覚醒時衝動2
作戦に穴があったとは思えない。
澄空悠斗が完全に自身の力を制御できておらず。
精神支配に対するレジストを持たず。
身体能力そのものを強化していない限り。
澄空悠斗は、三村と峰の同時攻撃で確実に意識を失うはずだった。
「が……はっ」
「な、なんで……?」
絞り出すように声を上げる、峰と三村。
それぞらの腹には、お互いの拳が捻じりこまれている。
「三村君! 峰君!」
声を上げる緋色香。
彼女の眼の前で、二人がゆっくりと崩れ落ちていく。
「な、なんてコト……!」
エリカも声を失っている。
何が起こったのか分からない。
確かに、澄空悠斗は『アイズオブエメラルド』で一瞬意識を失っていたはずだし、三村と峰の攻撃は彼の身体を捉えたように見えた。
「一体、何が……?」
最悪の事態に、ほとんど条件反射で澄空悠斗を分析しようとする深緑の瞳。
「あ、あれッテ……!」
だが、その必要はなかった。
原因は一目了然だった。
一番初めの、一番肝心な前提が間違っていたのだ。
「そ、そんな……」
澄空悠斗を守護する騎士のように、空間に浮かぶ50の剣。
その半分近くが、断層剣カラドボルグではない別の剣に代わっていた。
あれは……。
「干渉剣フラガラック……」
全てを引き裂く無敵の剣ではなく、通常攻撃では倒せない相手を攻撃するための精神干渉剣。
今の今まで、あんな剣はなかった。いや、見えなかった。
「フラガラックの多重起動デ、私達に幻覚を見せてイタんでしょうカ……?」
エリカが言う。
「嘘でしょ……」
対して香は、恐怖を通り越して驚きを感じていた。
あれはあくまで精神体を攻撃するというだけの剣だ。
単純に多重起動したところで、人間に幻覚など見せられるはずがない。
しかも、対象の一人は感知系最高峰の『アイズオブエメラルド』だ。
「甘かった……」
アレに隙なんかない。
攻撃のための剣を多重干渉させて幻覚をみせるなど、剣麗華本人にもできるかどうか……。
「…………もう嫌。なんで今日は失敗ばっかり……」
いや、違う。
たまたま今日明らかになっただけで、今まで自分に問題がなかった訳じゃない。
能力が及ばなかったのはまだいい。
しかし、澄空悠斗が能力を完全に制御しているのを見誤ったのは、完全に自分のミスだ。麗華の時と同じミスだ。
たとえ、澄空悠斗が初撃を外していたとしても……。
「? 待ってよ……」
そうだ。おかしい。
あれだけ超絶テクニックを駆使する今の澄空悠斗が、ただ斬り裂くだけでいいカラドボルグの斬撃を、この至近距離で外すだろうか?
それに、三村と峰のことも。
あれだけ言ったのにお互い手加減したおかげで、二人とも気を失うだけで済んでいるが、そもそも幻覚を操れるなら、そこら辺に空いている大穴に突っ込ませればいい。確実に死ぬ。
(まさか……!)
「意識があるの……? 悠斗君!」
声。
届くかどうかわからない声。
「ねえ、聞こえてる、悠斗君! 私よ! あなたの担任のこども先生よ!」
外見は小学生だが、この場で一番の『大人』である香が必死に声をかける。
「っ……」
と、初めて澄空悠斗に変化があった。
掻き毟るように頭を抱える。
「ゆ、悠斗君!?」
届いたかもしれない声に、駆け出そうとする香。
「駄目、先生」
「れ、麗華さん……!?」
その香を、いつの間にかエリカの腕の中から起き出していた剣麗華が引きとめる。
「先生は、直接攻撃に対する防御手段を持ってない。うかつに近づくと危険」
「き、危険なのは、あなたの方でしょ! さっきまで、あなた死にかけていたのよ! ここは、私がなんとかするから、本郷さんと一緒に逃げて!」
「悠斗君も闘っている。私だけ逃げられない」
危険な状態は脱したとはいえ、未だ顔面は蒼白でとても本調子とはいえない状態だが、その声には力があった。
「れ、麗華さん……。でも……」
「先生だって知っているはず。気絶させる方法は、BMP能力が高い場合にはとても危険。もう一つの方法を取った方がいい」
「ば、馬鹿なことを言わないで! 今の悠斗君の力を全部使わせるなんて、首都の全BMPハンターがかかっても足りないわよ!」
「私も昔、おじい様達に、そうやって助けてもらった」
「あ……」
「だから、今度は私の番」
ふらつく脚で、カラドボルグを具現化させる。
実物と見紛うほどに澄空悠斗の背後に顕現し、周囲を押しつぶすほどの力を放っている偽物に比べて、その剣はひどく頼りない。
向こう側が透けて見えるほどの儚さは幻想剣の名前通りではあるが、この剣でいまの澄空悠斗に立ち向かうなど、無謀を通り越して喜劇だった。
だが。
「首都の全BMPハンターなんていらない。私が全て、受け止める」
剣麗華に迷いはなかった。
◇◆
《おい! おい! 悠斗! 聞こえてるか! 聞こえてないと思うけど、しっかりしろ!》
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
頭が痛い!
