緋色先生の『テストには出ないけど大事なこと』
ささみチーズフライにより与えられた、ささやかな眠気に対抗しながら受ける午後の授業。
「という訳で、融合能力を使う幻影獣は、こういうゲチョグロの容姿をしたタイプが主流です。『某RPGの雑魚キャラみたいー』、とか侮らないこと」
というピーキーな授業を展開しているのは、我らがこども先生。
仮にも授業で『ゲチョグロ』なんて形容詞が聞けるとは、思ったこともなかったよ。
ちなみに今はBMP能力者選抜クラスではなく、1-Cでの授業中。
ここ新月学園では、BMP能力が発現していない者も、みなBMPと幻影獣に関する授業は必須なのだ。
で、今日のお題は『融合特性を持つ幻影獣』だそうだ。かなりのレアだから、あんまり会うことはないらしいと前置きがあったが。
「一口に融合と言っても色々なタイプがいますが、最も多いタイプは、同化して質量を増すタイプですね。ゲチョグロ同士ではなく、ゲチョグロが一方的に他の幻影獣を取りこんだり、浸食したりすることも多いので、ゲチョグロを見たら注意が必要です」
一回のセリフで『ゲチョグロ』を三回言う緋色先生。
「ちなみに『人間にも使えたら、こども先生が大人先生になりますねー』などと不届きなことを言う生徒は、アイズオブエメラルドで一週間はささみチーズフライが食べれない身体にするので、決して言わないように」
明らかに俺をターゲットにして言い放つこども先生。
いや別に、うちのクラスは俺しかささみチーズフライを食べないという訳じゃないぞ?
「何か質問はある?」
という緋色先生の問いに応えて手を上げるのは、我らが委員長(※非マスコミヴァージョン)。
「人間が取りこまれることはないんでしょうか?」
「その場合はどちらかというと融解系ね。やつらは人間と融合しようなんて思わないから安心して。取りこまれても溶かされるだけよ」
やです。
「では、逆に幻影獣を取りこむBMP能力を使える人間は居ないんですか?」
と聞くのは峰。
「居るかもしれないけど、私は聞いたことはないわ。エナジードレイン系のBMP能力者なら割と珍しくないけどね」
「ふむ。エナジードレインですか」
真剣な表情の峰。
こいつはいつも真面目だが、幻影獣関係の授業ではさらに真面目になる。なんというか、掴みかからんばかりの表情だ。
「あと、幻化融合してBMP能力を強化する、なんてとんでもないBMP能力もあるとかいう都市伝説もあるらしいけど、さすがに嘘でしょうね」
都市伝説に嘘って言ってもなぁ……。
しかし……。
「融合能力か……」
前回の籠城戦では、(モニター越しとはいえ)結構な数の幻影獣を見たけど、そんな奴はいなかったな。
ガルアがそういう能力の使い手だったとしたら、もう絶対勝てなかっただろうし……。
「待てよ……」
この授業、ひょっとしてフラグじゃないだろうな?
ひょっとして、残りのAランク幻影獣の中に、そういう能力の使い手が居るとか!?
嫌だぞ、俺は! そんなゲチョグロで強いボスキャラなんて、アニメとかじゃ最終回で結構出てくるけど、現実に居ると最悪だぞ!
「…………落ち着こう」
いかん。なんだか、思考が三村化してきている。
しかし、もう正直な話。しばらく、幻影戦闘はしたくないんだよな。
と。
「悠斗君」
「は、はい!」
いきなり緋色先生に呼ばれて、俺は我に返った。
「今、先生が何を言ったか、答えてくださいな♪」
いつの間に外したのか、ごつい眼帯を右手人差指でブルンブルンしながら、とても嬉しそうな顔で言う、こども・S・先生。
普段は眼帯に隠されている深緑の右眼……アイズオブエメラルドは心を読む。
たとえ一瞬でも思考を逸らせば、緋色先生には気取られる。
でも、そのためだけに、授業中にわざわざ眼帯を外してアイズオブエメラルドを解放する意味はないと思うんですが!
「すみません。聞いてませんでした」
隠しても緋色先生にはバレバレだろうし、俺は潔く謝る。
が。
「大丈夫よ。何も言ってないし」
しれっとした顔で言い放ち、再び右眼に眼帯をする緋色先生。
い、今のはあんまりだ!
クラスメイトのみんなも『ああ。またやってる、緋色先生』的な顔をしている!
「さて、みんな。先生があえて悠斗君に嫌われるようなことをしてまで、注目を集めたのには理由があるわ。だから『ああ。またやってる、緋色先生。Sというより、もう単純に悠斗君のことが好きなんじゃね』的な視線はやめるように」
いや、誰もそこまでは言ってないっす。
ところで、
「知らなかった。緋色先生は、悠斗君に恋愛感情を持ってたのかい?」
「そんな訳ないでしょ。小野君、天然?」
と、俺の前の席で楽しそうに談笑している小野と、その隣の女生徒・後藤さんは無視の方向で。
え? 後藤さんは小野が転校して来た時に席を移動したんだから、一番後ろの席とかに行ってないとおかしい? この状態だと、玉突きみたいに何人もが席を移動しないといけないはずだって?
