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BMP187  作者: ST
第二章『ウエポンテイマー』
53/336

覚醒時衝動

『7月24日18時45分・管制室』


「ーーーー!!!!」

志藤美琴(※22歳。澄空悠斗ファンクラブ初代会長)は、コンソールをドンドン叩きながら悶えていた。

悶えまくっていた。

あんなの見せるからだ!

まるで自分がキスされたかのように、顔が熱い。

「ーー!!」

勤務中であることも忘れて、完全に腐女子と化していた。


が、誰も咎めるものはいない。

皆(※オールドミスに見えて、実は家族思いの主任も)、Cブロックの様子を眺めていた。

志藤のような愉しみ方をしている者はさすがにいなかったが。

それでも皆、見入っていた。


強さに依らない、澄空悠斗の強さに。

英雄よりも英雄的な、澄空悠斗の勇気に。


誰もが感じていた。

いくら本人が否定しようとも。

やはり、彼は何か特別な意味を持って生まれてきた少年なのだと。


と。


「いや、まだだ!」

鋭い男性の声が響く。

ちなみに(※どうでもいいが)、声の主は、クール系のかなりの美形だった。でも独身。

「澄空悠斗君の様子がおかしい!」

その声で、志藤も我に返る。

そういえば、大事なことを忘れていた。


澄空悠斗が、今までに調律メンテナンスを発動したという記録はない。

つまりは、これが初めての調律メンテナンス

……ということは。

「Cブロック! 悠斗君から離れてください!」

見る見るうちに膨れ上がって行く、澄空悠斗のプレッシャーを感じながら叫ぶ。



「覚醒時衝動です!」


◇◆


『7月24日18時48分・C』



(甘かった……)


アイズオブエメラルド・緋色香は、歯噛みする。


別に、澄空悠斗が覚醒時衝動を起こさない体質などと超希望的観測をしていた訳ではない。

たとえ覚醒時衝動を起こしても、せいぜい剣麗華の時と同程度(※それでも、一大事だが)だと思っていたのが甘かった。

澄空悠斗がレジストを持たない支配系能力ならば、少しは効果があるのでは、と予測したのが馬鹿げた妄想だった。


身体が重い。

息が苦しい。

空間そのものが重みを持ったような……。

まるで自分達が陸に打ち上げられた魚のように場違いの存在であるかのような。

そんな感覚だった。


「お、重いデス……」

「エリカ!」

プレッシャーに耐えられなくなったのか。くずおれるエリカを三村が支える。


「なんてこと……」

呟く香。

強過ぎるBMP能力は、特に具体的な能力発動をしなくても、BMP能力の低い人の精神に悪影響を与える。

常日頃から、剣麗華に気をつけろと言っていることだ。

しかし、肉体にまで影響を及ぼすプレッシャーなど聞いたこともない。

しかも、エリカはBMP119とはいえ、立派なBMP能力者だ。


見つめる視線の先。

つい先ほどまで顔を真っ赤にしていた少年は、まるで幽鬼のように虚ろな表情で立ち尽くしている。

生気の全く感じられない立ち姿から、冗談のように膨大な力を垂れ流している。


「深い……」

眼帯を外した深緑の右眼に映るのは、奈落の底を彷彿とさせる深い闇。

圧倒的な力を感知して焼けるように痛い右眼に、芯の凍えるような闇が突き刺さってくる。


「ヤバイ……なんてもんじゃないよな?」

「絶体絶命……だな」

エリカを支えたままの三村の問いに、峰が短く答える。

こんな時だが、香は、二人が取り乱していないことに少し感心する。

『アレ』は、元がクラスメイトというだけだ。

純粋な力だけで言えば、恐らく、あのAランク幻影獣以上。


「せ、先生……。どうしましょうか?」

三村が聞いてくるが、もちろんどうにもできない。

このメンツでなんとかできる相手ではないが。

このまま放っておくと、幻影獣軍とBMPハンター達の闘いの真っただ中に、彼が飛び込んでいくことになる。

そのせいで人死がでるような事態になれば、澄空悠斗がどんな想いをするかなど、考えたくもない。


(せめて、麗華さんが万全なら……!)


膝に抱く麗華は、意識こそしっかりしているが、とても起き上がれる状態ではなかった。

暴走する澄空悠斗を見つめたまま、身動き一つしない。


「プレッシャーは凄いけど、今のうちなら……!」

具体的な能力発動をしていないことに(※最後の)希望を託して飛びかかろうとする三村の前で。


澄空悠斗が右手に剣を出現させた。


「ちっ……」

「カラドボルグか……」

峰が呟く。


剣麗華の幻想剣を複写して具現化した剣。

(ん? まてよ?)

思いつく香。

澄空悠斗の劣化複写イレギュラーコピーは、『必ず劣化状態で複写する』能力だ。

とすると、たとえ澄空悠斗のBMP能力自体が底上げされたとしても、オリジナルのカラドボルグより強くはならないのではないか?

だとすると(※それでも十二分にやっかいだが)勝機はある!


