翔太の火 -ショートショートー
微かに月明かりが差し込む薄暗い玄関で、二足組入った靴箱の上に置いてある懐中電灯を手に取った。“二足組”と言っても二足組しか入らない廃材で造った靴箱。
『カチッ……』
『カチカチッ』
「なんだよ……」
歳で言えば十二、三と思える少年が電池の切れた懐中電灯を持ち、独り言を言った。
近くにあった畳まれた祭り提灯のロウソクに火を灯し、開閉がうるさい玄関の扉をピシャリと閉める。
今日は、少し離れた神社で街一番の祭りが行われている。遠くの方でお囃子が風にのってやってくる。だが、少年は神社とは反対方向の裏山へ足早に歩いた。
少し息を切らせながら、樹木が鬱蒼とした細く急な山道を登りきると、そこだけぽっかりと原っぱが広がっていた。元々、家は高台にあって、そこから更に登った場所にあるため遠くの山々まで見渡せた。
少年は、この場所が好きだった。嬉しいとき、悲しいとき、思いっきり叫びたいとき、いつもここに来た。
“ふー“っと、提灯の中でゆらゆらと揺らめく炎を消すと、足元のぼんやりとした色が消え、祭り提灯の長い列が参道に沿って眼下に伸びていた。
少年は祭り提灯を脇に置いて座り、空を仰ぎ見る。その先には、満天の綺麗な星空が広がっていた。しかし、今の少年には滲んだ星空に見えたことだろう。
* * *
「父ちゃん! 今日街でカッコイイポスター見たんだ。すげーなー、オイラもあんな絵を描いてみたいな」
どこを見ているとも言えない視点で宙を仰ぎ見る。きっと、モクモクと絵を描く自分を想像しているのだろう。
「翔太は絵を描くのが好きか?」
「うん! 楽しい」
翔太は満面の笑みを浮かべながら、そう答えた。
「そうかそうか。なら将来は絵描きになるかもしれないな」
父からそう言われ、その気になった翔太は早速ガヨウシに向かい何やら描き始めた。
翌日、街から戻ってきた父親が、居間でゴロゴロしている翔太に言った。
「翔太。絵はどうした? 何か描けたか? 父さんにも見せてくれよ」
「んー? やっぱオイラには才能がなんてないことが分かったからやめた」
顔は天井を向き、父親の声がする上の方へ目だけを動かしそう言う。
「なあ、翔太。父さんは、翔太が将来何になっても良いと思う。でもな、どんなことも必ずつらいことがあって、やめたいときもあるんだ」
翔太は寝転がったまま父親に背を向け、腕枕をしながら目をつぶっている。そんな翔太に淡々と話す。
「父さんは、翔太が絵を描く事が好きだ、楽しいと思ったとき、翔太の中にあるロウソクに火が灯ったと感じたんだ。その火は少しの風でも消えてしまう。でも、消さない努力をすれば消えることはない火なんだ。何度も消えそうな苦しいときがあってもね。その火を早々に消してしまうのかい?」
翔太は閉じていた目を開いたが、相変わらず背を向けたまま父親の話を聞いている。
「もしも、翔太が消したくないロウソクに火を灯すときがあったら、どんなにつらくても守り抜いて欲しいな」
翔太にそれだけを言うと、父親は風呂にいってしまった。
* * *
父親が倒れて、運ばれた病院で死んだ――
突然だった。
事故ではなく、突然左胸を押さえながら倒れたと、学校で聞かされた。
先生の車で病院まで行き、それから先のことは覚えていない。
翔太はポケットに入れてきたライターで、隣で寒そうに震えていた祭り提灯のロウソクに火をつけた。そして左手でそれを持ち、右腕で目を拭った。
そして空を見上げると、キラキラと満点の星空がまだ滲んでいる。
祭り提灯のゆらゆらと揺らめく、今にも消えそうなロウソクの炎を、翔太は消さないように、ゆっくりと、ゆっくりと歩き始めた。