大丈夫だ。その通りの席替えをしています。緋色先生をなめたらいけない。
それはともかく。
「実は、ここから先の話は特に集中して聞いて欲しかったのよ」
と言う緋色先生。
そんなアクロバティックなことしなくても、『ここテストに出るから、みんな集中して聞くようにー』くらい言っておけば、みんな集中して聞くと思うんですけどね……。
と。
「実は、今日は、調律についての話をしようと思うの」
「…………」
一瞬、教室がシーンとする。
調律。
ウエポンクラスにのみサポート効果をもたらすBMP能力。
俺のクラス【ウエポンテイマー】の固有スキルらしい。というより、調律を持つ者のことをウエポンテイマーというらしい。
ただ、俺は、もうひとつのBMP能力・劣化複写の方がメインスキルになっている変わり種らしいが。
「ん?」
気配を感じて振り向くと、俺の右の席に座る賢崎さんが、こちらに身を乗り出してきて。
「聞かない方がいいかもしれませんよ」
と言って、すぐに引っ込んだ。
……なんなんだ?
「この話は、実は、BMPの課程にはありません。みんなもそのうち知ることにはなるんだろうけど……」
いつになく神妙な調子の緋色先生。
なんなんだろう?
「今、私がこの話をする理由は、このクラスに調律を使える人がいるからよ」
「……!」
な、なんだろう?
『調律を使えるアナタにちょっとお役立ち情報』とかいうノリじゃなさそうだぞ。
「麗華さん」
「うん?」
「まず確認。調律の定義は?」
突然、麗華さんに振る緋色先生。
「ウエポンテイマーの使う、ウエポンクラスへのサポートスキル。怪我の治癒・体力の回復・身体能力の増強・BMP能力の拡張。得意な分野には個人差が出るけど、ウエポンクラスにとって有益な効果をもたらすのは間違いない。今、このクラスで悠斗君の調律を受けられるのは、私と三村とナックルウエポンの三人だけ」
賢崎さんの名前を呼ぶ時、ちょっとためらったような気がしたのは、もちろん俺の気のせいだろう。
「残念だけど。それ間違い」
「……」
「…………」
…………。
「「え!!」」
唐突な緋色先生のセリフに、そろって疑問符を浮かべるクラスメイツ。
「調律の対象に限定はないの」
「ちょ、ちょっと待ってください。先生!」
「正解は、『ウエポンクラス以外の相手に使った場合、危険な副作用がある』よ」
委員長の声に、回答で返す緋色先生。
しかし、どういうことだ。ウエポンクラス以外にも使える? しかし、副作用がある?
「前回の籠城戦で、調律を使って麗華さんを助けた悠斗君になら分かると思うけど、調律は乱暴な言い方をすれば『相手の身体と精神を適当にいじくりまわす能力』よ」
「え?」
思いも寄らない緋色先生の言葉。
でも、確かにあの時は麗華さんを助けることしか考えてなかったけど……。
実は、ひょっとして、それ以外のこともできたのか?
「調律は、どこからか不思議パワーを注入するような能力じゃないわ。あくまで制御・調節。あるいは、変更。どれだけ熟練のウエポンテイマーでも、副作用の危険は常にある」
「…………」
そうなのか……。
「そして、ウエポンクラス以外に使った場合は『副作用の危険が常にある』じゃなくて、『確実に、しかも危険な副作用がある』となるの。原因まではまだ分かってないし、そもそも学会でも正式に認められた訳じゃないけどね」
「ど、どうしてですか!? ウエポンクラス以外に使うのが危険なら、そう周知した方が……!」
「大人の事情ってとこかしら、委員長」
委員長の質問をはぐらかす緋色先生。
「そうやって考えると、特別なのはウエポンテイマーではなくて、ウエポンクラスのような気もするわね」
と続ける緋色先生。
確かに、衝撃的な話ではあった。
しかし、何かまだ……。
と。
三村が立ちあがった。
「先生。調律を使う時の問題は、副作用だけなんですか?」
真剣な表情で言う三村。
「時々凄いわね、三村君。その通りよ、調律の欠点は、副作用だけ」
という緋色先生。
? 今の、どこが凄いんだ?
「調律は、ほぼノーコストで使える能力。ダメージの帰属もパワーの借入先も相手側だからね。『得意とする支援効果』という表現も正確じゃない。『できるかぎり副作用を出さずに発揮できる支援効果』が正解」
「…………?」
つ、つまり、相手のことがどうなってもいいなら、ほぼ無尽蔵に、しかも無制限に調律できる?
「局地戦であれば、ウエポンテイマー一人で戦況をひっくり返した、っていう話も時々聞くわ。その部隊がその後どうなったかは、できれば聞きたくないけど、」
「…………」
静まり返る教室。
もうすぐチャイムがなる。
最後とばかりに、緋色先生は言う。
「これは授業じゃないわ。テストにも出ない。この話をどう生かすかは皆自分で考えて。卒業して悠斗君と別れても、BMPハンターに係る仕事をする限り、忘れないで」