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1-04【蠱毒】―シャルロットSIDE―(※推敲済)

血ノ章と物語上の接点があります。


「ふ~ん……これがアシュタリータ? でも、思ったより普通っぽいね」


 ラールウェアが手中の霊環を物珍しげに弄り回している。


「どうかお気をつけください。 霊環アシュタリータは別名“聖霊環"とも呼ばれ、アルジャベータの遠き子孫でもあるアダマストル王家に代々伝わる秘宝。 そして、女神メナディルがこの世界に残した遺具【神剣アンネ・シュティフ】【聖鎧アリグノートス】と並ぶ3神具のひとつでございます」


 フォン=バレル三世は、ラールウェアの軽薄な振舞いを軽く諫める。


「そして、女神を再臨させる呼び水としての霊具であり、死者を甦らせる反魂の力を秘めているでしょう?」


 ラールウェアが嬉々とした表情でその言葉を継いだ。


「仰せの通りです」


 フォン=バレル三世は忠節を保ちつつ慇懃そうに頭を垂れる。

 だが、ラールウェアの関心は霊環そのものにはないらしく、移り気な視線は、間近に横たわるシャルロットへと向けられた。 屍族の少女の少しつり上がった碧瞳に、ねっとりとした好色が混じる。


「ねぇねぇ……コレ、もう必要ないならアタシにちょーだい♪」


「この娘には先程、口約束とはいえ身の安全を約束しております。 それを違えるのはオルカザード家のご尊名を穢すことになりますぞ」


 シャルロットの身の保全は、フォン=バレル三世が持ち出した提案である。 故に、ラールウェアを納得させるには、屍族元来の高い自尊心を刺激する必要があった。 更にフォン=バレル三世は畳み掛けるように続ける。


「なにより、この娘はアダマストル王室がそれと認めている以上、実質的にも形式的にも、なんの問題もなく女帝制度たるアダマストルの次期女王となる存在。 徒らに害することは、得策とは思えませぬ」


 何処の馬の骨ともわからぬ人間を王座に据えるほど、アダマストルの王室が愚鈍であろう筈もない。 軽率な行動は、教会と公国との間に禍根を残す可能性が高かった。 フォン=バレル三世が望むのは、世界の調和であって混乱ではないのである。


「う~ん……」


 諦めきれないようで、ラールウェアは人族の少女に未練がましい視線を送っている。


「どうかご自重なされるよう。 事の成就を計る上での已む無き犠牲には目を瞑りましょう。 ですが、罪無き者を無用に殺生することあらば、これ以上の協力は致しかねますぞ」


 フォン=バレル三世は、再度強い口調でラールウェアに制止を促した。


「ぶー。 下僕の分際でアタシに命令する気?」


 ラールウェアの冥く輝く碧眼に、あからさまな殺気が混じる。 フォン=バレル三世は臆することなく、その眼光を真っ向から受け止めた。 息を呑む緊張感がその場を支配する。 だが意外なことに、一触即発の空気を断ち切ったのはラールウェアの方だった。 屍族の少女はフォン=バレル三世の頑なな態度に肩を竦めると、


「あ~あ……めんどくさー。 もう、勝手にしたら」


 投やりといった態でそっぽを向いてしまう。


「ご理解頂き重畳でございます。 霊環の紛失に関しては、聖女の偽者を仕立て上げた聖アルジャベータ公会、もしくはアダマストル王家が進んで隠蔽してくれましょう。 この娘もここであったことを口外する程、愚か者ではありますまい。 ことが公になることは、己の身の破滅を意味しますからな」


 フォン=バレル三世は、意識を喪失したシャルロットを祭壇上に横たえると、祭器台で胡坐をかいたラールウェアに視線を送る。


「それで、ラールウェア様……。 事が成就した暁には件の約束をお忘れなきよう」


「そんなにアタシの血が欲しいの?」


 ラールウェアはからかうような微笑みを浮かべて、蒼白い繊手をフォン=バレル三世の眼前にひけらかす。


「はい、我が大願には必要なことでございます」


 フォン=バレル三世は、ラールウェアの眼前で跪き頭を垂れた。


「生来から夜の眷属ではない半屍族は、自己を屍族化させた主の血を飲むことにより、その束縛から解放される―――そう、聞き及んでおります」


「いいよ♪ 飲んでも。 でも……後悔しても知らないよ?」


 ラールウェアが意味ありげに微笑む。


「恐れながら、ここから先は己が定めた道を進みとうございます」


 フォン=バレル三世は差し出された冷たい手をとる。 それは聖誕祭でシャルロットと交わした光景そのままであった。


「ん……」


 屍族であっても恐怖を感じるのか、ラールウェアの口唇が僅かに震える。 フォン=バレル三世は、屍族の少女の細腕から伝わる震えをそう解釈した。

 そして、剥き身の乱杭歯が白い肌に喰いこみ、


 ―――絶叫が祭壇の間に響き渡る。


 フォン=バレル三世はもつれる両脚をどうにか支えると、口元を押さえ低く呻く。 節くれ立った手指の間から赤黒い液体が染みでる。


「プ、アハハハ……。 やっぱりそうなるよね♪」


 ラールウェアの口内から堰を切ったように笑い声が弾けた。


「グ、ガァアアァァァ」


 苦鳴は尚も続く。 食いしばった歯の隙間から軋むような呻きが洩れた。 フォン=バレル三世は身体を九の字に折り曲げると、首だけを傾けてラールウェアを見上げる。 魂さえも凍りつかせるような凄まじい形相であった。


