一話
ゲーム機をセットして、電源ボタンを入れて、きらきらしたオープニングムービーを見たところでニューゲームを選択!
初めての乙女ゲームということもあって、どきどきわくわくは最高潮だ。高校二年生から三年生へと上がる春休み、受験前にたっぷり遊びつくしておこうとお姉ちゃんから借りてきたのだ。気がつくと片手に握りしめていた説明書をぐしゃぐしゃにしてしまっていた。ああ、お姉ちゃんに怒られちゃう。
そんなことを考えたのを最後に、私は見知らぬ部屋に放りだされていた。
白い、白い部屋。大理石だろうか、床はひんやりとしていて固い。その床にぼんやりと浮かび上がる丸い落書きは、私を取り囲むように立っている人たちの呪文のような言葉に合わせて、ゆらゆらとうごめいている。
なにこれ気持ち悪い。
「巫女様」
呪文がやむと同時に、真ん中に立っていた人が進み出て、私の前にひざまづく。
「巫女様、お待ちしておりました。われらの世界をお導きください」
目の前にひざまづいている男はまるで作りもののように美しい。ふと、頭にひっかかる違和感に、彼の顔をじっと見つめる。こんな美形、どこかで会っていたら絶対に覚えているはずなのに、なんだか見覚えがある。というか、巫女様って誰。ここどこ。
疑問がぐるぐる頭の中を回る。この美形がどこの誰だか知らないが、もしかして誘拐されたのかもしれない。そうじゃなかったら、映画か何かの撮影に応募して、いざ撮影となったときに、それに至るまでの記憶がすっぽりと抜けてしまったとか。でも記憶がなくなるようなことをした覚えもないし……。あ、記憶がなくなったな覚えてなくて当たり前なんだけど。もう、もう全然わからない。
「巫女様っ!?」
美形さんのあせったような声を最後に、ざざっと血の気が引いていくのを感じ、視界が暗転した。
「って夢を見たんだ」
ふかふかのベッドで目覚めての第一声。
真っ白いシーツに、真っ白いベッド、真っ白い椅子、真っ白い天井。ちょっと白使い過ぎじゃないですかね。夢じゃない。夢かと思ったのに、夢じゃない。今の状況を冷静に考えようとすると頭がずきずきと痛んだ。
とりあえず水か何か飲みたいときょろきょろ見回すと、ベッドの脇に置いてあるテーブルに小さな冊子が置かれていることに気付いた。手に取ると、『ドキドキ!恋の異世界訪問記!』の文字と共に、やたらきらきらしたイケメンたちがこちらへほほ笑んでいる。これは、お姉ちゃんから借りた乙女ゲームの説明書だ。たしか、このゲームを始めようとして、今の状況になってしまったのだ。ふと、説明書の表紙のイケメンの一人、足がすっぽり隠れてしまうくらいの長い服を着込み、まるで人形のように端正な顔をしている男に目が吸い寄せられる。あれ、この顔……。
「ああああああああああああああ!!!!!!!」
「巫女様!なにかございましたか!?」
私の叫び声に反応したのか、メイド服のような格好の女の人があわてた様子で駆けこんできた。小柄だが、くるりとした目や上気した頬、ふわふわの茶髪をポニーテールにまとめているのは、なかなか活発そうだ。
いやいやそんなことより、大変な事実に気づいてしまった。説明書のイケメンは、確かに、さきほどの部屋で私を巫女様と呼んだ美形さんと同じ顔をしていたのだ。
「あ、え、えっと、なんでもないの。それよりここは……?」
何があったのかと心配そうな顔をしているメイド服さんに向かい、内心の動揺を押し隠して、ごまかすように尋ねる。
「ここは神殿の聖ウェスタ塔の巫女様の部屋でございます」
神殿。聖ウェスタ。巫女様。
聞きなれない単語たちにまた頭が痛くなってくるようだ。もしかして、もしかしてだけれど、乙女ゲームの世界ってやつに入り込んでしまったのかもしれない。