新月学園体育祭について
『
テーマ:新月学園体育祭
タケゾウお兄さん:さぁ! BMPハンターを目指す良い子のみんな! 今日は、BMPハンター養成校の最高峰。新月学園のちょっと季節外れの体育祭について勉強しよう。
シンイチクン:ほんとだねー。なんで、こんなクソ熱い時にやるんだろうねー。
タケゾウお兄さん:こらこらシンイチクン。『熱い』の誤字に悪意を感じるよ。暑いのはみんな同じ。テンションを上げていこうー!
シンイチクン:わかったよ。これ以上タケゾウお兄さんが暑苦しくならないうちにサクサク進めよう。
タケゾウお兄さん:了解。では、まずシンイチクン。新月学園の体育祭について、何か知っているかな?
シンイチクン:もちろんだよ、タケゾウお兄さん。毎年必ず死人が出るんだよね?
※以下、面倒くさいので、タケゾウお兄さん→タ。シンイチクン→シで。
タ:こらこらシンイチクン。嘘はいけない。死人なんて出たことないよ。
シ:えー。でも、新月学園生は、体育祭前に必ず遺書を書くって聞いたよ。
タ:遺書じゃないよ。誓約書だよ。『再起不能又は死ぬことがあっても、決して新月学園の責任を追及しない』っていうね。
シ:似たようなもんじゃないかー。なんで、そんな物騒な誓約書が必要なんだよー。
タ:うん。もちろん理由がある。実は、この体育祭、なんとBMP能力の使用に制限がないんだ。さすが新月学園だね!
シ:えー。BMP能力使っていいのー? 危ないじゃないかー。
タ:大丈夫。誓約書なんて書かせてはいるけど、安全管理は万全だよ。
シ:大人はみんなそう言うんだー。僕は騙されないっぞー! 当局は真実を公表しろー!
タ:まったく君はどこでそんな言葉を覚えてくるんだか……。いいかい、シンイチクン? 『ダメージ無効化結界』は知っているよね?
シ:知ってるよー。あ、そうかー。新月学園は結界発生器を持ってるんだー。なら、安心だね!
タ:ううん、結界発生器は、出力の面で不安があるからねー。体育祭全てをカバーするのは、無理だよ。
シ:どっちやねーん。
タ:うーん。だんだんやる気がなくなってきたみたいだね、シンイチクン。まぁ、続けよう。なんと新月学園体育祭では、BMP結界能力者が呼ばれるんだー。
シ:おー。国家権力ー。
タ:意味分からないよシンイチクン。まあ、とにかく、一流のBMP結界能力者のおかげで体育祭の安全は保障されているってわけさー。
シ:んー、でも、タケタケ? ダメージ無効化結界って、確か痛みは感じるんだよね?
タ:お兄さん、なんでいきなりフランクな渾名を付けられたのか分からないなー? でも、続けるよ。うん、その通り。痛みは感じるんだ。たとえダメージを無効化しても、身体を真っ二つにされるような攻撃を受けたら、心が折れちゃうかもねー。
シ:タケ! それだけじゃないよ。人間による結界は、わずかな確率だけど正常に働かないことがあるって聞いたよー。
タ:お兄さん、さすがに呼び捨ては傷つくよー。それはともかく。うん、結界は完璧じゃない。大出力系のBMP能力の使用の際は、注意が必要だね。
シ:危ないなー。もう、いっそのこと、サボっちゃえばー?
タ:不参加は自由だよ。内申書にメチャクチャ書かれるかもしれないけど。
シ:大人はみんなそうだ! 学校は、内申書という鎖で少年少女を縛り付ける魂の牢獄なんだー!
タ:なんだか詩人だねシンイチクン。とりあえず、新月学園体育祭の説明は以上だよ。
シ:異常だよ!
タ:(誤字スルーしながら)このコーナーを呼んでいる受験生のみんなも、こんな楽しい体育祭が催される新月学園に入りたくなったことだと思う! 受験勉強、頑張ってねー!
』
以上、『季刊BMP最前線VOL157・夏を制する者は受験を制す』より人気コーナー『タケゾウお兄さんとシンイチクンの良く分かるBMP講座』抜粋。
…………。
って。
「入りたくなるかー!」
俺は、登校中に読んでいた雑誌を地面に叩きつけた。
そして、大きく足を振り上げ。
踏みつけ……ずに、拾い上げた。
泥を払う。まだ全部読んでないからな。
それはともかく。
「やばすぎだろ、これ? BMP能力の使用全解禁?」
やばすぎる。
毎年やばかったと思うけど、今年は特にやばすぎる。
理由は、もちろん、例の天才美少女だ。
ダメージ無効化結界とやらがうまく働かないのは最悪としても、たとえ感覚だけだとしても、身体を真っ二つにされたり(※しかも大量に)、地獄の業火で焼きつくされたりする(※しかも大量に)のが、青少年の健全な育成に資する訳がない!
「もちろん、麗華さんも手加減はするだろうけど……」
麗華さんの『手加減』は、一般人には厳し過ぎる可能性があるからな。
いっそのこと、棄権した方が……。
「駄目だ。麗華さんの内申書に酷いことを書かれるなんて、俺には耐えられない……」
どうすればいいんだ……?
