借り物競走の魔女3
「あれ?」
俊足前田朱音は思わず声をあげた。
「悠斗君が……」
付いて来ていない。
校舎の角を曲がった辺りからだ。
また、衝突でもしたのだろうか?
「大丈夫かな?」
だいぶスピードも出ていたし。
と、止まろうとした時。
前方に女生徒の姿が見えた。
「賢崎さん?」
モデルのような長身に、眼鏡とオープンフィンガーグローブ。
そして、刺し貫くようなプレッシャー。
クラスも学年も違うが、あれだけの有名人を見間違えるはずがない。
ナックルウエポン賢崎藍華だ。
でも、なんでここに?
ここは中庭。競技場所となっている運動場からは、ずいぶん離れている(※というか、澄空悠斗の格好悪いところをお客さんに見せたくなかったので、わざと誘導した)。
(わざわざこんなところに来る理由が……いや!)
思い出した。
新月学園借り物競走特別ルール。
①個人名指定されたターゲットに挑む者と、
②同じチームで、
③借り物競走に参加しており、
かつ、
④自分の競技を終えた者は、
『個人名ターゲットハンティングに協力することができる』
「そうきたか」
思わずにやりとする朱音。
もう今更隠しても仕方がないので明かすが、KTI四天王前田朱音は、澄空悠斗のファンである。
ついでに言うと、最近は剣麗華も好きになって来ていた。
つまり、今回の体育祭、最初から、全く気が進まなかったのである。
だが、眼の前の彼女……賢崎藍華は違う。
気に喰わない。
なんでも見透かすような底の知れなさはもちろん。
悠斗を見る目が、気に入らない。
今日の客席にも何人か居た、悠斗の存在価値を通貨に換算しているような連中の視線と被るのだ。
(眼にもの……見せてやる!)
加速する。
彼女の、ナックルウエポンのBMP能力はあまりにも有名だ。
動きが先読みされる以上、フェイントは意味がない。
だから、思い切り距離を取ってかわす。
先読みしようと裏をかこうと、絶対に触れられない間合いで。
「これなら……!」
と思った瞬間。
額に熱い感触。
「!!!!」
何が起きたのか分からないまま、朱音は激しく転倒した。
「……な、何!?」
慌てて起き上がりながら、視線を巡らすと。
「ボール?」
テニスボール大の用途不明の不思議な黒いボールが、足元に転がっていた。
「異様に重さはあるけど衝突しても怪我はしない。そういうボールです。用途は……まさに、今のように使いますね」
と告げてくる藍華の手には、同じ黒いボールが一つ。
(あれをぶつけられた? でも、そんな動きはなかったけど?)
と悩む暇もない。藍華はどんどん近付いてくる。
「くっ!」
今度は油断しない。
ナックルウエポンから一時たりとも眼を放さず、まるでフィギュアスケートの選手のように後ろ向きに滑る。
が。
「づっ!」
ゴン、という鈍い音と共に、後頭部に思い衝撃。
こらえきれず、うつ伏せに倒れる朱音の眼に、またも黒ボール。
「な、なんで……?」
呆然とする朱音。
と。
「駆け出しの高速移動系BMP能力者の死傷原因第2位は、衝突によるものだそうです。気をつけないと危ないですよ?」
穏やかとも言える笑みで近づいてくる藍華の手には、さきほどと同じ黒いボールが一つ。
やはり投げてはいない。
……だとすると。
「上……?」
それしか考えられない。
朱音の移動経路を完全に見切って、進路上に落下するようにあの黒いボールを投げ上げたのだ。
「い……いや、そんなはずない! 私は眼を放さなかった! 投げ上げられたはずない!」
「ほんとに? ちゃんと見てました?」
微笑む藍華。
そして、見せつけるように両手を開く。
……両手?
「ぼ、ボール、どこ!?」
狼狽する朱音に、容赦なく近づいてくる藍華。
(上! 上を見てボールを確認しないと! でも、そんなことをしてる間に、賢崎さんに捕まる! 一か八か、俊足で逃げないと! でも、アイズオブフォアサイトで動きを読まれてる! 動いた先に落とされる! でも、動かなくても……! でも、でも!)
