棒倒しの道化師
◇◆
種目:騎士戦
条件:殺さない程度に
優勝:天竜院透子
※『新月学園体育祭ダメージ無効化結界展開責任者二宮修一の報告書7:騎士戦について』
確かに強いな。さすがは『もう一人のブレードウエポン』。
城守蓮の再来と呼ばれるだけはある。
スカッドには手こずったようだが。……まあ、相性もあるしな。
ところで誤解しないで欲しいのだが。
俺は少しMっぽいところもあるかもしれんが、別に、男勝りだったり、凛々しかったりする女性が好きな訳ではない。
確かに、けしからん胸ではあるが。
俺の峰君の厚く熱い胸板には敵わないだろう。
◇◆
◇◆
種目:棒倒し
主な出場者(白組):三村宗一、峰達哉、小野倉太、二雲楓、大岡忍
主な出場者(紅組):本郷エリカ
新月学園体育祭用特殊ルール:BMP能力使用全解禁。直接攻撃可。
◇◆
「やっぱ、とんでもないルールだよな……」
「ああ。さっきの騎士戦を含めて、最後の三種目こそ新月学園体育祭の真骨頂だ」
軽く身体をほぐしながら、三村と峰が会話をする。
近くで、小野も見よう見まねで柔軟体操らしきものをしている。
「とはいえ、少し戦力が偏り過ぎじゃないか?」
「だな」
と、二人して一人の女生徒の方を向く。
汎用装甲・二雲楓。
なんと、KTIの首領が白組だったのである。
そして、残りの『五帝』は、銃剣士・飯田謙治も天竜院透子も、他二人も出ない。
KTI最強の真行寺真理も出ない(※というか、体育祭自体来てない)。
もっとヤバイ、澄空悠斗も剣麗華も賢崎藍華も出ない。
油断は禁物だが、確かに偏り過ぎである。
しかも、一般的なクイズ番組よろしく最後の三種目は極端に点数が高いのだが、この種目で白組が勝てば、騎馬戦を待たずして決着がついてしまいそうな状況だった。
問題があるとすれば……。
「なんで、エリカが選ばれたんだろうな……?」
「BMP能力発現してない生徒も選ばれてるんだ。女性でBMP120未満だからといって選ばれない理由にはならないだろう」
淡々と答える峰。
1-Cを初めとして、今年の新月学園は異常なほど高BMP能力者が集まっているが、いくら最高峰とはいえ、ここはしょせん高校である。
剣麗華と並べるから少し慎ましやかに見えるだけで、エリカも高校レベルとしては、十分強いのである。
とはいえ……。
「普通に危ないしな、この競技。できたら、端の方に避難してくれているといいんだけど……」
と三村の視線が向かうのは、紅組の本郷エリカ。
輝くような金髪をなびかせ、若干誇らしげに胸を張って立っている場所は。
紅組の棒のどまん前だった。
「最後の砦……。キーパーというやつか?」
「何考えてんだよ、紅組は……」
少し困ったような峰と、頭を抱える三村。
と。
「で、どっちがエリカさんに嫌われるんだい?」
身体をほぐしたのか痛めつけたのか分からない柔軟体操を終えた小野が割り込んでくる。
「べ、別に嫌われるとは限らないだろ!?」
「? でも、ミーシャが『いくら本気の勝負とはいえ、女の子殴ったら嫌われるわよねー。残念三村君』と言ってたけど?」
「なんで、残念が俺限定なんだよ! というか、なんでミーシャ先生、展開が読めてるんだ!? 賢崎さんじゃあるまいし!」
狼狽しながら三村が叫ぶ。
「そういえば、賢崎さんも『この闘い、どう転んでも、後味の悪いものになりますね』と言っていたな。手加減などしたら、エリカは俺達を許さないだろうな」
真面目な峰。
「いっそのこと、僕がやろうか、達哉?」
「いや、お前はだめだ……」
立候補する小野に、青い顔をして答える峰。
「やだな、達哉。まだ、病院でのこと覚えてるの? あの時は、少し悪ノリしただけだよー」
一体、何をやった?
