動き出す陰謀?
さて、翌日。
俺は放課後の教室に一人ぼっちで居た。
ことの発端は、昨日の帰り道。
『ごめん。これからしばらく放課後は特訓するから、悠斗君と一緒に下校できない』
と、麗華さんが言い出したことだ。
とりあえず機嫌は直っているようだったのでホッとしていたのだが、その言葉通りに、今日の授業が終わった途端、
『じゃあ、悠斗君。特訓に言ってくる。先に帰っていて。あ、何か買い物があるなら言ってくれれば買って帰る』
『いや、特にないよ』
『そう。じゃ、行ってくる』
との会話を交わして、本当に一人で特訓に行ってしまったのだ。
麗華さんと一緒に帰るという大義名分を失った俺に、賢崎さんや小野が何らかのアプローチなり意味深なプレッシャーなりを掛けてくる!
と思ったが、二人とも、何か用事があるということで早々に帰ってしまった。
……ひょっとして、俺は自分で思っているほど、重要人物でないのかもしれない。
しかし、それならそれで気楽でいい。
賢崎さんや小野が俺に興味がないというのなら、俺もあの二人(※特に賢崎さん)を気にしなくて済む。
その代わりに麗華さんを気にすることにしよう。
あの天才美少女が『特訓』なんて、気になるからな。
と、HRが終わってから30分思考してようやくこの結論に至った俺は、麗華さんを探しに立ちあがった。
「聞いたか? 悠斗」
立ちあがった途端に、さっきまで自分の席で携帯電話で通話していた三村に声をかけられた。
「いや、聞いてない」
なんで俺が、クラスメイトの携帯電話通話を盗み聞かなければならないんだ。
と、俺が言うと、三村は呆れた顔をして、
「おまえは、女の子と同居しているのに、ドラマも見ないのか?」
「?」
なんの話だ?
「他に誰もいない放課後の教室でクラスメイトが怪しげな電話をしていたら、とりあえずこっそり盗み聞くのが作法だろう?」
「…………」
俺は、そんな異界の作法は知りませんが。
「まあいい。俺から改めて伝えよう」
と、三村が俺の前の席(※小野の席だね)に後ろ向きに腰を下ろす。
どうも、聞かないといけない話らしい。俺も、自分の席に座り直す。
と、三村はしばらくもったい付けるように間を空けてから。
言った。
「KTIが動き出した」
「…………」
「……」
「……KGB?」
「KTIだ」
自分が知っている単語の中で一番近そうなものを選んだのだが、あっさり三村に訂正されてしまった。
三村のしゃべり方は、外見通りにハキハキして聞き取りやすいものなので、聞き間違いということはないと思ったが、本当に聞き間違いではないらしい。
もちろん俺は『KTI』なる組織(※だよな、たぶん)は聞いたことがないが、三村のしゃべり方からは知っていて当然、という印象を受ける。
今更格好を付けてもしょうがない。
俺は素直に無知を晒すことにした。
「すまん、三村。俺は、その『KTI』っていうのが何のことだか分からないんだが」
「『Kawaikunakutemo Tsuyokereba Iinjanai』」
「は?」
「『可愛くなくても 強ければ いいんじゃない?』の略だ」
「……」
俺は黙って三村の額に手を当てた。
うん、少し熱い。
俺は黙って三村の腕を取って立ち上がる。
「悠斗待て。俺は病気じゃない。熱もない。ついでに言うと妄想でもない」
「最後の一つなら、もちろん放っておいてあげよう。とりあえず、保健室には連れて行かせてくれ」
「だから、誤解だ!」
「保健室の先生は、変わった格好してるけど美人だぞ」
「それはリサーチ済みだ。というか、今日突撃取材して玉砕してきた」
堂々と応える三村。まだミーシャ先生のことは全校集会でも紹介されていないのに、さすがだ三村!