「こ、これは……、どういう……こと、だ」


「アタシのかわいい子供たちが怒っているんだよ♪」


 ラールウェアが氷の微笑を浮かべる。

 フォン=バレル三世の全身に次々と腫瘍のようなものが浮かび上がり、鈍い破砕音が室内の闇を震わせた。


「被検体としてのキミの役目はおしまいかな」


 ラールウェアは足元で這い蹲るフォン=バレル三世の身体を蹴り上げる。 破れた教皇衣の剥きだしになった腹部に、醜く腫れ上がったこぶし大の肉腫があった。


「なにを……する気だ」


 フォン=バレル三世が掠れた問いを吐く。

 ラールウェアは笑みを絶やさぬままに、右手の親指と人差し指を蠢く腫瘤の中に突き入れた。 そして痙攣する教皇の体内で指先を数回動かすと、小さな塊を摘みだす。


「これは千年壺毒(蠱毒)と呼ばれる太古の秘法によって生み出された黒死蝶の幼体」


 “ソレ”は細長い体をくねらせると、後部に開いた気門から赤黒く変色した液体を噴出する。 分泌液には粘着性があるようで、屍族の少女の指先を淫らに彩っていた。

 ラールウェアは愛おしげに黒死蝶の幼虫を見つめると、


「黒死蝶は摂取した栄養を糧に、浸潤と変異を繰り返す内部寄生虫なんだよ。 老化した細胞や破壊された肉体を飽食し、それを正常な組織に作り変えてくれる。 この子達が宿主に齎す高い恒常性機能は、限りなく不死に近いと謳われる大屍族と同等かそれ以上かもね♪」


 ラールウェアは禁じられた知識を得意げに語る。


「余を……謀ったのか?」


「人聞きが悪いよ。 そもそもアタシはおっさんの血なんて吸うつもりはないの。 それに別の手段でも、あの時死の淵にあったキミの命を救ったことに変わりはない筈だよ」


 ラールウェアは手の甲に穿たれた咬傷から溢れた血液をペロリと舐めとり、更に続ける。


「まぁ、死黒蝶の主従関係に、ここまで強い肉体的・精神的な相互干渉があったことは計算外だったけどね。 女王の営巣を護ろうと、幼体が己の宿主を攻撃するなんて美しい話だと思わないかな?」


 ラールウェアは感心したように何度も頷いている。


「……女王だと?」


 フォン=バレル三世の乱れた鼓動に呼応して、喰い破られた腹部から赤黒い濁流が溢れだす。 皺のよった額には脂汗に塗れた白髪が張りついていた。


「特別に見せてあげる♪」


 ラールウェアは僅かに身を屈めると、真紅のドレスの胸元の釦をゆっくりと外していく。 幼い双球から肋骨のカタチが浮きでた胸板にかけて蒼白い肢体が露になった。


「なっ!?」


 絶句するフォン=バレル三世。

 少女の肉の内側を、透けるように漆黒の影が流動していた。


「女王はアタシのなかにいる。 死すべき定めとして生まれた赤子―――先天性の異常体だったアタシに施された延命処置ってところかな」


 ラールウェアは茶目っ気たっぷりな表情でにんまり微笑んだ。 そこに自己の生立ちや運命に対して悲観した様子はまったくない。


「と、いうわけで……邪魔者も消えたことだし、やっぱり味見しちゃおうかな♪」


 ラールウェアは待ち兼ねたように、昏倒したシャルロットへと視線を送る。

 だが、不意にその笑みに亀裂が走り―――血煙が宙を舞う。


「あえ?」


 ラールウェアは不思議そうに己の顎下に突きでた切先へと視線を落とす。 それは屍族の少女の後頭部から前頸部までを横断した長剣の先端であった。 半ばまで断ち切られた細首から、壊れた噴水のように血が溢れだしている。 濁った碧眼に、白銀の全身甲冑を纏った女騎士の姿が映りこんでいた。


「シャルロット様! ご無事ですか!?」


 女騎士は、シャルロットの身を案じて、水晶の塔に忍び込んだミルフィーナだった。 彼女は崩折れたラールウェアの喉元から愛剣を抜取ると、横たわるシャルロットへと一目散に駆け寄る。 直に少女の首筋に指先を添えて、鼓動を確認した。 だが、そこで霊環の喪失を目の当りにして暫し愕然となる。


「うわっ、血だらけじゃない。 お気に入りのドレスだったのにどうしてくれるの!!」


 ぞっとするほど無邪気な声が響き、氷柱の如き悪寒がミルフィーナの背筋を走り抜けた。


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