ソードウエポンvsウエポンテイマー
『7月24日19時20分・C』
「幻想剣:断層剣カラドボルグ!」
数発撃つたびに現世から撤退しようとする『カラドボルグ』を、麗華は再度召喚する。
とっくに限界を超えている麗華には、安定した状態でカラドボルグを具現化することができないのだ。
もちろん、こんな中途半端な召喚は、さらに燃費が悪いことは間違いないのだが、もうそんなことを言っている場合ではなかった。
「悠斗君!」
呼びかけると共に、澄空悠斗に向かって断層剣を振るう。
別に、血迷った訳ではない。
その証拠に、澄空悠斗の背後に浮かぶカラドボルグもどきが数本反応し、迎撃の断層を作りだし、麗華の断層攻撃を受け止める。
「はぁ……はぁ……」
カラドボルグの空間亀裂で空間亀裂が受け止められるというのは、ついさっきまで麗華自身も知らなかったが、おかげでだいぶ助かっていた。
わずかながらも、牽制に使えるからだ。
とはいえ、発射口の数が違い過ぎる。
麗華はもちろんカラドボルグ一本だが、宙に浮かぶ悠斗のカラドボルグは、20数本はある(幸いと言うべきか、後の20数本は干渉剣フラガラックのままだった)。
「くっ……」
大きく飛び退く。
カラドボルグもどきの攻撃によって、地面に出来そこないのアスタリスクのような亀裂が走る。
一本一本の動きは緩慢だが、威力はオリジナルカラドボルグと大差がない。当たると死ぬ。
「く……」
かわした先にも、またカラドボルグが3本ほど。
視界を覆うように、複数の断層が迫ってくる。
反射的に放った麗華の空間亀裂が受け止める。
「うっ……く。は……はぁ……」
やんわりとした吐き気のようなものをこらえながら、麗華は焦っていた。
とてもじゃないけど、最後まで持たない。
自分の調子が最悪なのは最初から分かっていたが、あれだけ馬鹿げた力を振りまわしている悠斗が、まるで息切れしそうにないのは誤算だった。
いつも肉体の方が先にバテているらしいから気付かなかったが、どうやら、あれが澄空悠斗の本来の容量らしい。
「れ、麗華さん……」
「え?」
予想外の声に、振り返る。
そこにいたのは、緋色先生と本郷エリカ。あと、倒れたまま動かない三村と峰。
悠斗のカラドボルグによって、どんどん悪くなる足場を逃げ回っているうちに、最初の場所に帰って来てしまったらしい。
(これは……まずい)
倒れたままの三村と峰はもちろん、緋色先生とエリカも、悠斗の多重カラドボルグをかわせるとは思えない。
悠斗のカラドボルグズは、今のところ麗華をターゲットにしているが、その後ろに他人が居ても全く気にしないだろう。
というか、すでに8本ほどが攻撃態勢に入っている。
牽制してやり過ごせるような状況ではない。完全に相殺するしかない!
