新キャララッシュ2
「という訳で、今日からこのクラスに編入してきた【アックスウエポン】小野倉太君です」
何が『という訳で』なのかは全くもって不明だが、緋色先生は言った。
先生の横には、二時限目の休み時間に屋上で会ったばかりの線の細い美少年。
そして、今は四時限目。
『早過ぎだ』と思った。
なにが「近いうちに」だ。めちゃくちゃ直後じゃないか!
と。
「倉太……?」
意外な所から声がかかる。峰だった。
「久しぶりだね、達哉」
小野も答える。
……知り合いか?
「入院中にちょっとな」
俺と同じ疑問を抱いたクラスメイツの視線に応える峰。
そういや、峰はしばらく入院してたんだったな。
「じゃ、みんな何か質問はないかな?」
緋色先生がクラスメイツに問いかける。
? 妙だな? 微妙にテンションが低い気がする。
「その前に、僕から自己紹介をさせてもらってもいいでしょうか?」
「ああ……。それもそうね。どうぞ」
緋色先生が、あっさり譲る。
確かにそれが普通の段取りだろうが、何か違和感がある。
「ご紹介にあずかりました【アックスウエポン】小野倉太です。BMP能力は『引斥自在』。主に、物体を引きよせたり、引き離したりする能力です」
自然に自己紹介を始める小野。
「BMPは161です」
そのセリフで、クラスにざわめきが起こる。
俺や麗華さんが異常に高いだけで、たいていのBMPハンターはそれほど高いBMP値を持っていない。
いわゆる一流ハンターと言われる人たちの中でも、BMP140以下の人はざらにいる。
かいつまんで言うと。
BMP103:人類の平均
BMP110:BMP能力発動下限。
BMP120:幻影獣に有効な攻撃が加えられる。
BMP130:普通に強い。
BMP140:エリート。
BMP150:超エリート。
BMP160:伝説級。
BMP170:基本的に人類には不可能。
BMP180:異常。
こんな感じだ。
もちろんBMP能力値の高低だけで強さが決まる訳ではないが。
160以上のBMP値の持ち主なら、普通の人なら知っていて当然のはずなのだ。
だが、俺もクラスメイトも、この小野という少年のことを知らない。
「皆さんに馴染みが薄いのは当然です。僕は、つい最近まで能力が制御できなくて、BMP能力者関係の施設で過ごしていました。BMP管理局にハンター登録したのも先月のことです」
クラスメイツの疑問に答える小野。
……麗華さんと同じような境遇か?
「もちろん覚醒時衝動も経験済みなので、心配は要りません」
皆の意識が一斉に俺の方に向いた。
……ような気がした。
しかし、緋色先生が妙に大人しいな。
何か気になるぞ。
と。
「で、ここに来た目的は何なのかしら?」
緋色先生が急に口を挟む。
先生とはいえ、自己紹介の途中で口を挟むのはルール違反なのだが、誰もそれを指摘しなかった。
緋色先生が、ごつい眼帯を外し、深緑の右眼を全開にしていたからだ。
「賢崎一族が悠斗君に接近を始めたのとは逆に、色々と彼に思うところがある人達もいるそうね?」
深い瞳と深い声を出す、先生。
俺は思わず賢崎さんを見る。
……彼女は、浅い笑みを浮かべていた。
え、何これ?
今、シリアスパートだっけ?
「そういう人達がいるのは否定しませんね」
しれっとした顔で言う小野。
「そういう人たちとお友達という可能性は?」
「友達ではありませんね」
「へえ……」
緋色先生の【アイズオブエメラルド】の輝きが、目に見えて強くなったような気がした。
教室内に緊張が走る。
「小野君」
「はい」
「あなた」
「はい」
「実は男の子が好きってことはない?」
はい?
「? 僕は人間……あ、いや、そういう方面には疎いんですが……」
いきなりの超展開に、小野も困惑している。
……というか、これは……。
「えー。このタイミングで美少年系が登場ってことは、絶対ボーイズラブ展開だと思ったのにー」
何を言っているんだ、このこども先生は?
