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BMP187  作者: ST
第三章『パンドラブレイカー』
70/336

新キャララッシュ

そんなこんなで波乱含みで始まった、ある夏の日。

その朝のホームルームでのこと。



帰りたい。

俺は、この学園に通い始めてから、初めてそう思った。



「…………」

「…………」

教室には沈黙が満ちている。

壇上には、右眼にごつい眼帯をした【アイズオブエメラルド】こと、このクラスの担任・緋色香先生。別名・こども先生(※俺しか呼んでないけど。しかも怒られる)。

そして、その横には麗華さんクラスの美少女。

あんな物理法則を無視した美形がそう何人もいる訳がない。



賢崎藍華さんだった。



昨日、Bランク幻影獣を倒した後、「すみません。まだ新社長への引き継ぎが残っているので、これで」とロクに話もできないまま別れて以来の再会だった。

今日は眼鏡をしているけど。


「えーと、質問は、なしでいいのかなー? 先生今日は気分がいいから、なんでも答えちゃうわよー」

なぜか上機嫌の緋色先生。

「質問に応えるのは先生ではなくて、賢崎さんのはずです」などという意見は、まったく通りそうにない。


一応いまのうちに誤解を解いておくが、別に賢崎さんが取っつきにくそうだから皆が黙ってしまった訳ではない。

緋色先生に促されて自己紹介した賢崎さんは、昨日感じた通り、知的な美人ではあるが、冷たいという印象は全くなかった。

凛とした雰囲気の中にも、どこか親しみやすい空気を漂わせているというか。

麗華さんの無表情を見慣れているから、余計にそう感じるのかもしれないが。

まあ、賢崎さんが(※俺の時とは違って)怖がられている訳ではない。

では、何が問題なのかというと……。


「は、はい!」

と手を上げたのは三村。

皆、「おお! ついに行ったか!」的な視線を送っている。

「け、結局のところ、澄空とはどんな関係なんですか?」


言った途端。

クラス全員の視線が、俺と賢崎さんの二手に別れる。


どうも、昨日俺達がBランク幻影獣を倒した時の特番は、賢崎グループがかなり露骨に前面に出てきたらしい。

『彼こそ時代に選ばれた救世主』とか何とか。

それまでどちらかというと俺に無関心だった賢崎グループの豹変は、昨日から(※俺が知らなかっただけで)かなり噂になっていたらしい。

そして、今日、突然の俺のクラスへの編入。

ほんとに偶然だとしても、皆が気になるのは当然と言えば当然だった。

というか、偶然だと考えるのは、さすがに厳しい気がしてきた。


「そうですね……」

失礼な三村の質問にも、全く気分を害した様子を見せない賢崎さん。

「尊敬に値するBMPハンターだと思っています。ただ、みなさんが想像されているような大げさな話はないと思います。賢崎本家が少し騒ぎすぎているので無理ないのかもしれませんが。私がここに通うことにしたのは、あくまでBMPハンターとしてのブランクを取り戻すことが目的ですから」

返答も無難だった。

「ただ……」

が。

「賢崎の次期後継者として『BMP187』に興味がないと言えば、嘘になりますね」

一瞬だった。

ほんの一瞬、それまでの親しみやすい目から一転、心の底まで見通すような、底知れない視線をこっちに送って来た。


こ、これが、ひょっとして噂に聞く(※というか、昨日麗華さんから聞いたんだけど)賢崎藍華さん【アイズオブフォアサイト】か!

敵の動きはおろか、心の動きまで先読みし、思い通りの方向へ誘導できるという!

