迷宮の道標
賢崎藍華の対応は素早かった。
意識を失った悠斗を横に寝かし、実行委員会本部に携帯電話で連絡を入れ。
さらに横にしゃがんで、身体に異常がないか調べている。
「さすが、二宮氏のダメージ無効化結界ですね。外傷はゼロのようです。脳へのダメージもないようですし、邪魔した甲斐がありましたか」
ほっと息をつく、賢崎藍華。
その姿を見ながら、前田朱音は声をかける。
「凄いね、賢崎さん」
「はい?」
穏やかな顔で振り返ってくる、藍華。
「……頭いいし、強いし、どう見ても年下には見えないくらいしっかりしているし、剣さんと同じくらい美人だし……」
「そうですか? そう言っていただけると嬉しいです」
と。
「でも」
「?」
一つだけ。
「私達の競技を邪魔した理由に、納得いかないかな?」
「と、言いますと?」
穏やかな表情は崩さぬまま、朱音を見上げるように藍華は問う。
「ちょっと危険なくらいオーバーペースだったのは分かったけど。でも、そのためのダメージ無効化結界のはず。悠斗君、あんなに楽しそうだったのに、本当に邪魔する必要があったの?」
「私が……。万が一にでも、澄空さんの『商品価値』が下がるリスクを嫌がった。と思われているということですね」
一瞬。背筋が凍るような目線を向けてくる賢崎藍華。
だが、それは本当に一瞬。
「そう思われたとしても、特に問題はないのですが……」
「な、何?」
一瞬で穏やかな表情に戻った藍華に、少しビビリながら問い返す朱音。
「前田先輩にも、悪いことしましたし。ちょっとだけ白状しますね」
と、悠斗の方を向いて、朱音に背を向けてしまう藍華。
「前田先輩は……」
「な、何?」
「誠実で真面目で何にでも一生懸命なだけの救世主などに、世界が変えられると思いますか?」
◇◆
借り物競走・主な結果:澄空悠斗、『個人名入り借り物争奪ルール適用』借り物のゲットに成功。
備考:協力者・賢崎藍華。
※『新月学園体育祭ダメージ無効化結界展開責任者二宮修一の報告書5:借り物競走について』
……失敗したな。
俺としたことが、色眼鏡で見てしまっていたとは。
Bランク幻影獣を倒そうが、Aランク幻影獣を倒そうが。
救世主と呼ばれようが。
高校生には違いない。
今弱いのなら、これから強く。
今できないことがあるなら、これからできるようになればいい。
そのための学園だし、そのための体育祭だし。
そのためのダメージ無効化結界だ。
まぁ、それはともかく。
ナックルウエポンは、本当に怖いな。
剛様にはむしろ叱って欲しい俺だが、ああいうタイプは苦手だ。
チームの結界師連中は『女王様タイプ萌えー』などとほざいていたが、俺にはまったく理解できん。
やはり俺は孤独なのだろう。
◇◆
「孤独なのかしら?」
「孤独なんじゃないでしょうか?」
携帯端末に表示された報告書を見ながら、こども先生こと緋色香と、歴代最強こと城守蓮が、微妙な表情で話している。
仕事熱心なのはいいが、部外者の香に報告書を見せていいのか、とかいう心配は御無用。
彼女は、新月学園教師であると同時に、BMP管理局にもいくつか肩書きを持っている、意外に優秀な女性なのである。
「二宮さんのアレはネタだと思ってたんだけど、ガチだったのね。蓮にいも、口説かれたりするの?」
「私には興味がないそうですよ」
さらに報告書に眼を通しながら答える蓮。
「でも、蓮にいも恋人とか居ないよね? 実は、姉さんに惚れてるとかないよね?」
「なぜ、そうなりますか?」
携帯端末をしまいながら答える蓮。
「私の好みは至って普通ですよ。ただ、私はどうも女性にとって面白みがないようで長続きしないだけの話です」
「そうなんだ。同じ戦闘バカでも、剛さんは男女問わずコアなファンが居るのにね?」
「剛と一緒にしないでください……」
