腕相撲の女神
「とうとうこの時が来たわね。初めて会った時からこの日のことを考えないことはなかったわ……、澄空悠斗!」
「俺達初対面です、河合先輩……」
闘志満々の河合先輩に、無駄かもしれないがとりあえず突っ込んでおく俺。
「KTI結成以来最強の敵、剣麗華。憎いけど、それに立ち向かえる自分に誇りにも似たものを感じているわ!」
「そういや、麗華さんいないですね」
きょろきょろ見回してみるが、いない。
最強の敵、剣麗華。とか言いながら、実際に闘うのは俺という異常な状況に突っ込むのはもう諦めた。
「「キャー! 渚先輩、ラビュー! まさしく暗黒の女神に立ち向かう純白のヴァルキリー!」」
とか言っているディレイドマッスルズ(※いま命名)達の応援セリフの解読も同時に諦めた。
と。
「一応言っておくけど、貴方、パワー系のBMP能力を持ってないでしょ? 棄権してもいいのよ」
「その点では、感謝しないといけませんね」
「?」
いぶかしげな河合先輩の前で、エリカに買ってきてもらったレッドマウンテン(※という缶コーヒー)を掲げる。
「まさか……!」
「劣化複写・集積筋力」
息を呑むとは、このことだろう。
片手で握りつぶされ、中身のコーヒーを虹のように放出するスチール缶を、皆、声もなく見守っていた。
「さすがは、BMPヴァンガードね」
一瞬ひるんだものの、むしろ落ち着いた様子で机に肘を付く河合先輩。
「でも、それじゃ、私には勝てない」
その闘志は、いささかも怯んではいなかった。
◇◆
机に肘を付きながら思う。
やっぱり、この先輩も、普通に可愛いんだけど?
いわゆる美人系ではないが、勝気な瞳も、シャープな小顔も、一応美少女と言ってもいいのではないだろうか?
麗華さんの美貌は、こんな可愛い子すら嫉妬の暗闇に突き落とす魔性の美なのだろうか?
とかアホなことを考えている場合では当然なく。
冷静に考えよう。
劣化複写したBMP能力は、大原則としてオリジナル以上の威力にはならない。
よって、同じBMP能力を使う以上、俺が勝つことはあり得ない。
ただ、パワー系のBMP能力は普通、乗算式だ。
もともとの体力×BMP能力による倍率分=パワーとなる。
もともとの体力も能力倍率もぶっちぎりの怪力無双、臥淵剛さんがパワー系最強の理由だ。
そこまで考えて、河合先輩を見る。
ちっこい。
別にちっこいことが悪い訳ではないが。
男性として普通の体格の俺と、女性としても小さい体格の河合先輩。
BMP能力倍率部分で負けていても、もともとの体力では俺に分があるということだ。
勝負は五分と五分。
そこまで確認して、俺は河合先輩と手を握り合った。
…………。
……良く考えたら、これ女の子の手を握っているんだよな。
しかも、フォークダンスなんか目じゃないくらいの密着度だ。
すべすべさらさらでしっとりとした女の子の手。
普通に役得である。
自分の半分以下の体重の女の子に負けたごつい男子生徒が、妙に満ち足りた表情をしていた訳が分かった。
と、浮ついたことを考えていられたのは、『レディ・ゴー』までだった。
「ぐっ! ……な!?」
なにこれ!
全然、動かん!
「どうしたの、澄空悠斗? BMPヴァンガード様は、女性にはお優しいの?」
「もちろん! 優しく!・ありたいとは!・思って!・いますが!!」
断続的に力を入れるタイミングでセリフを返すが。
今は優しくしている場合ではない。
まるで、万力で固定されたように全く動かない。
河合先輩の表情は、全力を出している風にはとても見えない。
もともとの体力は、俺の方が上のはずなのに!
……それほど、BMP能力倍率に差があるのか?
確かに、俺と相性の良さそうなBMP能力ではなかったけど!
「ねえ、澄空悠斗?」
「な、なんすか!」
「私の体重、何kgだと思う?」
「へ?」
心理作戦だろうか?