まあ、それはともかく。
「俺がやるよ。エリカの豪華絢爛はまだ未完成だ。全体的に白組が優勢だし、俺が何とかすり抜けて棒を倒す!」
三村がやるということで、落ち着いた。
◇◆
落ち着いたのだが。
「なんだ、これ……?」
思わず呟く、三村。
ここまでの推移は、白組が圧倒的だった。
なんせ、峰と小野が居る。
砲撃城砦が、薙ぎ払い。
残りを引斥自在が豪快に校舎に叩きつける。
ダメージ無効化結界のせいで怪我は残らないとはいえ、客席が少し引くほどだった。
そうやって、新月学園体育祭の恐ろしさを存分に見せつけながら進軍した白組が。
最後、紅組陣地の最奥に立つ棒の前で固まっていた。
正確には、その棒の前に立つ金髪の美少女の前で、である。
それは、傍目には奇異な光景に映った。
なぜなら、金髪の美少女の前には、何もない。
本当に『何も』なかった。
「冗談……だろ?」
「豪華絢爛が……」
「見えないね♪」
呆然とする三村・峰に、なぜか楽しそうな小野。
エリカは豪華絢爛を展開していない訳ではない。
その証拠に、勇気ある突撃者が、突発的に飛び込んで、さっきから何人も脱落している。
ダメージ無効化結界のおかげで外傷は残らないが、とても痛そうだった。
隠蔽率も切れ味も、今までの豪華絢爛とは一味違う。
「ああいう素直で真面目なタイプほど成長が早いのは確かだが……」
「いつの間に、あんなことに……!」
峰と三村は頭を抱えた。
「BMP能力の強さは、精神状態に大きく左右される。できると思えばできるし、できないと思えばできない。彼女の控えめなところは、君達にとっては美徳なのかもしれないけれど、BMP能力者としては良くなかったのかもね?」
「エリカ君の自信の無さが、今まで成長のブレーキになっていた、と?」
「ミーシャはそう言ってたよ」
峰に応える小野。
「そうか……。この何カ月かで、澄空と剣の規格外のレベルに慣れてしまって、標準レベルの感覚がマヒしてるんだな」
「ひょっとしたら、俺達もそうなのかもしれないな……。この体育祭が終わったら、BMP値測定でも行ってみるか?」
「今はそれどころじゃないだろ?」
どこか嬉しそうな峰に、釘をさす三村。
エリカの成長は喜ばしいことではあるが、タイミングが悪すぎる。
あの隠蔽率と切れ味では、高速移動で突っ込むのは危険過ぎるし。
エリカの背後に控える迎撃射撃軍団のせいで、おっかなびっくり進むのも無理そうだ。
となると……。
「遠距離攻撃しかないね♪」
と物凄く嬉しそうな小野には、とりあえず何もさせない方針で。
「なら、俺がやるしかないか」
真剣な表情で峰が言う。
「……もちろん、手加減はするよな?」
「いや。相手側にも遠距離攻撃者はいるし、中途半端な攻撃は危険だ。そもそも、今の豪華絢爛には、生半可な攻撃は弾かれる」
「そんなこと言ったって、お前の砲撃城砦って、本気で撃てばショットガン並みの威力じゃなかったか?」
「……ダメージ無効化結界を張っているのは、二宮氏だ。澄空や剣ならともかく、俺程度の出力じゃ、万が一のことは起こらない」
「万が一のことは起こらなくても、痛みは感じるんだぞ! たかだか体育祭で、何考えてんだ!?」
峰と三村のボルテージが上がって行く。
と。
「三村さん、邪魔しないデ欲しいデス」
「え、エリカ……?」
「ジャないと、嫌いになっテしまいそうデス」
「ぐっ!」
めちゃくちゃ痛いところを突かれたように呻く三村。
が、そう簡単に引き下がるわけにもいかない。
「エリカ、あのな。最近、澄空や剣が比較対象だから分かりにくくなっているのかもしれないけど、峰は俺たちよりも遥かに強力なBMP能力者なんだ。この『豪華絢爛』の布陣は凄いと思うけど、本気の峰の攻撃は防げないって! たかが体育祭で、死ぬ思いしなくてもいいだろ!?」
「『たかガ体育祭』デ、本気の勝負ができないナラ、実戦デ闘える訳がナイと思いマス」
「ぐ……」
文字通りグウの音も出ない。
エリカの方が正しいのは分かる。
自分達は高校生だが、BMP能力者だ。
エリカも女の子だが、BMPハンターだ。
「悪いな、三村」
「峰?」
「空気読めていないのは承知しているが、俺はこういう真剣勝負が好きでしょうがないんだ」
と、腕まくりする峰。
「ほんと空気読めてないな! おまえは格ゲーキャラか!?」
三村も一応ツッコんではみるが、効果はまるでない。
峰は、男らしい笑みを浮かべながら、エリカが布陣した豪華絢爛領域の前に、歩を進める。
「感覚がマヒしてたのは間違いないな。身近にこんな凄いBMP能力者が居るのに気がつかないなんて」
すっかりやる気になってしまった峰が、微妙に二枚目悪役風味を漂わせながら語りかける。
「峰さんニそう言っていただけルト、光栄デス」
毅然と答えるエリカだが。
緊張の色は隠せない。
峰が、右手を振り上げる。
「無粋なのは分かっているけど、一度だけ聞くぞ。そこを退く気はないんだな?」
「もちろんデス!」
空間に布陣された無色の刃に、再度力を込める。
そして。
「豪華絢爛!」
「砲撃城……がふっ」
「ガふ?」
セリフを途中で止めた峰と、きょとんと問い返すエリカ。
直後。
凄まじい勢いで、峰が目の前から横に吹っ飛んでいく。
その背中には、三村が膝蹴りの格好で張り付いていた。