『五帝』の嫉妬
澄空悠斗達がKTI対策に精を出していた頃。
剣麗華は、BMP管理局『D-1』ブロックに居た。
先のBMP管理局籠城戦で、ブレードウエポンが100体斬りをした場所である。
今は、普通に鍛錬場として使われていた。
この広い鍛錬上に居るのは、剣麗華ともう一人。
新月学園『五帝』の一人、飯田謙治である。
◇◆
「はあ……はあ……」
荒い息をつく【銃剣士】こと、飯田謙治。
澄空悠斗の通う新月学園の3年生である。
五帝などと呼ばれるだけはあり、高校生であると同時にBMPハンターでもあり、この鍛錬場D-1ブロックを使ったこともあるが。
さすがに、貸し切りで使うのは初めてだった。
新月学園では五帝でも、BMPハンターとしてはまだまだ下っ端である。
彼の財力と権限で貸し切りなどできるはずもない。
それをしたのはもう一人の人物だった。
「は……は……」
まだ呼吸が収まらない。
いくらソードウエポンが相手とはいえ、先に休憩を言い出すのは男として躊躇があったのだが、もうさすがに限界だった。
せめて彼女も、自分の十分の一でも疲れてくれてはいないかと思い目線を向けるが。
「大丈夫、飯田先輩?」
「ああ……。あ、いや。もうちょっと待ってくれ」
もうちょっと、どころで回復しそうな疲労ではなかったが、飯田謙治は虚勢を張った。
対するソードウエポン……剣麗華は、平然としている。
ついさっきまで鬼神の如く暴れまわっていたとは誰も信じないくらいに、平然としていた。
「なんちゅうスコアだ……」
鍛錬場側面上部中央に置かれたモニターを見ながら、謙治は呟く。
そこには、さっきまで行っていた訓練の成績スコアが表示されている。
ちなみに、謙治と麗華がD-1ブロックを借り切って行っていたのは、いわゆるシミュレーション訓練である。
D-1ブロック全体にダメージ無効化結界を張り、幻影獣の動きをシミュレートした映像を映し出し、制限時間内にどれだけ倒せるか、という訓練である。
普通は、こんな馬鹿でかい鍛錬場を借り切ってやるような訓練ではないのだが……。
「あれじゃ、仕方がないよな……」
さきほどの訓練の問題点を反芻しているのか、なにやら難しい顔をしている麗華を見ながら思う。
幻想剣。
聞くのと見るのとでは大違いだった。
彼の銃戦士が拳銃だとしたら、幻想剣はまるで戦艦の主砲である。
なんというか、もう種類が違った。
しかも彼女は、いわゆる『固定砲台』タイプではない。
縦横無尽に動き回る謙治に、あの断層剣カラドボルグだの炎剣レーヴァテインだのを片手に、ぴったりと合わせて来たのだ。
しかも、「連携戦闘の特訓がしたいから、飯田先輩に手伝って欲しい」と言って来たのは、今日の放課後のことである。
バカバカしいくらいに、天才だった。
ただ。
「な、なぁ、剣。さっきの連携戦闘はどうだった?」
「うん? 悪くなかったと思う。飯田先輩の動きにうまく合わせられた」
「スコアは?」
「一人でやった時よりは悪い。連携に重点を置いていたから」
ということだ。
謙治からすれば一生に一度も出ないほどの超ハイスコアだが、麗華にすれば一人の方がましなのである。
火力が違い過ぎるから仕方がないと言えば仕方がないのだが、これでは連携戦闘とは言わない。
「剣、この訓練、逆じゃないか?」
「? どういうこと?」
「完璧にやってスコアが落ちるのなら、そのチーム編成は間違っている。どう考えても、君がメインアタッカーで俺がサポートだ」
それでも、スコアが伸びる保証はないが。
だが。
「それは違う。これは、私が合わせるための訓練」
「誰と……」
と言おうとして思いとどまる。
そんなもの、決まっている。
「澄空悠斗と直接訓練すればいいじゃないか」
苦虫を噛み潰したような顔になるのは仕方がない。
奴の潜在能力は認めてる。
幸運に恵まれたにしても、BランクとAランクを一体ずつ倒した実績は英雄と呼ぶに相応しいものだ。
が、物心ついた時から英雄視していた他の高ランクハンターに比べて、どうしても、ポッと出の印象が拭えない。
彼の闘いが全てまぐれでないことくらい分かっているつもりだが。
「悠斗君とはうまく合わせられない」
「え?」