だとすれば、確かに意表を突かれた質問だった。
「正解は38kg」
「スリム!・です!・っね!?」
渾身の力を込めてアームレスリングしながら、俺は答えた。
女性の適正体重は良く知らないけど、小柄な身長を計算に入れても、スリムな数字だと思う。
「でも、本当は100kg超えてるはず」
と、河合先輩に握りしめられた俺の手がメリッと軋んだ気がした。
「ひゃ、100kg!?」
なんですか、それ!
「集積筋力は、ただのパワー系BMP能力じゃないわ。鍛えた筋肉が見た目にも体重にも反映されないという非常に珍しい特性があるのよ」
「な!」
俺は絶句した。
確かにそれは珍しい。
というか、どういう原理だ!
「脂肪には適用されないのが最大の欠点だけど、自分を甘やかさずに研磨すれば、全く見た目を変えずにパワーだけを獲得することができるのよ。女だからという筋肉量の上限も無視してね!」
「マジ……ですかっ!」
どうりで、俺と相性が悪いはずだ。
筋トレが前提の上に、常時発動しないと意味がない。
コロコロBMP能力を切り替える俺には、決定的に向いていない。
「無敵の能力にも、思わぬ落とし穴があるものね」
「ぐっ」
言い返せない。
麗華さんの言うとおり、俺の劣化複写は確かに『学習』の属性があるのかもしれないが。
俺自身は、複写される能力の本当の特性を知ることができない。
自動的に複写されてしまうから。
言われるまで知ることができない!
ま、聞きゃいいんだけど!
「私の……。脂肪と! 想いと! スイーツを変えて作ったこの筋力!」
「うぁ!」
なぜ、その3つを挙げた!
適度な運動と良質のたんぱく質とかじゃ、だめなのか!
「破りたいなら! せめて! 今の2倍の筋肉をつけて! 出直して来なさーい!」
「りょ……!」
了解でーす!
◇◆
『アームレスリング』ラストバトル:×白組・澄空悠斗-○紅組・河合渚。
◇◆
負けた。
机に叩きつけられ、ヒリヒリする(※でも手加減はしてくれたっぽい)右手をさすりながら、俺は机に突っ伏していた。
どうでもいいが(※ほんとどうでもいいが)、あれだけの力で叩きつけられても大丈夫とは、丈夫な机である。
『ブラボー! 渚せんぱーい! まさしく、降臨した魔人を撃破するスイーツの化身!』
とか言っているディレイドマッスルズの罵声(?)は甘んじて受けるしかない。
いろんな意味でダメダメだった。
これは、麗華さんに合わせる顔がないかもしれない。
そんな俺を見降ろし、河合先輩が告げる。
「アームレスリングも紅組の勝ち。BMPヴァンガードは、私が倒した。そして、剣麗華はKTIに屈した!」
「ちょ、ちょっと待った!」
「ん? 何?」
「最後の一つは、おかしいでしょう? 基本的に、この競技、麗華さん全然関係ないし」
「競技なんて関係ないわ。貴方を倒したんだから」
「え?」
なんのこっちゃ。
「パートナーは己の半身、己の片翼。その喜びも悲しみも全て共有する、例えるなら夫婦のような存在。無関係なんて、それこそあり得ない。それとも何? 剣麗華は、貴方が最後の砦を務めた闘いで敗北しても、『そう。残念。でも、私には関係ないし』とか言うの!?」
「ぐっ!」
言ってることは詩的なだけで、かなり無茶苦茶だが、なかなかに雰囲気がある。
俺がどっちかというと悪役的な負け方をした直後という状況も、河合先輩に味方している。
というか、前から思ってたけど、演技派だな、KTI!
と、俺が屈辱に打ちひしがれていると……。
「それはおかしい」
涼風が吹いた。
熱狂するギャラリーはもちろん、不可思議な声援を挙げ続けるディレイドマッスルズも、河合先輩も。
もちろん俺も。
皆がそちらを向いた。
皆が振り向く先。
河合先輩を挟んで、俺と逆方向から。
KTIの天敵。
敵性美少女・剣麗華が、砂塵をバックにゆっくりと歩いて来ていた。