そうだね。じゃあ、付き合ってる「フリ」はもうやめようか」
――――え?