と。
「さっきから、何をしてるんですか?」
「へ?」
いきなり声を掛けられて、振り向く。
今日は、麗華さんも先に登校してるし、俺一人のはずだったんだが……。
「って、賢崎さん!?」
「おはようございます、澄空さん」
「あ、ああ、おはよう」
俺に話しかけて来たのは、賢崎さんだった。
麗華さんと同じく、制服着て普通に登校しているだけで、とりあえず写真を撮りたくなる美形である(※というか、時々カメラ小僧さん達が撮っているらしい)。
と、その時、俺の脳裏に、ある風景がフィードバックしてきた。
思わず、新月学園のスカートから伸びる賢崎さんのしなやかな太もも……もとい、脚に目が行く。
「…………」
思い出すのは、ほんの数日前の出来事。
断層剣カラドボルグさえ弾き返すBランク幻影獣クラブと闘った時のこと。
……そうなのだ。
この、単品で撮影して広告代理店に送りつけても脚タレとして成立しそうな美脚には、実は、Bランク幻影獣クラブのハサミをサマソで根元からぽっきりやる威力が秘められているのだ。
新月学園生が万一直撃を受けたとすれば、その生徒は上半身が破砕するという極めて希有な痛みの体験ができるだろう。
うん。間違いなく、心を病むな。
「…………」
「……EOFを使わなくても、澄空さんがとても失礼なことを考えていることくらいは分かりますよ?」
「EOF?」
「アイズオブフォアサイトの略です」
なるほど。なかなかセンスのいい略語だ。
そして、若干拗ねたような仕草の賢崎さんが麗華さん並みに可愛いこともまた認めなければなるまい。
いや、それはともかく。
「そ、そうだよな! 賢崎さんは麗華さんと同じくらい天才だって言うし、手加減くらいできるよな!」
全長10メートルはある幻影獣をビルの5階くらいまで浮かせるアッパーカットを、どう手加減すれば安全な基準にまで落とせるのかは知らんけど。
「……噂には聞いていましたが、澄空さんは本当にBMP能力に詳しくないんですね」
わずかに真剣な声。
オープンフィンガーグローブに包まれた、とても凶器には見えない拳を凝視していた俺の視線が、眼鏡の奥の彼女の眼に戻る。
彼女の眼には、いつも俺の無知を諭してくれる友達が浮かべるような、僅かの呆れも穏やかな温かさもなく。
思いつめた、と表現してもいいくらいに真剣な表情が浮かぶ。
が、それは一瞬。
「では、少しだけ安心させてあげましょうか」
すぐに、いつもの知的だが穏やかな微笑みに戻る。
「安心?」
「ええ。【干渉攻撃倍率】はご存知ですか?」
「ご……」
ご存じないです、と即答しようとして思いとどまる。
即答は駄目だ。もう少し良く考えろ。
俺は頭も記憶力も悪いが、それなりに授業は真面目に聞いているはずなんだ。
賢崎さんがこうやって聞いてくる以上、俺はきっとどこかで聞いているはずなんだ!
《基礎中の基礎なんだがな……》
と、しばらく頭を捻って考えた後。
「思い出した! 【ウエポン】の属性持ちのことだ!」
叫ぶ俺。
「そうです。良く思い出せましたね」
ぱちぱちぱちと賢崎さん。
呆れられているのは間違いないが、それでも自分で思い出せただけ100倍ましだろう。
~それはともかく、【干渉攻撃倍率】について~
数ある【クラス】の中で、ウエポンクラスが特別だと言われる訳が、この干渉攻撃倍率だ。
簡単かつ大雑把に言うと、『まったく同じ出力のBMP能力だったとしても、敵幻影獣に与えるダメージが大きくなる』特性のことだ。
この倍率はウエポンクラス特有のものであり、決して例外はない。
というより、干渉攻撃倍率を持つBMP能力者のことを【ウエポン】と呼ぶ。
「では、その干渉攻撃倍率には個人差があるということは知っていますか?」
「あ、ああ」
それも知っている。
一般的に、麗華さんみたいな大出力BMP能力ほど低くて、三村みたいなタイマン系能力ほど高いと聞いたことがある気がする。
が、それでも、だいたい1.5倍から2倍くらいって聞いているけど。
「私の干渉攻撃倍率は、10倍以上です」
「ぶっ!」
別に何も飲んでなかったけど、思わず吹く。
「じ、10倍!?」
「賢崎出身のウエポン属性持ちは、たいてい干渉攻撃倍率が高いですね。『真なるBMPハンター』と呼んでくださる方もいらっしゃいます」
賢崎さんにしては珍しく、誇らしげに、ふんと胸を張って言う。
「と言う訳で、人間相手では私の力は10分の1以下。……というより、BMP能力なしの場合と変わらない、と言った方がいいでしょうね。自律機動は、身体能力強化系ではありませんから」
が、すぐに元に戻る。眼鏡なんぞをいじりながら、知的な女性風に戻る。
まぁ、それはともかく。
『真なるBMPハンター』という言い方は、凄く頷ける。
麗華さんや茜島光さんみたいな大出力系BMP能力は、幻影獣にとっても脅威だが、実は人間にとっても脅威となる。
もちろん俺にとっても他人事じゃない。前回の覚醒時衝動で身に染みてる。麗華さんがいなかったら、どうなってたことか。
だが、賢崎さんは違う。
『幻影獣にとってだけ』脅威になるのだ。
しかも大出力系ではないから、コストパフォーマンスもいい。
他のBMPハンターが偽物だなんていうつもりはないが、『真なる』の称号を冠しても何もおかしいことはないだろう。
《ということはだ》
ということは。
逆に。
…………人間同士として闘うなら、俺にも勝ち目がある?
「…………」
…………。
「馬鹿らし……」
「はい?」
「あ、いや。なんでもない」
ほんと、なんでもない。
賢崎さんの、眼鏡の奥の真摯で優しげな瞳を見ながら思う。
そう、バカバカしい話だ。
実は、俺は思い出していたのだ。
先日、イブニングドレスを着た保健医さんに言われた不吉な予言を。