「あ、あの、先生?」
クラス全体が唖然とする中、三村が口を開く。
「い、今の、シリアスっぽい会話は……」
「あー。最近ほら、学園に刺激がなくてみんな退屈してるかなと思って。先生からのドッキリサプライズ」
コロコロと笑いながら言う、緋色先生。
「そ、倉太は?」
峰も聞く。
「いや。……ビックリしたよ」
と答えるところを見ると、どうやら小野も聞いていなかったらしい。
「いや、先生もびっくり。打ち合わせなしで、あれだけ完璧に対応するなんて。一瞬、本当に悠斗君を狙う悪の組織の手先かと思ったわよ」
嬉しそうな、緋色先生。
「と言う訳で、後藤さん」
「は、はい」
返事をしたのは、俺の前の席に座っている女子高生・後藤さん。
なかなかの美人なのだが、両斜め後ろに反則級の美人が二人もいるので、色々と損をしている(※と三村が言っている)気の毒な女性である。
まあ、それはともかく、そんな後藤さんに向けて、緋色先生は言った。
「席開けて。そこに、小野君に座ってもらうから」
無茶苦茶だ。この人、今日は特に無茶苦茶だ。
◇◆◇◆◇◆◇
結局のところ、小野は俺を狙う黒幕の手先でも、男の子が好きな男でもなかった訳だが、それでもかなりミステリアスなクラスメイトには違いなかった。
161という高BMPや、麗華さんと似たような経歴はもちろん、もうとにかく雰囲気がミステリアスだった。
おまけに美少年。
クラスの女の子達が集まるのは当然と言えた。
それ自体は問題ないのだが……。
5回に1回くらいの割合で、俺の方をちらっと見るのが気になる。
仮にもBMP能力者であれば、【BMP187】に興味を持つのはおかしいことではないと思うけど……。
何か、気になる。
これが俺の前の席の話。
そして右隣りは、小野に『賢崎藍華は澄空悠斗に一族の優秀な女性達を紹介するつもり』と与太話を聞いて以来、ますます分かりづらくなった賢崎さん。
左隣は、まだちょっと機嫌が悪い(※んだと思うんだけど、実際のところは良く分からない)麗華さん。
まあ、とにかく、今は教室には、あんまり戻りたくない気分と言う訳だ。
なので、いくらお気に入りのささみチーズフライとはいえ、がっついたのはまずかった。
食堂を出たものの、昼休みが終わるまで、まだあと30分はある。
「うーん……」
どうしよう。
できたら、もう少し時間を潰したい。
と。
「ん?」
【保健室】と書かれたプレートが目に入った。
「保健室か……」
そういえば、これだけデンジャラスな生活を送っているのに、この学園の保健室には入ったことがなかった。
「…………」
ちょっといいことを思いついた。
午後の授業が始まるまで、ここで寝るというのはどうだろう?
別に仮病と言う訳じゃない。
俺は昨日、Bランク幻影獣を激闘のすえ倒した3人組のうちの一人。
しかも、今日は朝から二人も新キャラを迎えて、精神的にちょっと疲れている。
ベッドに空きさえあれば、30分くらい寝かせてもらっても、バチは当たらないはずだ。
わずかな後ろめたさを覚えながらも、保健室の扉に手を掛ける。
「大丈夫……」
保健室の先生は、人の良さそうな年配のおばさんだと三村が(※悔しそうに)言っていた。
きっと、今の俺の微妙な気持ちを踏まえて、ベッドを貸してくれるはず!
俺は意を決して、扉を開いた。
「……!」
そして、閉めた。
「…………」
どうも俺は、自分で思っているよりも疲れているらしい。
あり得ないものが見えてしまった。
「……帰ろうか」
もう今日は帰ろう。
保健室でちょっと寝るよりも、家に帰って明日の朝まで眠りこけたい。
というか、もう一度この扉を開けて、中身を確かめたくない。
「よし、帰ろう」
俺が決心して、踵を返したところで。
「さっきから何をやってるの?」
扉が開いた。