嫌そうに答える蓮。
と。
「なら、私はどうかな?」
香が言った。
「はい?」
思わず聞き返す蓮。
「私は、面白くない蓮にいと居てもそれなりに楽しめる希有な存在だし」
「……酷い言い草ですね」
「何より、あの緋色瞳の妹だから、大きくなったら姉さん並みに美人になる可能性があるわよ」
「大きくなるんですか?」
「……ならない可能性もあるわね」
それでは、困る。
少し会話が途切れ、二人して運動場に目を向ける。
一生懸命競技しているのは何も澄空悠斗達だけではない。
さすが新月学園というべきか、どこを見渡しても不真面目な生徒は見当たらなかった。
「10年前の件に付いて、リーダーとは話をしましたか?」
「したわよ。どっちかというと、悠斗君とのことより、翔の話に驚いたけど。ブラコンだとは思ったけど、あそこまでとは思わなかった」
「悠斗君のために『捧げる』と言ってましたが?」
「どうだか。タイマーの役目のはずが、翔まだ消えてないし。不可抗力とは思えないわね」
「……なるほど」
ぶつくさいいながら、香はどこか嬉しそうな顔をしていた。
とはいえ、悠斗に対する罪悪感がないはずもなく。
蓮は、深入りを避けた。
「蓮にいも。いくら歴代最強って言ったって、死ぬ時は死ぬよね」
「それは、そうでしょう」
それは、どうしようもない。
できることなら、澄空悠斗にリベンジしてからの方が有難いが。
「ねえ、蓮にい?」
「はい?」
「もう一度、賭けをしない?」
「またですか……」
思わずため息が出る。
たとえくだらない賭けでも、蓮は負けるのが嫌なのである。
ちなみに、現在罰ゲーム執行中の賭けの内容は『城守蓮が誰かに負けたら、緋色香とデートする』というものだった。
古い約束だ。
自分は負けることも死ぬこともないと信じていたころの、懐かしい約束だ。
「蓮にい負けず嫌いだから、負けっぱなしは嫌でしょ?」
「まあ、それはそうですが」
「この賭けは、もう一つの負けのリベンジも同時にできる優れものなのよ」
にやりとする香。
蓮は、ピンときた。
「あなたは、本当に教師ですか?」
「甘いわね、蓮にい。非番中は、乙女モードの方が強いのよ」
いや、今、絶賛勤務中のはずだ。
まあ、それはともかく。
「賭ける?」
「逃げる訳にもいきませんね。機会があるかどうかは分かりませんが」
「なら、決定」
もう一度かわす。
新たな約束を。
「もう一度澄空悠斗に負けたら、城守蓮は緋色香と結婚すること」
◇◆
種目:パン喰い競争
条件:直接攻撃不可。その他、パン喰い競争の基本的なルールに準じること。
○主な結果
第2レース挑戦者・小野倉太:全コースのパンを一人で食べたため失格
※『新月学園体育祭ダメージ無効化結界展開責任者二宮修一の報告書6:パン食い競争について』
……許してくれ。
俺に、美少年を糾弾するような真似ができる訳がない。
◇◆
ゆっくりと眼が覚める。
蘇ってくるのは、賢崎さんに抱きとめられた感触と、超加速状態で激突した痛み。
眼に入ってくるのは、清潔な天井と周りのカーテン。
背中に感じるのは、ベッドの感触。
聞こえてくるのは…………。
……説教?
「確かに、目立っちゃいけないとは言わなかったわ」
「…………」
「でも、恥をかきなさいと言った訳ではないわよね」
「僕だって、恥をかこうと思った訳じゃない」
「恥ずかしいのよ。パン喰い競争で・全コースのパンを吸引して・全て一人で食べつくして・ドヤ顔で堂々とゴールテープを切るのは、とても恥ずかしいのよ」
「そんなことはルールに書いてなかったよ」
「『その他、パン食い競争の基本的なルールに準じる』という一文は、自分のコースのパンだけで我慢しなさいという意味よ」
「…………これだから人間の言葉は恐ろしいね」
…………ミーシャ先生と小野の声だよな?