……と。


「せ、宣誓!」

懐かしい言い間違いをして、俺の右隣りの席の子が立ち上がる。

「私、中央付近の席に強い憧れがあったのを思い出しました! 今から移りますね!」

と、賢崎さんのために用意されていた真ん中最後尾の席に高速移動する。


「…………」

「…………」

質問に立ったままの姿勢で立ち尽くす三村と、さらに静まり返るクラスメイトと、もう穏やかな表情に戻っている賢崎さんと、とりあえず一通りテンパってみる俺。


「う、うーんと、どうする悠斗君。先生的にはどう見ても断れる雰囲気じゃないとは思うけど、一応無駄な抵抗してみる?」

Sな緋色先生が、妙に嬉しそうな顔をする。

俺も無理だと思うけど、一縷の望みをかけて麗華さんの方を見た。

「…………」

麗華さんは、我関せず、と言った顔で黒板を眺めつづていた。



…………どうやら、無理みたいです。



◇◆◇◆◇◆◇



「疲れた……」


思わず声に出して呟いてから、俺は柵に寄りかかった。

ここは屋上。

何年か前に失恋を苦に自殺した女生徒が居るとかいう噂も事実もないうちの屋上は、普通に出入り自由だった。

フェンスのようなものもなく、安全設備と言えば、俺が寄りかかっている俺の胸までくらいしかない柵のみ。


「はぁー……」

最近お気に入りになっている【レッドマウンテン】という缶コーヒーを飲みながら、俺はため息をついた。

疲れたのだ。


賢崎藍華さんは、会う前の俺の予想とは違って、本当に良くできた女性だった。

知的で冷静なのは予想通りだったが、相手を見下したり、威圧感を与えるような所が一切ない。

休み時間中、自分の机を取り囲んで質問の集中砲火を浴びせてくるクラスメイトに、いちいち完璧な受け答えをしていた。

問題なのは。


質問する度に、クラスメイトが俺の方をちらっと見ることだ。

そして、5回に1回くらいの割合で、賢崎さんも俺の方を見ることだ。

俺のBMP187が人類最高で、賢崎財閥がBMP能力者の守護者を標榜する一族なのは分かったが、それと賢崎さんが俺の隣で学生生活を送る因果関係が分からない。

同じ【天才美少女類考えていることが分かりづらい系】でも、麗華さんの方が、まだ分かりやすい。


「ふぃー」

【レッドマウンテン】をもう一口飲んで、ため息を吐きだす。

そうだった。麗華さんの様子もおかしいんだ。

朝から機嫌が悪い。

いや、麗華さんだから例によって感情が読みにくいんだけど、あれは機嫌が悪いと判断していいだろう。

なぜなら、俺が『麗華さん。ちょっと。無茶苦茶居心地悪いから、何か俺と会話して』と目線で訴えかけても『ごめん、今、予習で忙しい』と視線で返されてしまう(※普段予習なんかしない癖に)。


つまり俺は、机の両サイドから異なる天才系美少女のプレッシャーを受けて満身創痍と言う訳だ。

だから、2限目の休み時間はこうして屋上に逃げ出してきた。



と。

「良くないね」

突然後ろから声が掛けられてきた。



「昼休みならともかく、2限目の休み時間から黄昏れるのは良くない」

「え?」

「慌ただしいだろう? 時間がなくて」

声をかけてきたのは、新月学園の制服に身を包んだ見知らぬ少年だった。

美少年と言えばいいのだろうか。

峰や三村とはタイプの違う、線の細い少年だった。


「昼休みは駄目だ」

「どうして?」

「ささみチーズフライを食べに行かなくてはならない」

そして、今現在、教室に猛烈に戻りたくない。

「悩みがあるなら、相談に乗るよ」

と、少年は、まるで10年来の友人のように当然に、俺の隣で俺と同じように柵に肘をついた。

不思議なことに、俺の方も驚くほど違和感を感じない。


「いや、悩みなんて偉そうなものじゃないんだけどな……」

俺は普通に話していた。



~事情説明中~



「ふむ」

と少年。

「剣さんのことは分からないけど、賢崎さんの方は簡単なんじゃないかな?」

「へ?」

「スカウトだよ」

「スカウト?」

なんのこっちゃ。


「賢崎一族が、積極的に優秀なBMP能力者を一族に加えていることは知っているだろう?」

いや。

「知らん」

「……加えているんだ。賢崎一族の中だけじゃ限界があるからね」

俺の無知にもくじけることなく、話を進める少年。

「さすがに、賢崎藍華本人の婿にするのは無理があるけど、一族の優秀な女性『達』を紹介するつもりなんじゃないかな」

「しょ、紹介って……」

「後継者づくりだよもちろん。優秀なBMP能力者は、他に生産の方法がないからね。君の遺伝子なら競争率も高そうだ」

「せ、生産って……」

別に女嫌いではないが、若干奥手な俺は絶望的なうめき声を上げる。

というか、話が生々しすぎる。


が。

「……と、ミーシャが言っていた」

……伝聞情報か。

「……という、設定はどうだろう?」

しかも、オチかよ、おい!


少年の破天荒な言動に、思わず(※格好つけて吊り下げ持ちをしていた)缶コーヒーを取り落としてしまった。


「しまった!」

まだ、60円分は入っているのに!


まるで映画のように、黒い飛沫をまき散らしながら自由落下していく【レッドマウンテン】。

と、突然、コーヒー缶が空中で停止した。

「…………?」

いぶかしむ俺の前で、重力を完全に無視した動きで缶コーヒーが浮き上がってくる。

隣で腕を伸ばす少年の右手に向かって。


「…………」

【レッドマウンテン】は少年の右手に収まっていた。

60円分のコーヒーが、まだその缶の中に残っている。

と、少年は、缶に口を付けた。

って、飲むんかい!


「ああ、しまった……」

俺の非難の視線に気づいたのか、少年は気まずそうな顔をした。

「これじゃ、間接キスになってしまうね」

そんな話はしていない。


が、少年は意に介さず、全部飲んでしまった。


「よっ……と」

カラになった缶の上下を押さえる少年。

と次の瞬間、レッドマウンテンの缶は小気味いい音と共にぺしゃんこになった。

そして、手首のスナップだけでそれを投げる少年。

缶は、完全に物理法則を無視したあり得ない速度で飛んでいき。

たぶんそこを狙ったのであろう中庭のゴミ箱の、1メートルくらい離れた地面に突き刺さった。

「…………」

「……まあ、コントロールは別だから」

…………なんやねん、それ。


と。

「悩むことなんてないよ」

突然、さきほどの失敗を完全無視したかのように、少年の声のトーンが変わる。

「君の望むままにすればいい」

BMP能力者特有のプレッシャーが今更のように感じられる。

「欲しいものを手に入れて、嫌いなものは遠ざければいい」

そして、わずかな悪寒……いや、違和感。

「君はBMP187なんだから」

と、唐突に少年は踵を返した。


茫然とする俺の前で、少年は5・6歩ほど歩き。

また、こちらに振り向いた。


「僕は【アックスウエポン】小野倉太。能力名は引斥自在ストレンジャー

「…………」

「近いうちに、必ず君の前に立つ存在だよ」

「な、なんで?」

「秘密」


と、少年……小野倉太は儚げな顔をし、

「でも、その時はよろしく」

言った。

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