二人の食卓
「火力さえ十分なら、こんなにべちゃべちゃになるはずがない……」
唸る俺。
「確かに、前に悠斗君と飲食店で食べた時には、もっとパラパラだった。でも、これだっておいしいと思う」
「まあ、炒飯ではなく、渇いたリゾットだと思えば……」
いや、リゾットだと思うともっとまずい。
炒飯とリゾットの中間、チャーゾットという新しい料理だと考えれば!
…………。
「ごめん、麗華さん」
俺は素直に謝った。
飲食店でバイトをしていたと言いながら、実は皿洗いがメインだった俺は、カレーとシチュー以外にまともな料理を作ってあげられたことがなく。
二人の夕食を総菜やインスタント食品で済ますことも多い現況であり。
せっかくの新月学園体育祭前夜。そしてこの超絶美少女の美貌を保つためにも、何とか料理のレパートリーを増やそうとして挑戦したのが今日の炒飯だった。
本当は一人で練習するべきだったのかもしれないが、なんせ一緒に住んでいるから、なかなか一人で練習する機会がなかったのだ。
「気にしなくていいと思う。火力が問題なら、私のレーヴァテインを使えばいい」
「それは却下させてほしい」
気を使ってくれるのは嬉しいが、地獄の業火で炒飯なんぞ焼きたくない。
というか、このマンションのスプリンクラーとか警報装置が間違いなく反応しそうな気がする。
「なら、一度に投入するご飯の量を調整するといい」
「なぜそこで的確なアドバイスが!」
思わずツッコム。
この天才美少女は、未だに掴みきれん。
ところで。
「麗華さん。今日は帰ってくるの早かったけど?」
「うん。特訓はもう大丈夫だと思う。あとは細かな問題点の検証をするだけ」
「へえ。……で、結局、何の特訓だったの?」
ついに最後まで解き明かせなかった謎なので、もう直球で聞くことにした。
「それは、内緒」
見事にかわされた。……いや、ちょっと待て。
「麗華さん、前に『私が知っていることで、悠斗君に教えられないことなんてない』って言ってなかったっけ?」
「…………。あの時はそうだった。私はまだまだ思慮が足りない」
つまり、今は言えないことができたと?
め、めちゃくちゃ気になる……。
と。
「それより、悠斗君。明日の体育祭、たぶん、たくさん出ないといけないと思うけど、大丈夫?」
麗華さんが聞いてくる。
KTIのことは話してないので知らないだろうが、複写系能力者である俺は、ほぼ全ての種目にエントリーされる可能性があるので、心配してくれているのだろう。
「一応特訓はしてるんだけどね……」
幻想剣は使わないことにした方針と合わせて、新月学園体育祭に向けての特訓の成果を話した。
麗華さんの特訓のせいで、あまり放課後一緒に過ごしていなかったから、なんだか近況報告のノリになる。
「電速と怪力無双が複写できれば、凄い助かったんだけどなー」
話しながらつくづく思う。
「そうなの?」
「そりゃそうだろう? メチャクチャ体育祭向けのBMP能力じゃないか?」
少なくとも幻想剣とか捕食行動なんかよりは、遥かに向いている。
「そうじゃなくて、やっぱり悠斗君、今まで見た中で使えないBMP能力があるの?」
「ん? ああ。6つほど」
「6つも?」
「ん」
と、俺は使えないBMP能力について一通り説明した。
ついでにレオのことも話した。
「レオ? 至高の咆哮? そんなBMP能力者聞いたことない」
「城守さんもそう言ってた。でも、ほんとに凄かったぞ。最小限に力を抑えてるって感じだったのに、ブランコがバラバラというか粉々というか……」
いや、粉すら残ってなかったような……。
「分子レベルでの破壊……。いえ、ひょっとしたら、それ以上……? ほんとに聞いたことない……」
麗華さんも意外だったのか、ぶつぶつ言っている。
が。
「とりあえず、至高の咆哮は置いておこうと思う。検証が難しくなる」
「検証?」
なんの?
「悠斗君の劣化複写についての」
「え?」
真面目な顔をして(真面目でない顔なんて見たことないけど)言い出す麗華さん。
「実は、私は、悠斗君の戦闘記録や訓練記録は全て眼を通している」
「へ? な、なんで?」
「? 悠斗君。私が、BMP能力の研究者でもあること、忘れた?」
「???? あ、ああ!」
なんか超序盤にそんな設定を聞いたことがあるようなないような気がします。
「悠斗君のBMP能力は……悠斗君は謎が多いから、上条博士を手伝って一緒に分析してた」
「そ、そうなのか」
なんか照れるな。
「結論から言う。悠斗君の劣化複写に複写できないBMP能力はないはず」
「? いや、実際に、すでに6つも」
「というか、そもそも『複写』かどうかも怪しい」
怪しいとか言われても……。
「複写系能力は、数に制限があるか時間に制限があるのが普通。無制限に、しかも無期限に蓄積できるなんておかしい」
「おかしいとか言われても……。だいたい無制限かどうかなんて分からないだろ?」
もちろん、無期限かどうかだって分からない。
「ううん。悠斗君。それについては、私も上条博士も意見は一致してるの。悠斗君の劣化複写は数にも時間にも制限はない。……少なくとも、人間が物事を記憶できる程度には」
「そ、そうなの……?」
そいつは凄い。
劣化しているのと使い手が超凡人な以外は、確かに凄い能力だ。
が。
「その劣化というのもたぶん違う。複製に伴う劣化にしては、あまりにも『悠斗君にとって都合良く劣化』してる」
「つ、都合良く?」
「悠斗君のは、たぶん劣化じゃなくて『最適化』。誤解を恐れず大雑把に言うなら、劣化複写は『一度見たBMP能力を、自分でも使えるようにして身につけるBMP能力』」
「…………」
「そんな風に定義できると思う」
「そ、それって……」
複写と言うよりも……。
「うん、学習。『自分でも使えるように』するんだから、複写できないBMP能力は存在しないはず。元のBMP能力の種類と悠斗君の特性との相性によっては、ほとんど使い物にならないくらい劣化する可能性はあるけど……」
「学習……」
レオに言われたセリフが頭に蘇る。
あの大学生(※くらいに見える男性)は、この話を知っていた?
ほんとに、一体、何者だ?
「とにかく、複写はできる。使えないのは出力の方の問題」
「出力?」
「そう。悠斗君は『全然関連性がない』なんて言ってたけど、使えないBMP能力のうち、少なくとも5つは大きな関連性がある」
「クリスタルランスのBMP能力?」
「違う。悠斗君が『10年前、アイズオブクリムゾンで記憶を封印される直前に見たBMP能力』」
「……!?」
ちょ、ちょっと待った!
「驚くのは分かる。私もあまり愉快な想像だとは思わない。でも、それしか考えられない」
「あ、いや……」
「私だって故意に彼女が悠斗君の心にダメージを与えようとしたとは思わない。ただ、記憶の封印なんて物凄い高等技術。何かの拍子で、直前に学習したBMP能力の『出力』回路にロックがかかってしまった可能性は決して低くないと思う」
「いや、そんなことよりさ……」
「そ、そんなこと?」
俺のセリフが予想外だったのか、麗華さんは珍しくどもった。
でも、今はたぶん俺の方が驚いているだろう。
だって。
「麗華さん。なんで、10年前のこと知ってるの?」