第二章『ウエポンテイマー』エピローグ
エピローグ
Aランク幻影獣率いる幻影獣軍とのBMP管理局での籠城戦という、なんらかの節目であるのは間違いない大きな闘いが人類の勝利で終わってから1週間。
世界は、未だ興奮の中にあった。
Aランク幻影獣を撃破した英雄について、本人のプライバシーを尊重するということで顔出しNGにしたのが、逆に神秘めいた魅力を加味してしまっているらしい。
それは、ここ、賢崎グループ傘下・アドバンテック新月の社長室でも同じだった。
「失礼します。賢崎社長」
いかにも強面の、しかしダンディな中年男が重厚なドアをノックする。
「どうぞ」
と若い女性の声に促されて中に入る。
社長室の中から聞こえてきたにしては意外な声だが、ダンディは別に驚きはしなかった。
なぜなら、ここアドバンテック新月の社長は、実際に高校生くらいの少女なのである。
もちろんスーツは着ているが。
が、この日ばかりは、若干驚いた。
「どうしました、佐藤部長?」
「いえ、今季の決算報告を持ってきたのですが……」
娘より若い少女に、最上級の敬意を払いながらも、やはり佐藤部長は疑問符を浮かべていた。
「賢崎社長がとても楽しそうな顔をしていましたので。何か面白い記事でも載っているのですか?」
と、佐藤部長は、書類を少女の机に置いた。
「もう勤務時間も終わりですし『社長』はいいですよ」
眼鏡の位置を直しながら、少女は微かに微笑む。
その顔は、少し整いすぎではないか、というくらいに美形だった。
そんな風に言われたのもずいぶんと久しぶりだったので、ダンディは若干驚きはしたが。
「でしたら、昔のように、お嬢様とお呼びしましょうか?」
「藍華でいいですよ」
「それは無理です」
佐藤部長は断固として断った。
「いったい、何をお読みで?」
「これです」
と差し出される、やけに薄っぺらい新聞。
「季報・新月? これは、ひょっとして学校新聞と言うやつですか?」
「BMP管理局の情報統制はなかなかですが、さすがにここまで手を回したりはしなかったみたいですね」
盲点だったというよりやり過ぎだと思ったからでしょうね、と付け足す眼鏡美少女社長。
商売柄身に付いた速読で、ざざっと読み通す佐藤部長。
編者は新條 文というらしい。
高校生なので技術的にまだまだの所はあったが。
「なかなかいい文章を書きますな」
センスはあると思う。
それに何より、文章から感じる真摯でひたむきな感じが良い。
(うちの娘も、これくらい頑張ってくれればな)
と佐藤部長が思ったのは余談だ。
ちなみに、佐藤部長の娘さんが意外に頑張り屋さんなのも、まあ余談だ。
それよりも。
「しかし、これはひょっとして、本人に直接取材ができているのでしょうか?」
気になるのはそこだ。
想像で描いたにしてはやけにリアリティがある。というか、これがフィクションならば、この編者は新聞記者ではなく、作家にでもなった方がいいのではないだろうか?
「でしょうね。澄空悠斗と同じ高校に通っていますから」
「なんと」
言われて見れば、BMP管理局籠城戦の話だけではなく、澄空悠斗の普段の高校生活についても事細かに書かれている。
学食にささみチーズフライを復活させる意見書を毎週欠かさず出しているエピソードなどは、さすがに同じ高校に通ってなければ無理だろう。
「ちなみに、ソードウエポンも同じ高校ですよ」
「なんと。……といっても『新月』はBMPハンター養成校としては超名門ですからな。別に驚くことでもありませんか」
載っているのが澄空悠斗と剣麗華の話だけで、他のことが一切書かれていないのは、学校新聞としては軽く驚きではあるが。
「澄空悠斗ですか。まさしく救世主と呼ぶに相応しい活躍を見せてくれていますが、お嬢様も気になるので」
「ええ、かなり。覚醒したてでBランク幻影獣を破った頃から気にはなっていたのですが、最近では、仕事中以外はしょっちゅう彼のことを考えています。ひょっとして、これが恋なのでしょうか?」
「…………!」
いきなりの意表を突いた少女のセリフに、佐藤部長はオーバーアクションで後退した。
部下が見れば、半年は仕事帰りの飲み会のネタにされそうなくらいイメージと合わない仕草だった。
一応、昼間は強面な管理職なのである。
「お、お嬢様の考えることは、私などには到底理解の及ばないところです……」
「冗談ですよ?」
「わ、分かっちょります」
噛んだ。
「ところで、佐藤部長。社長をやる気はありませんか?」
「は、はい!?」
今度は奇声を上げてしまうダンディ。
「もう、このアドバンテック新月の経営も軌道に乗ったみたいですし、私がいなくても大丈夫でしょう。佐藤部長なら、取締役の方たちにも部下の方たちにも評判がいいですし。人事的にはちょっと無茶ではありますが」
「ま、まぁ、お嬢様が言えば通ると思いますが。お嬢様以外なら、誰がやっても大差ないですし」
自嘲ではなく、心底そう思う佐藤部長。
「では、お任せしてもよろしいですか?」
「い、いえ、少し待ってください。私自身の心の準備や社内の反応はともかく、お嬢様はどうされるつもりなのですか? もう賢崎グループ内の不採算部門はあらかた片付きました。私はこのまま、賢崎グループを継がれるまで、お嬢様はここで羽を休めるつもりだと思っていたのですが」
この超一流企業の社長席を腰かけと評してしまうのは相当なセンスだが、この少女の場合は、あいにく間違いではなかった。
「あ、ひょっとして、お父様の所で本格的に後継者としての修業を……」
「いえ、高校に入ろうかと思います」
少女のセリフにダンディは一瞬止まった。
確かに、この少女は高校には行っていないが、小学生くらいの時に国外の超一流大学を首席卒業した彼女に、どうして高校が必要だというのだろうか。
……いや。
「もしや、お嬢様……」
「賢崎の本当の役目は、企業経営ではないのですよ」
「それは……確かにその通りですが。今のお嬢様は、国内どころか世界でもなくてはならない経営者の一人になっております。ソードウエポンや澄空悠斗など優秀なBMPハンターが次々と生まれている今、お嬢様はもっと他の形で彼らの助けになることができるのでは?」
佐藤部長は、アドバンテック新月の優秀な管理職ではあるが。
同時に、賢崎本家と浅からぬ因縁がある。
一言で言うと、丁稚奉公をしてただけだが。
「賢崎のBMP能力は特殊です。他の誰にも代わりはできません」
「…………」
「その時が来れば使わなければならないと。……母も言っていました」
僅かに表情を曇らせて言う、賢崎藍華。
その表情をなるべく見ないようにして、佐藤部長は問う。
「澄空悠斗がその人物だと?」
「それは、分かりません」
アドバンテック新月最上階から見える街並みを見下ろし。
そして言う。
「だから、それを確かめに行こうと思います」
第二章『ウエポンテイマー』完。