と。
「何やってるの? 二人とも」
いつの間にそこに居たのか、眼鏡をかけたみつあみの女の子が、俺達を見ていた。
うちのクラスの委員長、新條文さんだ。
「いや、三村が高熱系の疾患か、あるいは精神系の疾患に罹患した可能性があって……」
「澄空に危機を伝えようとしてるんだ」
俺達二人の言い分が交錯する。
と、委員長はしばらく俺達の顔を見比べた後。
眼鏡を外して。
大慌てでみつあみをほどいて。
自分のカバンからメモ用紙とペンを取りだし。
「さ、どうぞ始めて!」
1-C委員長から新月学園新聞部新條文へスタイルチェンジした。
俺達は、そんな委員長をしばらく見つめて。
「その前に委員長。『KTI』は知ってるよな?」
先に三村が声をかけた。
「? もちろん知ってるけど」
「何の略だ?」
「『Kawaikunakutemo Tsuyokereba Iinjanai』でしょ」
何を今更、という顔で答える新條さん。
俺は三村の腕を放して席についた。
「許してくれ、三村」
「いいんだ悠斗。俺の話し方も悪かった。……ああ、委員長。助かった、ありがとう。もういいから、席外してくれるかな」
「ううん。もちろん、外さない♪」
分かり合う男二人に、めちゃくちゃいい笑顔で詰め寄る新月学園新聞部員。
カオスだ……。なんだかとっても、カオスだ。
「ちょっと訳ありの話なんだ」
「『KTI』がらみなのね……。大丈夫。私は基本的に澄空君の味方よ」
「いや、でもな……」
「新聞部の方でも何か協力できることがあるかもしれないし……。もちろん記事にする時は、内容とタイミングについて、二人の許可を取ることにするわ」
「いいのか、それで?」
「澄空君は特別よ。ターゲットが三村君だったら、容赦なく掻き捨てるけど」
俺をそっちのけで交渉が成立している。
それはともかく、委員長の最後のセリフ、絶対わざと発音間違えたな。
まあ、とにかく交渉は成立した。
委員長が律儀に自分の椅子を俺の机の横まで持ってきて腰掛ける。
「じゃ、はじめて頂戴」
委員長は机にメモ帳を置いて、書記の体勢を取る。
「とりあえず、まずは『KTI』の説明からだな」
「頼む」
『ああ、悠斗君。KTIのことも知らないのか。まぁ、しょうがないよね。ううん、むしろこういう天然さが読者をつかむのよ。さすが悠斗君』と聞こえるように小声で言う委員長をスルーしながら、俺は先を促す。
「まあ、名前の通り、可愛い子を目の敵にしている連中だ」
「女の子の不良グループみたいなのか?」
「いや、メンバーは女の子限定だが、騎士道精神を重んじる、なかなか気持ちのいいグループだ」
「…………」
設定のややこしい方達だな。
「十六夜朱鷺子さんは知ってるな?」
「『魔弾』だろ。さすがにそれくらいは知ってる」
俺は答えた。
魔弾の十六夜朱鷺子。
名前の通り遠距離系BMP能力の達人で、引退した今でも、天閃の茜島光さんと双壁と呼ばれている凄い人だ。
「彼女は別名『ぽっちゃりさんの星』と呼ばれていてな……」
「…………」
なんだ、その失礼な二つ名は?
まあ、確かに少し太めの人ではあったらしいが。
「つまり、十六夜さんのように『美人と言われる容姿でなくても、BMP能力を鍛えて幻影獣を倒すことで、お金と名誉とステータスを得て幸せになれる』というポリシーで、日々BMP能力を鍛えている新月学園の同好会ということよ。ちなみに本当に十六夜さんが設立した組織なのかどうかは、新聞部でも意見が分かれているわ」
「…………」
三村を引き継いで説明してくれる委員長に、とりあえず感想は控える俺。
「全員がBMP能力を発現している訳じゃないけど、結構強い子たちも混ざってる。『五帝』の一人、二雲楓さんもいるしな」
三村のセリフにまた知らない単語が混じっているが、とりあえず今は先に話を進めよう。
「戦力はともかく……、話を聞く限り、害はなさそうなんだけど?」
俺の疑問に、委員長もふむふむと頷く。
と。
「今年は剣と賢崎さんが居る」
「…………!」
「…………!」
揃って絶句する俺と委員長。
「あれだけ反則級高スペック美少女の二人だ。KTIが本気になっても批判は少ない。というより、動かないとグループの存続意義を問われかねない状況らしい」
「い、いやしかし、動くと言ってもどうやって? 正々堂々がポリシーなんだろ?」
「正々堂々ルールに則って闘える舞台が、もうすぐある」
「へ?」
と唖然とする俺とは対照的に、委員長は何かに気づいたように頷いた。
そして言う。
「体育祭ね」