追想~クリスタルランスvsBMP187~
少年の発した電撃により、犬神彰は静かに倒れた。
「え、え……?」
茜島光が疑問を浮かべる。
一瞬予想した最悪の惨劇は起こらなかったが、別に状況が良くなった訳ではない。
「生半可な速度で、彰の眼を掻い潜れる訳もなし。おまけにあの電撃……」
「まるで、電速……」
加速度的に底が知れなくなっている少年を前にしても、さして動じていない蓮に対し、若干不安そうな光。
「複写系能力ですね」
リーダーが断定する。
「ただの複数能力の可能性はありませんか?」
「さっきから、私のアイズオブクリムゾンが全く通じません。相当高位の支配系能力を使っています」
「なるほど。アイズオブクリムゾンまで複写されていましたか」
言いながらも、むしろ楽しそうな顔をする蓮。
「彼のことを探ろうとしたのが失敗でしたね。初手で支配しておけば良かった」
言う瞳に。
「それじゃ、面白くないじゃないですか」
と、蓮は刀を抜き放った。
「私が行きます。問題はないですね」
「いきなりやっかいな能力を3つも複写されてしまいましたからね。もうあなたでなければ歯が立たないでしょう」
お手上げポーズをする瞳。
「怪力無双の攻撃・防御力と電速のスピード。そして、アイズオブクリムゾンのレジスト効果で精神支配も効果なし……と。お手軽万能戦士の出来上がりですね」
いつになく軽口を叩く蓮には、気負う様子は全くない。
絶対の自信があるようだった。
「蓮……。油断しない方がいい」
「おや、めずらしいですね、光。あなたが心配してくれるとは」
「別に心配はしていない」
冷たい一言にも、蓮は、そうですか、と薄く微笑んだだけだった。
クリスタルランスと言うチームを組んでいるが、蓮も他のメンバーも大した仲間意識はない。
特に蓮にいたっては『強い者同士で集まっていれば、大きな仕事に呼んでもらいやすくなる』という理由でしかなかった。
そもそも蓮の能力は、仲間の存在を必要としない。
◇◆
「一騎討ち(グレイトバトル)」
落ち着いた足取りで少年に向かいながら、蓮は呟く。
地を揺るがすような振動もなく、強い風に煽られるような波動もないが、蓮にだけは発動したことが分かる。
ただ一人の敵以外は、敵味方共に蓮の戦闘に関して一切の手を出せなくなる『現象』だ。
「一応言っておきますが、別にあなたの仲間がどこかに隠れていると心配している訳ではありませんよ」
「…………」
答えが返ってこないのを承知で話しかける。
「もちろん、私の仲間に手を出させないための騎士道精神でもありません」
「…………」
「単なる習慣です」
刀を握りしめながら続ける。
少年は何を言っているのか分からないだろうが、別に構わない。
これも単なる習慣だから。
負けたことがない男の。
(それはともかく)
思う。
少年の瞳が赤く染まっていない。
アイズオブクリムゾンを複写しているのはほぼ間違いないのだが、レジストをするのが精いっぱいで、相手の支配まではできないということだろうが。
「まあ……。例えオリジナルでも私には通じませんが」
アイズオブクリムゾンを破るのには、実は特別な能力は必要ない。
誰にも侵されない強力な意志さえあればいい。
「それでも、あなたが私を倒せる唯一の可能性だったのですがね……」
若干残念そうに言う蓮。
と。
少年の姿が掻き消えた。
「やはり電速ですか」
慌てることなく視線を動かし。
動かし……。
そのまま180度振り向いた。
「意外に慎重ですね」
語りかける蓮。
少年は、攻撃することなく蓮の横を駆け抜け、背後に回ったのだ。
しかも、最初より蓮との距離が離れている。
いきなり勝負がつくかと思ったのだが。
「臆病風に吹かれたのでないとすれば、少しはできますか」
と言ったところで、僅かな違和感を覚えた。
(慎重……。臆病?)