「私は一人で闘う訓練ばかりしてきたから、連携があまりうまくできない。いきなり悠斗君と合わせようとして、この間、失敗した」
無表情ながら、どこか沈痛な面持ちで語る剣麗華。
「そんな馬鹿な……」
飯田謙治は思った。
取りようによっては、『』悠斗は無理でも飯田謙治は合わせられるレベルだ』と言わんばかりの言いようではあったが、謙治はそんなことはどうでも良かった。
納得いかないのは、そんなことではなかった。
「どうして、君が澄空悠斗に合わせる必要がある」
「? どういうこと?」
本当に分からないというような、きょとんとした顔で問い返してくる剣麗華。
胸がざわつく。
「澄空悠斗は、そんなに……強いのか?」
「うん、もちろん」
というか、ムカつく。
謙治にとっては、剣麗華も澄空悠斗も、ある意味、雲の上の存在だった。
自分が多少の幸運に恵まれながら順調に成長すれば、彼らの元で闘うこともあるかもしれないな、という程度の存在だった。
だが、こうして、その片割れを知ってしまった今……。
「澄空悠斗は……、た、体育祭には出るのか?」
「???? 出るんじゃないかな?」
唐突な謙治のセリフに、疑問符を大量に浮かべながら答える麗華。
子供じみているとは思う。
それで何かが変わるとも思えない。
だが。
「このまま卒業なんて、できるか……!」
疑問符を浮かべたままの麗華の横で。
新月学園五帝・銃剣士飯田謙治は、静かに宣言した。
☆☆☆☆☆☆☆
「どうしたもんかなー」
KTIが突然ターゲットを俺に定めた次の次の日。
俺は、街中を一人でぶらぶら歩いていた。
本当は城守さんに相談しようとBMP管理局に向かっていたのだが、さすがに、忙しい局長さんに体育祭のことを相談するのはバカバカしいと思い引き返しているのだ。
そもそも、相談するだけなら携帯電話を使えばいいし。
そこそこ頑張っている風味でぶらぶらする口実が欲しかっただけかもしれない。
というか暇だった。
何かの特訓(※まだ何の特訓なのか知らなかったりする)で忙しいらしい麗華さんがあまり相手してくれないからだ。
あれだけ思わせぶりに登場しておいて、小野もミーシャ先生も、全くちょっかいらしきものを出してこないし。
賢崎さんとはさっき会ったが、普通に挨拶して去って行った。まるで尾行が見つかったかのような雰囲気ではあったが、さすがに気のせいだろう。
「とりあえず、目下の敵はKTIか……」
略さずに言うと全身の力が抜ける組織だが……。
麗華さんのことは抜きにしても、俺も体育祭で恥を掻きたい訳じゃない。
が。
「人材揃ってるんだよなー。KTI……」
協力者(=クラスメートの後藤さん)が教えてくれたKTI主要メンバーのBMP能力を思い浮かべながら呟く。
俊足、集積筋力、汎用装甲……。
どの種目にも隙がない。
『これがゲームなら、俺KTIチーム選ぶなー』と三村がボケていたのも頷ける。
せめて、出る種目が一つなら対策の立てようもあるのだが……。
「女子専用種目以外、全種目に出る可能性がある。って、なんだよ……」
新月学園体育祭では、BMP能力発現者は、その能力に関係する種目にエントリーされる(※しかも、勝手に)らしい。
俺は複写系(※しかも即時複写)なので、男子が出れる種目は全てエントリーされる可能性があるとのことだ。
はっきり言って、どうしようもない。
「単純な出力勝負なら、勝ち目があるんだが……」
せめて劣化幻想剣が使えれば……って、これじゃ本末転倒か。
そもそも、最初は『麗華さんに幻想剣を使わせたくない体育祭』がテーマだったはずだ。
「…………」
でも、やるからには勝ちたい。
「幻想剣手加減攻撃とか!」
さすがにそんな都合のいい便利スキルはないだろうが、手加減して幻想剣を使うというのは案外ありかも知れない。
ダメージ無効化結界とやらもあるらしいし、うまく使えば牽制くらいにはなるかもしれない。
と。
「それは感心しないな」
へ?
不意に聞こえてきた声に、下を向いたまま歩いていた視線を前に戻す。
眼の前に居たのは、大学生くらいの男性だった。
背が高くて細身で筋肉質。
ついでに金髪碧眼だった。
「えーと……」
とりあえず、俺は後ろを向く。
特に誰もいなかった。
……ということは、つまり。
「どこかでお会いしましたっけ?」