3-06【魂牢】―シャルロットSIDE―
ギィィ……イィ―――ギィ……
光が存在しない空間。
ただ、酸化して赤茶けた鎖が耳障りな音色を奏でている。
「このような場所に女神が……」
ミルフィーナが困惑したように眉根を寄せる。
古の大神殿の地下は巨大な逆さ塔のような構造になっていた。 中心で顎を広げる吹き抜けの外壁に沿って走る螺旋階段が、漆黒の地底へと延々と連なっている。
「地上の楽園振りとは天と地ほどの隔たりがあるな」
エドゥアルトが唯一の光源である角灯の明かりを巨大な黒穴に翳して息を呑む。 双子の騎士が、青年の両脇から恐る恐る下方を覗き込んでいた。
「用心することじゃ。 あの老いぼれ屍族の言葉ではないが、この奥つ城にはメナディエルの抱く黒き怨念が遍満しておる」
首人アルフォンヌがノーラの腕の中から一同に警戒を喚起する。 更にこの場所は霊的な力場と化しており、迂闊に屍霊術を使うことが出来ないと言添えた。
「なるほど首人殿の助力が得られぬということは、剣一本で女神と立ち回らねばならぬというわけか」
「女神の御名を穢す発言は看過できぬところですが―――まぁ……今回に限り不問と致しましょう」
ミルフィーナがエドゥアルトの軽口を嗜める。 しかし、直ぐに語尾を濁すと、拍子抜けするほどあっさり引き下がる。 どうやら、彼女自身も現実と信仰の齟齬に窮していたようだ。
「何処ぞの似非聖職者と違い、俺の口は正直者だからな」
一方、端から信心とは縁遠いエドゥアルトは相変わらずだ。 もっとも、普段は軽薄に聞こえる軽口も、今は頼もしく思えるから不思議である。 或いは、悪癖と美徳は紙一重なのかもしれない。
「ん、どうしたのじゃ。 真実を知り、決意が鈍ったのかや?」
首人が押し黙ったまま俯いているシャルロットに声を掛ける。
「……いいえ、わたしは立ち止まるつもりはありません。 ですが、目的と手段は別です。 その為に余計な犠牲や、より大きな不幸を巻き起こすわけには……」
「アルジャベータの命は、アンネシュティフの神霊力を借りることにより理法の外側に置かれておる」
首人はシャルロットの心理を慮ったように事実のみを口にする。
「では、神剣を失えば……」
「アルジャベータの魂と肉体は世の理に従い崩壊するじゃろう」
「そして、女神の負の魂がこの世界に解き放たれると?」
エドゥアルトが首人でさえ口にすることを憚った顛末を付け加えた。
「そこまではわからぬよ。 この数百年の間にメナディエルの荒御霊は浄化されておるやも知れぬし、その逆もまたあり得るからの」
「逆とは?」
「“ヒト”が“ヒト”のままで生き続けるには長すぎる夜じゃ。 アルジャベータの精神がメナディルの支配下に置かれている可能性も捨てきれまい」
首人が考えうる最悪の展開を示唆する。
アルジャベータが如何に強靭な精神の持ち主であっても、全存在をかけた魂の葛藤を無窮に続けるには限界があるだろう。 肉体的に不死となっても、心は一介の人間のままなのだ。
「その可能性は低いと思います」
シャルロットがおずおずと意見を述べる。
「確かに初代聖女は強く聡明な女性だったと伝え聞く。 しかし、伝説や話譚といった類には、得てして尾ひれが付き誇大解釈されているものだ。 そう結論付けるのは早計だと思うがね」
エドゥアルトが首を横に振った。
「それでも、わたしはアルジャベータを信じたい」
しかし、シャルロットは譲らない。 ここまで私見に固執する姿は珍しかった。
「ふむ、大した自信じゃな。 して、それは如何なる証左を以て申されるのかな?」
どうやら、首人もシャルロットが抱く感情の出所に興趣をそそられたようだ。
「わたしの知るただ一人の聖女は、どのような苦難にも負けない存在でした。 それを教えてくれたのは首人さまです」
「……ふっ、そうか、そうじゃったな。 妾もエレシアムには信じるに値する強さを見せてもらった。 無論、シャルロット姫、其方にもじゃ。 なるほど、その強き心がアルジャベータから受け継がれたものであるのなら、喩え相手が神であっても負ける筈がない」
そう言うと首人は声を立てて笑う。
「やれやれ、まさか俺よりも楽観主義者がいるとはね」
そのやり取りに、エドゥアルトが呆れて肩を竦めてみせた。
「どちらにしても先に進めば自ずと答えはでるでしょう。 殿はシーラと……不本意だが貴様に任せる」
ミルフィーナはエドゥアルトの腕から角灯をもぎ取ると、腐食が激しい足場避けながら先んじて歩を進める。 どうやら先陣を勤める腹積もりのようだ。
「フィーナ、病み上がりなのだから無理はしないで」
追いすがるシャルロットの憂慮の声にミルフィーナの脚が止まり、
「お心遣い感謝致します。 ですが、もう大丈夫です」
安心させるように微笑みを返した。
「聖女さま、及ばずながらこのシーラと」
「ノーラが微力を尽くして団長の補佐を致します」
更に腰の長剣を引き抜いたシーラと、首座を重たそうに担いだノーラが元気に共同宣言をする。
「わかりました」
シャルロットが苦笑して頷く。
「まさに理想の主従関係といったところかな」
独りその場に取り残されたエドゥアルトが感心したように口元を緩めていた。 聖女と守護騎士団の間に、言葉では言い表せぬ深い絆を見て取ったようだ。