あの少年は、覚醒時衝動を起こしているのではなかったか。
どちらも、あり得ない言葉だ。
覚醒時衝動を起こした者が怯えるとすれば、それは自分自身のBMP能力に対してだけのはず。
「まあいいでしょう。電速で動き回られると時間がかかりそうですが」
と、自身の敗北を1パーセントも勘案していないセリフを蓮が吐いた瞬間。
少年が驚きの行動に出た。
「ほう」
最初に剛がそうしたように、近くにある自動車(※普通のセダンだ)を持ちあげたのだ。
そのまま投げつけてくる。
「やれやれ」
接近戦は分が悪いと悟ったのは立派だが、この戦法は論外だ。
最高速では劣るはずだが、蓮は電速よりも速いと錯覚させるほど見事な動きでセダンの下を潜り抜ける。
そして、そのまま少年に向かってあっという間に距離を詰める。
(やはり、複写したBMP能力の切り替え時にわずかな隙ができる)
動きを止めた少年に向かって、容赦なく突進しながら刀を構える蓮。
「これで……」
終わりです。と思った瞬間。
少年の姿が消えた。
◇◆
少年の姿はない。
代わりにあるのは柱。
そして、身体の前面に感じる痛み。
「あ、あ……?」
大したダメージではなかった。
が、唯一の武器である刀を無様にも取り落としてしまうほどの衝撃だった。
「あ……」
視界の定まらない中、手探りで刀を求める蓮。
頬に感じる灼熱と、口の中の血の味。
どれも初めての経験だった。
状況は分かる。
アイズオブクリムゾンだ。
確かに蓮にあの技は通じない。
が、それは平常時、普段通りの状態であればの話。
愚策を取ったと相手を侮り、勝負はついたと気の緩んだ一瞬に、支配の魔手を差しこまれたのだ。
「く……!」
ようやく刀を探り当てた蓮は、弾かれたように顔を起こして周囲を見回す。
今、自分は完全に無防備だったはずだ。
なのに攻撃してこなかった。
(覚醒時衝動だから正確な判断ができていない……とか言うなよガキが!)
と怒りの感情を露わに(※これも初めてのことだった)する蓮。
(あれほどの戦術がとれる者が、我を失っているはずが……!)
その瞳に、少年の姿が映る。
そして、滾った血が急速に収まった。
少年の瞳は燃えるような赤色に染まっていた。
まるで幽鬼のように生気のない仕草で立ちながら、その瞳だけはまるで炎のようだった。
「あ……」
その瞳をまともに見た蓮の手から刀が滑り落ちる。
油断だった。
あの少年がここまでアイズオブクリムゾンを使いこなせることが、まったく予想できなかった訳ではない。
自分すら欺く高度な戦法を、今日目覚めたばかりの少年が使ったことが受け入れられない現実なのではない。
あの眼だ。
アイズオブクリムゾンを使えるかどうかなんて、ささいなことだった。
彼の眼は。
自らの力に怯えて泣き叫ぶ子供の眼でも。
自らの力に酔いしれて暴れまわる狂人の眼でもなく。
「ぐ……あ……」
全身の筋力と気力を総動員して向かうが、一度侵入を許した支配の力は、易々とは出ていかない。
刀を持っていれば、太ももあたりに突き刺す手もあったが、さっき取り落としてしまっていた。
そして、なにより、蓮自身が見惚れてしまっていた。
確たる目的を持ち闘う戦士の眼に。
負けることなどないはずだったブレードウエポンに敗北を教えようとしている少年の意思に。
「あなたはいったい……」
何者なのですか、という言葉は声にならず。
蓮の意識は闇に閉ざされた。
◇◆
「リーダー……」
「ここまでですね」
光の言葉に、短く応える瞳。
「完全に闘い方を間違えました。蓮まで破れてしまっては、もう誰も彼を止められないでしょう」
「……」
「撤収します。後は、BMP管理局に任せましょう。どのみち、あの少年はもう長くないでしょう」
言って、近くの車を物色し始めるリーダー。
「どういうこと、リーダー?」
「身体に比して、BMP能力が大き過ぎます。あれでは、遅かれ早かれBMP中毒症を発症するでしょう」
「……そうなの?」
「高BMP能力者が精神を病むのは良くあることですが、身体に収まりきらないほどの能力とは……。どんな神様の悪ふざけなんでしょうね」
幸いと言うべきか、当たり前と言うべきか、一台目でキーの差し込まれたままの車に当たった。