「あ……」
「取りました」
KTIバッジを掲げる藍華。
朱音は、へたりこんだまま、それを見上げることしかできない。
「ぼ……ボールは……?」
「これですか?」
魔法のように出現する黒いボール。
いや、魔法ではない。ただの手品だ。
「投げて……なかったんだ?」
「そうですね。さらに言うと、用意していたボールは全部で三個。動いていれば、先輩の勝ちでした」
「動かないと分かってたんでしょ?」
「そうでもないですよ」
朱音の手を取って立たせる藍華。
「前田先輩が動かない『確度』は80パーセント。残りの20パーセントの可能性はあえて潰しませんでした」
「え?」
「意地悪した後に言うのもなんですが、高速移動系BMP能力者は止まっちゃだめですよ。駆け出しの高速移動系BMP能力者の死傷原因第1位は、『脚が止まったから』です」
諭すように言ってくる藍華。
「それを言うために、邪魔したの?」
「いえ」
と。
「すみません。少し離れていてください」
朱音を優しく押す藍華。
次の瞬間。
何かが突進してきた!
☆☆☆☆☆☆☆
正直、減速のことは考えてなかった。
さっきから酸欠気味で、頭がとても痛いのである。
どういう訳か脚を止めている前田先輩に向かって、これが最後のチャンスとばかりに、超加速で手加減抜きで突撃してしまった。
KTI四天王とはいえ、相手は女の子。
この勢いで抱きついてしまうと、勢い余って二人とも地面か壁に激突してしまう!
と思ったのだが、意外な程に強い力で逆に抱きとめられ、突進力を完全に殺されてしまった。
……これもBMP能力なのだろうか?
止められたのはかなり意外ではあったが、とりあえず捕まえたことに違いはない。
「つ……捕まえ……。捕まえましたよ、前田先輩!」
「はい。お疲れ様です」
「へ?」
声が違う。
というか、背が高い。前田先輩も女性としては低い方ではないが、眼の前の女の子は俺と同じくらいの身長である。
しかも、びっくりするほど整ったプロポーションは、麗華さんと抱き心地……というか、抱かれ心地がそっくりである。
……いや、それはどうでも良くて。
「け、賢崎さん?」
眼鏡をかけた長身美形の女生徒は、まぎれもなくナックルウエポン・賢崎藍華さんである。
「とても美しい追跡劇でしたが、時間切れのようでしたので、少し干渉しました。とはいえ、これは澄空さんの勝利には違いありませんよ?」
と、俺を抱きとめたまま、俺の手に何かを握らせる。
「KTIバッジ……」
思わず呟く。
そういえば、この競技、乱入可だったな。
あまりにも俺が情けないから、賢崎さんが助けに来てくれたということなんだろう。
横でポカンとしている前田先輩も、とりあえず怒ってはいないようだし、やはりルール的に問題がある訳ではないらしい。
ただ。
もう少し待ってくれたら、捕まえられたかもしれないんだけどな……。
って、そんなことより!
「ご、ごめん、賢崎さん!」
思いっきり密着してしまっている!
慌てて身体を放そうとして。
くらっとした。
「あ、あれ……?」
一瞬意識がブラックアウトし、その後も身体に力が入らない。
ずるずると倒れこみそうなところを抱えられ、賢崎さんの身体にもたれかかるような姿勢になる。
「無理はしないでください」
嫌そうな色を見せずに言う賢崎さん。
かなり恥ずかしい体勢ではあるが、それどころではない感じだった。
……ひょっとして、さっき、かなりやばいところぶつけた?
「いえ、脳に異常があるようには見えません」
「へ?」
心の中の心配を見透かしたかのように、賢崎さんが声をかけてくる。
脳に異常がないなら嬉しいけど、ではこの異常コンディションは一体?
「澄空さんは、『HPとMP』の話は知ってますか?」
「?」
急に何を?
「テレビゲームで言うヒットポイントとマジックポイント。BMPハンター風に言うと、『体力と特殊能力使用ポイント』と言ったところでしょうか」
「??」
働かない頭に疑問符を浮かべる俺。
そりゃ、ヒットポイントもマジックポイントも知っているが、この状況と一体何の関係が?
「『MP』はいわゆるBMP能力値そのもの。澄空さんは人類最高のBMP187を持ってますから、MPも人類最高ということになります。エンプティを起こすことはまずないでしょう」
「は、はぁ……」
そうなのか?
俺、結構ばてるの早いんだけど。
「ですが、現実はテレビゲームのようにMPだけでBMP能力を使える訳ではありません。使うたびにHPも同時に使用……要するに、体力を消耗してします」
「え?」
そ、それって……。
「澄空さんが、長い時間闘えないのは、こちらが原因ですね」
マジか……。
俺、本当に単純にバテているだけってこと?
単に走りこみ不足の貧弱坊や、だと言うことですか!
「体力不足もそうですが、ペース配分ももう少し考えた方がいいですね。標的を捉えた瞬間に力尽きるようでは、論外です」
と、とてもきつい眼鏡クール美少女の説教を聞きながら。
俺の意識は闇に落ちて行った。