第10話
放課後になり、私はいつものように生徒会室へ。
結局、あの日の「彼女のフリのバイト」って話の条件通り、私は生徒会に入ることになった。
正式には10月に選挙が行われるが、候補生という形で5月から1~2名の1年生を入れるのが東高生徒会の伝統らしい。
今年は私の他に1年生がもうひとり。
同じクラスの、松河康介くんだ。
彼のお兄さんは現生徒会長の、松河慶一さん。
この兄弟、文武両道かつ人望も厚く、リーダーシップもあり、加えて2人とも爽やか系イケメンで中学でも生徒会長を務めていたそうで。
当然のように女子にもたいそうモテる。
弟の康介くんは、あっという間にクラスの中心人物となり、明るいムードメーカーでいつも話題の中心にいる。
最初の頃、時々探るような視線を私や、私に話し掛ける男子に注いでいたのが気になっていたが、最近ではそういうこともほとんどなくなった。
あれって何だったんだろうって、1度聞いたことがあるけど、かなり慌てた様子で「気のせいじゃない?」と否定された。
まぁ、それならそれで別にいいけど。
私は、新入生代表挨拶なんかしたものだから、最初からクラスメイトに興味を持たれることが多かった。
特に、成績に自信がありそうな男子から。
新入生代表が私みたいなのだったのが納得できないのか、入学式後しばらくはやたら男子に話しかけられた。
成績についてはもちろん、塾はどこに行ってるのかとか、出身中学はどこかとか、なぜか彼氏はいるのかとか、連絡先を交換しようとか、一見好意的な態度の人が多かったが、きっとなにか思惑があるのだろう。
そのことを何気なくLINEで悠ちゃんに言うと、
「それは成績で負けたことに対する単なるやっかみだから、絶対に気にしないように! いや、そんな奴らに話しかけられても無視するように! 連絡先は危ないから絶対に教えないように!!」
と、いつもとは違う強い口調(文調?)で返事が返って来て、驚いてしまった。
それからは、話しかけられそうになる度、なぜか康介くんが間に入ってくるようになり、しばらくするとそういう事もなくなっていった。
今考えると、康介くんは私が困っていると思って、さりげなく助けてくれていたんだろう。
そういう風に誰にでも気を配ることが出来るのが、康介くんのすごいところだと思う。
生徒会室に行くと、そこにはその康介くんがひとりでパソコンに向かっていた。
「あれ? まだ誰も来てないの?」
「あぁ、早瀬。なんか3年は進路指導があるみたいで、2年はさっきまで三宅さんと高橋さんがいたけど、飲み物買うって出て行ったところ」
三宅さんは副会長、高橋さんは会計。
どちらも優しい真面目男子だ。
「そう。で? 康介くんは何してるの?」
「昨日兄貴……じゃない、会長からまとめとけって言われたアンケートの集計だよ。ちょうどよかった、早瀬も手伝えよ」
そう言われて「うん」と返事をしながら隣に座る。
「これ、数字の部分読み上げて」
しばらく作業をしていると、康介くんの手が止まった。
「あれ?悪い。これ、数字が1つづつずれてない?」
「え? ほんと?」
私がパソコン画面を覗き込むようにしている時に、ガチャっとドアが開いて、悠ちゃんと会長が入ってきた。
私と康介くんの顔はくっつきそうなほど近づいていて、椅子を動かしてパソコンの方まで来ていたので、膝どうしが触れ合っていた……けど、その瞬間すごい勢いで康介くんが離れていった。
椅子に座ったままそんなスピードが出せるのかってほど早かったので、驚いて康介くんを見ると……
明らかに、顔が青ざめている。
え? どうしたの!?
「……何、してるの?」
いつもの王子様スマイルの悠ちゃんなんだけど、急に部屋の温度が下がった気がするのはどうしてかな?
その隣で会長は「あ~あ」って言いながら、面白そうに悠ちゃんと康介くんを交互に見ていた。
「悠ちゃん、会長、お疲れ様です。今アンケートの集計やってて、でもちょっとしたミスが見つかって。すぐに修正できるから、大丈夫ですよ」
康介くんが何も言わないで固まっているので、とりあえず説明すると、「ふ~ん?」と言いながらしばらく康介くんをじっと見る悠ちゃん。
康介くんはまだ固まったままだけど、なんか必死に目で訴えている……?
時々、康介くんって悠ちゃんをこんな目で見るんだよね。
怖がっているみたいな?
悠ちゃんは基本、穏やかな王子様なのに、何でなんだろう?
そこへ2年生の2人が戻り、他のメンバーも集まってきたため、会長の一声で今日の話し合いが始まることになった。
康介くんはホッとした表情で私と机を挟んで向かい側へ座り、悠ちゃんは会長補佐なのにいつものように一番下手に座る私のすぐ隣へ……。
初めてこの長テーブルでの話し合いに参加した時、迷いなく隣に座った悠ちゃんにびっくりだったが、
「僕もまだ生徒会には入ったばかりだからね? ここでいいんだよ。」とニッコリと微笑まれた。
その時には彼女の「フリ」も学校中に知れ渡っていたし、その様子を生徒会の先輩方に生温かい目で見つめられて、恥ずかしくて死にそうだった。
で、その恥ずかしい状況は今も変わりない。
大体、名前の呼び方だって、私は「神木先輩」と呼ぶつもりだったのに、即却下され「悠ちゃん」と呼ばないと返事してくれないし、私のことを「美希ちゃん、美希ちゃん」と呼びまくるから、会長始め周りの先輩もそう呼び始めたら、「僕の彼女だよ? 気安く名前呼ばないでくれない?」とか不機嫌丸出しで言い出して。
女子の先輩2人以外は、即「早瀬さん」に戻ったんだけど、その時も会長に呆れたような目で見られたっけ……。
なんで必要以上にバカっプルを演じないといけないのか、理解できないんですけど!