借り物競走の魔女
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種目:借り物競走
条件:他者の妨害不可。関係者・非関係者問わず、直接・間接攻撃不可。※ただし、下記ルール適用状態の場合を除く。
特殊条件:『個人名入り借り物争奪』ルール適用。
◇◆
午後一番の競技は借り物競走である。
そして、この俺、澄空悠斗も出場する。
……一体俺は何種目出ればいいのだろうか?
借り物競走のスタートラインに立ちながら考えてみる。
普段なら多く出場すればするほど嬉しくなるお祭り好きな少年である俺も、これだけ注目&敵視されると、やっぱり気が滅入ってくる。
ぱっと見た感じ、スタートラインに並んでいる人間の中には、KTIは居ないようなのだが……。
と、きょろきょろしているとスタートの合図があった。
それほど意味はないが、超加速でまっさきに『借り物』が書かれた紙が置かれている場所に辿り着いた。
地面に散乱している紙のうちどれを選んでもいいが、一旦中身を見たら取り替えるのは禁止である。
深く考えても仕方がないので、一番近くにあった紙を拾い上げた。中身は運次第なので、とにかく早く探し始めた方がいいという判断だ。
さきほど『競技説明書』なるパンフレットを読んで、そのトンデモナさにひとしきり突っ込んだ『はずれくじ』にさえ当たらなければいい。
しかして、俺が取った紙に書かれていたのは……。
『前田朱音のKTIバッジ』。
「うぁ……」
思わず呻く。二重の意味ではずれくじだった。
借り物指定に個人名が入っている、というところで違和感バリバリだが、これが新月学園体育祭名物の『はずれくじ』である。
どういうふうにはずれかというと、『個人名指定された人物は、抵抗してもいい。いやむしろ、しなければならない』ということである。
もちろん個人名指定されるのはそこそこ強力なBMP能力者だ。『はずれくじ』というより、どちらかというと『危険くじ』である。
しかも『KTIバッジ』ときた。
偶然にしてはでき過ぎだと思うが、くじを用意したのは生徒会兼体育祭実行委員会の方々だ。
ほんとについてないだけなんだろう。
☆☆☆☆☆☆☆
「櫃元君」
「はい。どうしました、会長?」
「澄空君が、とても微妙な顔で実行委員会本部テントを睨んできている」
どちらかというと助けを求めているかのような澄空悠斗の視線を受けながら、新月学園生徒会長にして新月学園体育祭実行委員長でもある長尾潔は、副会長・櫃元彩夏に話しかける。
「本当ですね。気に入らないくじでもあったんでしょうか?」
「気に入らないくじだったのは確かだろう。それより僕は、澄空君がKTIが集まっている辺りに向かって駆けていくのが気になる」
「KTI関連のくじでも引いたんでしょうか?」
「念のため、くじは全て僕が眼を通した。そんなくじはなかったはずだ」
じと眼で見ながら、長尾会長は追及する。
「おちゃめな副会長が、より体育祭を盛り上げようと、くじを追加したのかもしれません」
「それ自体も問題だと思うが、そのくじをピンポイントで澄空君が引いたことが、さらに気になる」
「心配性な副会長は、同じくじを複数枚作ったのかもしれません。せっかく作ったくじが引かれないのは寂しいですからね」
「それでは、そのくじが『誰か』に引かれる可能性が上がるだけだ」
「ちょっとドジな副会長は、そのくじをまとめて置いたのかもしれません。そして、実はKTIに属している副会長は、置いた場所をぽろっとKTIメンバーに漏らしてしまった可能性もゼロとは言えないと思います」
書類のチェックなどしながら、しれっと答える櫃元副会長。
「係の人間が、不自然に澄空君を誘導しているので、気になってはいたんだが……」
「はずれくじに一番近いスタート地点に誘導されてしまったんですね。スレスレですが、規則違反とまでは言えません。責任は、この、意外に頑張って仕事をする副会長にあると思います」
自分が抜ければ新月学園生徒会が回らないのを知っていて言う、ちょっとずるい副会長。
長尾会長は頭を抱える。
「君も……、そんなに、剣君が嫌いなのか?」
「まさか。KTIが皆、『美少女なんか死んじゃえ!』って思っている訳じゃないんですよ」
言って、コロコロ笑う意外に可愛い副会長。
「私は面白ければいいんです。見てください、会長。また四天王が出ますよ」
☆☆☆☆☆☆☆
KTIが集まっている場所に突撃するのは怖かったが。
「前田先輩はいますか?」
というと、意外にあっさりと前田先輩は出て来てくれた。
集積筋力の河合先輩よりは背は高いが、なんというか、大人しそうな先輩ではある。
可憐というか。
だが、俺はもう外見に騙されるのは止めにしている。
「KTIバッジ、ください」
くじを見せながら言う。
状況的には完全アウェーだが、びびってばかりもいられない。
でも、視線だけで殺されそうな二雲先輩の顔はなるべく見ないようにしよう。
「そ、そう簡単に、渡すわけにもいかないのよね」
若干ビビり気味の前田先輩。
まあ、無理もない。
新月学園体育祭は、午後の競技ほど危険である。
この借り物競走も、『個人名入り借り物争奪』ルール適用状態であれば、本当の意味でBMP能力オールフリーな競技の一つだ。
前田先輩がKTIバッジを渡すのを渋るようなら、レーヴァテインで行動不能にしてから奪ってもルール違反ではないのである。
……さすがにそこまでする気はないが。
と。
いきなり、前田先輩との距離が急激に離れた。
視線はこちらを向いたまま。
アニメとかの『超引いた』表現に似ているが、もちろんそんなことはない。
あれが、前田先輩のBMP能力、俊足だ!
「劣化複写、超加速!」
慌てて追う俺。
とにかく距離を詰めないと!
☆☆☆☆☆☆☆
「お、大岡忍のリストバンド、確認しました……」
真っ白なリストバンドを検めながら、係員が呻くように言う。
その前に立っているのは賢崎藍華。
個人名ターゲット・金剛腕大岡忍から、競技開始後五分でリストバンドを強奪してきた、とんでもない女性である。
「大岡は、次の五帝候補の一人なんですけどね……」
係員が言う。
別に、大岡君が賢崎氏の色香にやられて無抵抗でリストバンドを渡したと疑っている訳ではない。
戦闘開始後3秒、クロスカウンターアッパーカットで勝負が決まったのは、体育祭実行委員会で確認済みである。
「能力倍率はなかなかのものでしたが、防御力が強化されないのは致命的ですね。まだ若いですし、これからの成長に期待といったところです」
オープンフィンガーグローブから見える指を撫でながら、真面目な顔をして賢崎藍華は言う。
「…………(レベルが3周ほど違う。この人は、麗華様並みのチートキャラだ)」
と黙りこむ、実は剣麗華ファンクラブの係員。
そんな係員から眼をそらして、『彼』の姿を探す藍華。
「これで最低限のノルマは果たしましたし。後は、我らが勇者様の様子でも見に行きますか」