カーテンを開けてみる。
やっぱり、ミーシャ先生と小野が対面で座っていた。
「あら、起きたのね。気分はどう?」
悪くはないですが。
それより。
「ミーシャ先生と小野って、知り合いなんですか?」
「まぁ、そうね。出来の悪い弟といったところかしら」
俺の問いに答えるミーシャ先生。
確かに、さきほどの会話はそんな雰囲気だったが……。
「僕が、つい先日までBMP能力者関係の施設に居たってのは話したよね? 巡回医っていうのかな。ミーシャには、その時から世話になってるんだ」
なるほど。
一見すると貴族の令嬢(※何度見ても、今からパーティに出かけそうな格好に見える。白衣さえ羽織ってなければ)と執事見習いの少年に見えるが、どうやら姉弟みたいな関係らしい。これはこれで見栄えのする二人である。
それはともかく。
「ミーシャ先生。俺、何だか燃えてきました」
言う。
自分でも唐突だと思うが、俺は本当に燃えていた。
もともと悩みが長続きしない性格のくせに、楽しみにだったはずの体育祭の半分をもやもやしながら過ごした反動が来ている感じだ。
「それは、何よりだね」
「何よりなんだよ、小野! で、次の競技はなんだったっけ!? 今なら、なんでもやるぞ!」
「今、騎士戦の真っ最中よ。性転換でもしない限り、澄空君に出場は不可能ね」
さいですか。
「ならば、その次の競技で!」
「次は棒倒しだけど、澄空君の出場予定はなかったと思うわよ」
「一番、悠斗君向けの競技だと思うんだけどね。どちらかというと不向きな競技に散々出場させておいて……。今年のプログラムはタチが悪いね。僕をパン食い競争に出したりとか」
腕組みしながら言う小野。
せっかくやる気になっているのに残念だ。
そして後半のセリフは、やつ当たりということで間違いないだろう。
と。
「さて。悠斗君も起きたことだし、僕はもう行くよ。騎士戦は天竜院先輩の独壇場らしいからね。スケジュール消化も速そうだ」
小野が立ち上がる。
そして。
「棒倒しの次は、最終種目の騎馬戦だよ。念のため、もうしばらく寝てた方がいいんじゃないかな? ミーシャが起こしてくれるよ」
と言い残し、保健室を出て行った。
「…………」
寝る?
いや、しかし、派手にぶっ倒れた割に(※そういや、賢崎さんが通報してくれたんだろうな。後で礼を言わねば)身体の調子は悪くないし。
出番がなくても、三村達が出る予定の棒倒しの応援に行くのが、クラスメイトとして正しい行動ではないだろうか?
「それはどうかしら?」
と、まるで心の中を見透かしたように、ミーシャ先生が声を掛けてくる。
「気を張っているから気にならないんだろうけど、ダメージは完全に抜けきってないわよ」
「そうなんですか?」
そう言われると、気になる。
「騎馬戦は、たぶんハードな展開になるわよ。応援出来ないのは残念かもしれないけど、校医としては睡眠を勧めるわね。もちろん起こすわよ?」
「そうですか」
騎馬戦は男性限定だからKTIは出ないと思うけど。
だからと言って、相手が弱い訳はもちろんない。なにせ、ここは新月学園だ。
…………寝るか。
「すみません、ミーシャ先生。やっぱり、もう少しベッド借ります」
「どうぞ」
言われるがままにカーテンを開ける。
……そういやこれ、期せずして『保健室で休む』という、この間の目標が叶ったことになるな。
と。
「そういや、ミーシャ先生?」
「? 何かしら?」
唐突に振り返って話しかけた俺に、ドレスと白衣をはためかせながらミーシャ先生が振り返る。
「あの話なんですけど……」
「ええ」
「本当なんですか?」
「どうして、そんなことを聞くのかしら?」
『あの話』で通じたらしい。
ミーシャ先生は、薄く笑みを浮かべたような顔で先を促してくる。
「気になって仕方がないんですよ。おかげで本当に賢崎さんとの確執が生まれそうな状況になりそうな状況で」
もちろん、『賢崎さんと俺が敵対する』という話のことだ。
「気にしなければいいんじゃないかしら?」
「そりゃそうなんですが……。そもそもどうしてなんですか? 何か根拠とかあるんですか?」
俺が言うと、ミーシャ先生の笑みが深くなる。
「根拠も何も……。澄空君が実際そうやって気になっている以上の証拠があるのかしら?」
「…………」
それは確かに。
賢崎さんは、あれだけ非の打ちどころのない女性なのに。
いくらミステリアス校医様の忠告とはいえ、これだけ気になるのはおかしい。
役に立ちそうで今までさっぱり役に立たなかった俺の第六感が、ついに目覚めでもしたのだろうか?
「すっきりしない顔をしてるわね」
するわけないじゃないですか。
「騎馬戦に差し障っても困るし。そうね。追加で忠告をあげましょうか?」
「え? ほんとですか?」
「ええ」
返事とともに、白衣の下の黒いドレスが翻る。
まるで闇色の翼を広げたような、不思議な動きだった。
「賢崎藍華が澄空君を認めれば認めるほど、対決の危険が高まるわ」
「?」
「その意味で、今のところは大丈夫。現在進行形で、順調に幻滅してるから」
「?」
なんのこっちゃ?
「でも」
と、俺の顔を見ながら。
「少し流れが変わり始めたわね。うっかり惚れられないよう、気をつけなさいな」