「幻想剣:断層剣カラドボルグ!」
残った最後の力を振り絞るつもりで、断層剣を実体化させる。
そして、一閃。
かなり際どかったが、なんとか相殺できた。
が。
「あ、あれ……?」
また消えた。
カラドボルグが。
当然、もう一度具現化しようとするが。
「…………」
出てこない。
どうイメージしても。
どう集中しても。
ついでに、手のひらを上下にブンブン振ってみても。
出てこない。
「これは……」
『エンプティ』。
BMP能力の枯渇である。
麗華にとっては、ほぼ10年ぶりの現象だった。
剣麗華は確かに天才ではあるが。
さすがにBMP能力なしで、20数本のカラドボルグの攻撃をかわし続けるのは不可能だった。
「…………」
使えないものは仕方がないので、今できることに思考を巡らせる。
あの宙に浮かぶ断層剣にとっての弱点は、言うまでもなく澄空悠斗本人である。
攻撃の軌道に彼を入れてしまえば、必殺の断層を作ることはできなくなる。
だが、ちまちま動いていたのでは、一歩間違えれば、澄空悠斗が自身の作りだした断層で真っ二つになってしまう危険がある。
「組みついて羽交い絞めにする」
そうして、澄空悠斗自身を『盾』にして、彼がBMP能力を使い切るのを待つ。
実は、この作戦は最初から考えてはいたのだが。
その隙がなかったのだ。
が、BMP能力を使い切ってしまった今となっては、もうこれしか方法がない。
自分でも驚くほど、悠斗を見捨てるという選択肢は浮かんでこなかった。
「行くよ。悠斗君」
宣言とともに、飛び出す。
同時に、牽制を受けなくなった20数本のカラドボルグズが、元気いっぱいに麗華を狙う。
繰り返すが、麗華は天才である。
本体にほとんど意識がない状態での、遠隔断層剣の攻撃パターンなど、ここまでの戦闘でほぼ解析できていた。
飛び越え、潜り、かわし、抜け。
完璧な動きで、澄空悠斗に迫る。
が。
「っ……!」
足元に鈍い衝撃。
酷使に酷使を重ねて、限界以上に疲労していた麗華は激しく転倒した。
普段の優雅さからは想像できないほど、無様で豪快な転倒だった。
繰り返すが、カラドボルグの攻撃は全て把握していた。
だから、これまでの戦闘で歪に歪み、斬り裂かれ、そして隆起した地面の一つに足を取られた麗華を誰が責められるだろうか。
「…………」
仰向けに寝そべるような体勢で大地に投げ出された麗華。
見上げる先に浮かぶのは、彼女自身のBMP能力を模した20数本の断層剣。
彼女は天才である。
逃げるルートも術も、ただの一つもないことがすぐに理解できた。
「…………」
約束は破っていない。
なぜなら、自分が死ぬのは澄空悠斗の目の前だ。
だが、それを悠斗が悲しむかもしれないということは……。
あえて考えないことにした。
だって。
「これは……無理」
いや、最初から無理だったのだ。
相手のBMP能力は、とても強大で。
しかも、自分はBMP能力が使えず。
守りたい誰かのために、逃げることもできない状態で。
それでも何とかできる人間など。
「……」
人間など。
「………………」
たった一人だけど。
「知っている……!」
稲妻のように起き上がる剣麗華。
そのまま『宙に浮く悠斗が召喚したカラドボルグ』の一つを引っ掴んだ!
どうしてそんなことができると思ったのか分からない。
というか、ほんとにそんなことができると思ったかどうかも分からない。
まあ、悠斗なら『たぶん大丈夫』とか言うだろう。うん、たぶん大丈夫。
掴まれた劣化版カラドボルグは、一瞬、抵抗するように激しく動いたが。
「悠斗君は遠くなんかない」
握る力の強さに圧倒されるように。
「私も、同じ気持ちを持っている!」
想いの強さに屈服するように。
あっさりと、その抵抗をやめた。
同時に、完全に不可視化しカラドボルグを保持していた豪華絢爛が、ガラスが割れるような音とともに砕け散る。
「幻想剣:断層剣カラドボルグ!」
渾身の力を込めて、剣を振るう。
20数本マイナス1本のカラドボルグズは、全員一致で、その一撃を受け止め。
そして、動きを止めた。
「…………?」
カラドボルグを奪った麗華の前で、宙に浮いたまま動きを止めるカラドボルグズ。
何かとんでもない攻撃の前振りかと警戒する麗華だが。
カラドボルグ達は、動き出す気配が全くない。
麗華の仰天行動に面喰ったのか。
それ以外の理由なのか。
澄空悠斗は、苦しんでいるように見えた。
「どうして……?」
全ての力を使い切らなければ、覚醒時衝動は終わらない。
「どうして止めるの?」
自分が『全て受け止める』と宣言したのに。
澄空悠斗が苦しまないで済むように、全ての力を自分に吐き出してほしいのに。
何度か呼びかけて。
それでも反応がないと分かった剣麗華は。
澄空悠斗に近づき。
断層剣カラドボルグを澄空悠斗の首筋に当てた。
同時に、しぶしぶといった感じで宙に浮かぶカラドボルグ達が麗華の身体を取り囲む。
一歩間違えれば身体を輪切りにされる状態ではあるが、悠斗にもカラドボルグズにも戦意は感じられない。
若干の焦りと疑問と共に、彼女は言う。
「応えて、悠斗君」