いや、頭じゃない、身体だ!
パンパンに空気を入れて膨らませた風船みたいに、破裂寸前。
どんどん抜かないと、本当に破裂する。
でも、発散させるだけじゃだめだ。
せっかくのBMP能力なんだから、うまく使わないと。
幻影獣をコロさないと。
力は有り余ってるけど、無駄遣いはしないで。
効率よく殺すんだ。
じゃないと、渇きは満たされない。
そうだ、俺は渇いてる。
全部の力を使いきって、全部の幻影獣を殺し切って。
誰も死なない世界を作るまで。
あの子が寂しくない世界を作るまで。
《悠斗! おい!》
そんな世界は来ないって?
そんなことは知ってるよ。
でも、皆が俺を見てるだろ。
俺のBMP能力に注目してるだろ。
使うんだ、限界まで。
後に何も残らなくてもいいから使うんだ。
この渇きは死ぬまで満たされない。
けど、使うんだ。
《悠斗!》
分かっている。
これが覚醒時衝動だ。
自分だけがならない体質だなんて思ってなかった。
けど、話に聞いていたほどゴツイ感じはないな。
むしろ、ひもじい。
寂しい。
渇く。
力が溢れているのに、中身がどんどん空っぽになっているみたいだ。
でも、使わないと。
《悠斗! 力を発散するのはいいが、前を見ろ!》
「え?」
薄ぼんやりと開いた眼に映るのは、折り重なって倒れる二人の少年。
見覚えはある。が、名前が出てこない。
でも、たぶん知り合いだ。
俺を殺そうとした知り合いだ。
でも、殺したくなかった知り合いだ。
だから、なるべく怪我をさせないように無力化した。
……これでいいのか?
いいんだよな。
頭が痛い。
「悠斗君!」
「悠斗さん!」
こどものような姿をした先生と、美しい金髪を持つ少女が俺に呼びかけて来ている。
あの二人も、たぶん知り合いだ。
俺を殺そうと……?
分からない。けど、無力化しないと。
守るために無力化しないと。
次はどうやろうか?
おれのちからはおおきすぎていろいろなことにふべんだな。
そして。
「どうしたの、悠斗君?」
この世の者とも思えないほど美しい少女が。
「私はここ」
明らかに弱り切った身体と剣に渇を入れながら。
「悠斗君が全ての力を使いきるまで、相手になる」
俺の背後の50の剣に、一瞥だにくれずに。
「来ないなら、こっちから行くよ?」
世界で一番澄んだ瞳で、俺を見ている。
《そりゃあ、無理だぜ。ソードウエポン……》
頭が痛い。
あの子の名前が思い出せない。
俺より強いのに、俺が一番守りたいあの子のことが思い出せない。
俺が守りたいのに俺を殺そうとしているあの子を無力化するには、どうすればいい?
「難しいな……」
みんなが俺を嫌ってる。
みんなが俺を殺そうとしている。
でも、俺が憎い相手は一人もいない。
俺はみんなを守らないといけない。
今度は、あの時と違って、敵はいない。
だから、うまく無力化しないといけない。
いや、あの時も、結局は俺の早とちりで敵ではなかったんだっけ……。
「? ……あの時……?」
待てよ。
ひょっとして。
前にも、こんなことなかったか?