「さ、乗ってください、光」
「…………」
運転席に座って呼びかける瞳だが、光は少年の方を見つめたまま動こうとしない。
「あの三人なら大丈夫ですよ。あの少年の力は確かに凄まじいですが、どれも致命傷になりそうな攻撃はありませんでし……た?」
言いながら、自分のセリフにわずかな違和感を覚える瞳。
その原因を探ろうとするより前に。
光が両腕を頭上に振り上げて、クロスさせた。
「光!?」
「まだ私が闘っていない」
「な、なにを!?」
慌てるリーダーの前で、光の両手に力が集束していく。
彰と同時にクリスタルランス入ったこの少女は、どうにも掴みづらい性格だとは思っていたが。
自分から進んで闘いたがるようなタイプでは、決してなかったはずだ。
「私も、あの子と闘ってみたい」
言うと同時に、天閃を少年に向かって放つ光。
が、少年は眼にもとまらぬ動きで、光線をかわす。
「電速……」
呟くリーダー。
やはり、あの少年を倒すことは容易ではない。
「だったら」
今度は、クロスさせずに両手を頭上に掲げる光。
それぞれの手に、力が集束していく。
連撃で勝負するつもりのようだ。
だが……。
「待ってください、光!」
「天閃」
リーダーの制止も聞かず、右手の光線を投げつける光。
瞬間、少年からも同種の光線が放たれる。
そして、正面衝突した光線同士が爆発を起こす。
「う……」
「や、やはり……」
天閃まで、複写されてしまった。
反射的にもう一つの光線を投げつける光。
今度は抵抗なく、少年がいたあたりで爆発を起こす。
「あ、当たった? リーダー?」
「いえ、おそらく外れました」
おまけに、再度の爆発で、完全に少年の姿を見失ってしまった。
これは、まずい。
「早く乗ってください、光! 逃げますよ!」
「ま、まだ」
なおも意地を張る光。
やむなく、一人で発進しようとした瞳の眼の前で。
小さい影に、光が押し倒されるのが見えた。
◇◆
完全に勝負はついた。
光はうつ伏せに組み伏され、後ろ手に固められている。
決して大きくはない光の背中に乗っているのは、さらに一回り小さい少年である。
一見すると、高校生のお姉さんに小学生の男の子がじゃれついているだけのように見えるが、彼は普通の小学生ではない。
怪力無双を複写した彼にとっては、あのまま光の腰をねじ切ることも朝飯前だろう。
瞳もアイズオブクリムゾンを全開にして睨みつけるが。
「…………」
「……やはり、通じませんか」
瞳と同じく、煌々と輝く深紅の眼を持つ少年には通じない。
…………通じないのだが。
「気に入りませんね」
リーダーは言った。
「どうして、そのまま光を殺さないのですか?」
「……」
物騒なセリフにも、まるで反応を示さない少年。
「さきほど、同じような状況で彰も気絶させただけでしたね?」
「……」
「剛と蓮にいたっては。柱に叩きつけるなどせず、そのまま海に落としていれば、確実にとどめをさせたはず」
「……」
「あなたはいったい、何がしたいのですか?」
問いかける瞳。
少年は応えない。
答えないが、無防備な瞳に襲いかかっても来ない。
光の背中に乗ったまま、静かな眼で瞳を見つめていた。
「どうすれば、その子を放してくれますか?」
切り口を変えてみる瞳。
と。
「これ以上……。みんなを……傷つける……な」
少年が初めて口を開いた。
が。
「? なんのことですか?」
瞳が疑問符を挟む。
むしろ、被害を受けているのはクリスタルランスの方なのだが。
と、その時。
「あうっ」
光が短く悲鳴を上げた。
どうやら、少年に後ろ手に握られている腕を変に捻ってしまったらしい。
その瞬間、少年が腕を放した。
「「……え?」」
疑問符を浮かべる瞳と光。
光の背中に乗ったままの少年は、気まずそうな顔をしながら、今度はどこを掴めばいいのか迷っている風だった。
それを見て、瞳が再び話しかける。
「あなた、ひょっとして、ほんとは私達と闘いたくないのですか?」
というリーダーの問いに、少年は首を縦に振った。
そして、背後の玉突き事故現場に視線を移して。
また、瞳と光に戻した。
その瞬間、瞳の脳裏に閃くものがあった。
「あなたもしかして、私達クリスタルランスから、ここで事故を起こした人達を守っているのですか?」