ブレードとダガー
『7月24日19時00分・D-1』
「二時間半ほどですか……。まあ、時間が問題ではありませんから、良しとしましょう」
普段はBMPハンター同士が腕を磨く武道館のような造りをした鍛錬場。
その広大な空間の中で、二人のBMPハンターが向かい合って立っていた。
2時間前までこの空間の主人だった100体を超える幻影獣は、全て霧と化しており。
100体を超える幻影獣を一体ずつ順番に斬って行ったBMPハンターが吐いたのが、さきほどのセリフと言う訳だ。
「な、なんなんですか、あなたは……」
「? 私のことを聞いていないのですか? しょうがないですね、彼らも……。いいですか、私のBMP能力は一騎討ち(グレイトバトル)といって……」
「そんなことは知ってますよ!」
意外に強い声で遮るダガーウエポン・坂下陸。
ちなみに、ブレードウエポン・城守蓮のBMP能力、一騎討ち(グレイトバトル)は、敵味方に一対一を強いる能力だ。
どういう理屈なのかは分からないが、この能力の発動中は、誰も城守に複数で敵対できないし、誰も城守に加勢できない。
精神に干渉しているのか、肉体を操っているのか、空間を制御しているのか。
誰に聞いてもうまく説明することができないので、概念能力なのでは、とまで言われている。
「そんなことじゃなくて……」
その能力自体も、聞くのと見るのとでは大違いだったが、それよりなにより。
「1体ずつとはいえ、100体以上の幻影獣を斬り倒して、無傷だなんて……」
というか、息一つ乱していない。
「ああ、そんなことですか」
「そ、そんなことって……」
「一対一で強いからこそ、この能力が意味があるんですよ。100体くらい斬り殺せないようじゃ、剛にだって負けているじゃないですか? まあそれでも、時間当たりの効率でいえば光には敵いませんけどね」
それがどうしました、と言わんばかりの口調で、愛用の刀の手入れを始める城守。
眼鏡をかけた線の細い知的な顔とマッチしている優雅な仕草だが、その刀がさきほど100体以上の獣を斬り殺していると考えれば、逆にシュールだ。
「は、はは……」
唐突に渇いた笑い声を上げる陸。
「これが、僕の前任……。無敵の城守。歴代最強ブレードウエポンか……」
今までの緊張の糸が一気に切れたみたいだ。
どうしてクリスタルランスの仲間は認めてくれないのかとか、澄空悠斗が特別扱いされるのと何か関係があるのかとか。
全く見当違いのことばかり考えていた。
「あなたが比較対象じゃ、誰だって僕になんか期待しませんよね」
次世代のホープだなんて呼ばれていても、所詮自分は数合わせだったのだ。
「ふむ。あなたの抱えている問題は一見深刻そうですが、何か勘違いをしていませんか?」
「勘違いなんかじゃないですよ! 何度出撃しても迷惑かけるばかりだし、なかなか一緒に特訓はしてくれないし、ミーティングにだって呼んでくれないし……」
「あの連中は付き合いが長いですからね。すぐに連携に付いていけなくて当然ですよ」
「で、でもですね……」
「そもそもあの連中は、自主的にミーティングなんかしませんよ。一緒に訓練するのも、光と彰くらいです」
「え?」
「リーダーや剛が仲良く訓練しているところを、想像できますか?」
「そ、そりゃ、そうかもしれませんけど……」
「考え過ぎですよ」
「で、でも、それじゃあ、澄空悠斗のことはどうなるんですか? あいつと先輩方は絶対に何かあるはずなのに、誰も教えてくれない!」
言った後、陸はしまったと思った。
このことは言うつもりはなかったのに。
「ふむ。そう言えば、どうなりましたかね、Aブロックは?」
刀をしまい、今思い出したとばかりに言う城守。
というか。
「そうですよ、Aブロック! 城守さんに見惚れてすっかり忘れていたけど、Aランク幻影獣が現れて、なんとか倒したら、今度は澄空悠斗が覚醒時衝動を起こして! なんかめちゃくちゃやばい状況らしいじゃないですか!」
忘れるなよ。
「そうですね」
「そうですねって……! いいんですか?」
「良くはないですけど……」
と、眼鏡の位置を治す仕草をして。
「あなたのところのリーダーに『もし悠斗君が覚醒時衝動を起こしてもあなただけは絶対に来ないで』と釘を刺されてますからね。私にも怖いものはあるのですよ」
「?」
意外な人物の名前がでてきたことに驚きを覚える陸。
「そ、そっか……。あなたも、澄空悠斗と何かあったんですね……?」
「ふむ、それも聞いていないと」
「そ、そうですよ! これってやっぱり、俺が信用されていない証拠だと……!」
「それこそ考え過ぎですよ」
と、踵を返して歩き出す城守。
「ブレードウエポン?」
「少し休憩しましょう。我々の出番はないとは思いますが、万が一のことはありますから。どこがいいか……。ああ、そうそう。悠斗君が来てから急に品ぞろえが良くなった自販機コーナーがありましたね。あそこにしましょう。奢りますよ」
「は、はぁ……」
それでいいのかとも思うが、BMP管理局長にして最強のBMPハンターでもある城守蓮が間違った判断をするとも思えない。
とりあえず付いていくことにする。
「ああ、そうそう。さっきの話ですが、あの連中にちゃんと尋ねましたか?」
「え? 澄空悠斗の話ですが、もちろんそれとなく……」
「それとなくでは駄目ですよ」
ちっちっと指を振る城守。
「どうも、あの連中に複雑なイメージを抱き過ぎのようですね」
「そ、そうなんですか?」
「外見や能力に騙されがちですが、あの連中は基本、大きな子供です。必要のないメンバーなど絶対に入れないし、不要だと思うならハッキリ言います。悠斗君と過去のクリスタルランスの関係など、今のあなたに必要ないと思ったんでしょう。試しにきちんと聞いてみてください。『あれ? 聞きたかったんだ』とか言いながら教えてくれますよ」
「そ、そうでしょうか?」
自分の頭の中にあるクリスタルランスのイメージと、かつてのメンバーが語るイメージの違いに、いまいち修正が追い付かない陸。
「いや、良く考えるとペナルティものですね」
「は?」
「いくらあの連中が鈍いとはいえ、可愛い後輩をこんなに悩ませるなど」
「は、はぁ」
肩を並べて歩きながら、BMP管理局長ではなく、先輩の顔で語りかける城守。
「この役得、私がもらいましょう」
「え?」
「光あたりは『ユトユトのスタイリッシュさを伝えるのは私の役目だったのにー』とか後から言いだしそうですが、悪いのは彼らですからね」
「は、はぁ。……いや、はい。聞かせてください。大事なことのような気がするんです」
居住まいを正す陸に対して「そうでもないと思いますけどね」と咳払いをする城守。
「と、その前に一つ。さっきあなたが言っていたことですが」
「はい?」
「私は無敵でも最強でもありませんよ」
「はい?」
何を言っているのかと思う陸。
10年前に引退したのに、今でもBMPハンターランク一位に君臨し、どんな乱戦でも制する一騎討ち(グレイトバトル)を持ち、そして一対一で決して負けないこの男のどこが最強でないというのか?
「実際に負けましたしね」
「え?」
衝撃的な一言。
真偽を確かめようとする前に、城守が口を開いた。
「では、語りましょうか。私が世界で一番強いと思う少年の話を」