が。


「お、おい……。あれ……」

「なんだ、あれは……?」

三村と峰が指差すのは、澄空悠斗の背後。

そこに、壮麗な剣が『浮かんで』いた。

その数、50ほど。


「か、カラドボルグか? あれ?」

「BMP能力の多重起動? い、いや、しかし、なぜ浮いているんだ?」

豪華絢爛ロイヤルエッジデス! 完全に不可視化した豪華絢爛ロイヤルエッジで保持していマス! なんテ、応用力ト制御力……!」


同一能力の多重起動に加えて、異なる能力の複合起動。

力の総量はもとより、超絶技巧どころではないテクニック。

(普通は、覚醒時衝動が大きくなるほど、制御は大雑把になるのに……)

保持しているのが豪華絢爛ロイヤルエッジとはいえ、カラドボルグは、傾けただけで次元断層を創り出すことができる。

もし、あの一本一本が、普段澄空悠斗が使っているものと同じ威力を持っているとしたら……。


「緋色先生……。来る」

「え? あ、ああ!」

現実逃避しかけた意識を、剣麗華の一言が引き戻す。

確かに、澄空悠斗の背後に浮かぶ幻想剣が、動きを見せ始めている。


「や、ヤバイって、これ!」

「三村! エリカ君を連れて逃げろ! 俺は、緋色先生達を……!」

驚愕の精神力で、回避行動を取ろうとする三村と峰。


だが。


「ダメ! 二人とも、動かないで!」

緋色香の声が制止する。

あまりといえばあまりの指示だが、従ってくれなければ死ぬ。

ここは、『アイズオブエメラルド』……いや、緋色香と生徒達の信頼関係を信じるのみだ。



そして、50の刃が振り下ろされる。


祈りにも似た気持ちが通じたのか、三村と峰は動かなかった。


◇◆


この世の終わりのような轟音が響いた後。

Cブロックは、本当にこの世の終わりのような惨状を示していた。

複写版カラドボルグは、普段の澄空悠斗が使っている威力を忠実に再現し。

中層側はおろか、核にも耐えうるAブロックをもズタズタに引き裂いていた。

だが、何よりひどい惨状なのは地面だ。

幼子に戯れに引き裂かれたキャンバスのように、深い深い亀裂が、縦横無尽に走っている。

浅い所でも、10メートルほどの深さのある亀裂だ。


そして、香達の立っている場所は、文字通り陸の孤島と化していた。


「や、ヤヤヤヤヤヤ、やばかった……。さ、さすが、緋色先生……」

「動いていれば、死んでいたな……」

峰の言うとおり、香達が立っている場所以外には、どこに逃げても安全地帯はなかった。

攻撃の軌道を『アイズオブエメラルド』で見切った、緋色香のファインプレーだった。


(良かった……。今日初めて役に立った気がする……)

若干自信を取り戻す香。

いや、それどころか。

(この至近距離で外すなんて……。力の総量もテクニックも凄いけど、やっぱり制御しきれてない?)

考えてみれば、当たり前かもしれない。

どれほど澄空悠斗が凄かろうが、彼はまだ能力覚醒して3カ月程度の、いわば初心者。

こんな超絶能力を意識して制御できるわけがない。


「いけるかもしれない」


意識があるのかどうかも分からない、虚ろな眼をした澄空悠斗を見ながら、香は呟く。


「みんな良く聞いて」

麗華を抱いたまま、語りかける香。

「覚醒時衝動を抑える一番いい方法は、空っぽになるまで能力を使わせること。これは知ってるわね?」

授業の時のような問いかけに、三村と峰とエリカが頷く。

「でも、この状況でそんなことしてたら、冗談抜きで首都が落ちるかもしれない」

少なくとも、BMP管理局は、この世から消えてなくなる。

「もう一つの方法は、本人を気絶させること」

この状況では、そちらの方が難しいという話もあるが。

「今なら、可能よ」

と、三村と峰を見る。


「名誉ある任務ってやつですね」

「元より、ここで退く者にBMPハンターを名乗る資格はないでしょう」

「わ、私も、やれマス!」

三村、峰、エリカが迷いのない返事をする。


「ありがとう……」

と、最高の生徒たちを見る香。

(こんな私でも……。教えてきたことは間違いじゃなかったのかもしれない……)

僅かな感傷を振り切って、説明を始める。


「作戦は、簡単よ。まず、私が『アイズオブエメラルド』を最大出力で悠斗君に叩きこむ」

「はい」と峰。

「ひるんだ一瞬の隙に、三村君と峰君が攻撃して悠斗君を気絶させる。この時、絶対に手加減しないこと。ちょっと表現が悪いけど、殺すくらいの覚悟で今の悠斗君にはちょうどいいわ」

「ふっふっふ……。問題ないですよ、緋色先生。合法的に、やつの不可思議モテフィールドに審判を下すチャンスなんですから。ちょっと不必要なくらい本気で行きます」と三村。

「本郷さんは、万一の時、麗華さんを連れて逃げること。こんなこと言いたくないけど、私を含めて誰にどんなことがあっても、麗華さんだけは逃がしてね」

「わかりましタ!」と麗華を抱える香の所に駆け寄るエリカ。


「じゃ」

と、緋色香は、エリカに麗華を託して立ち上がる。


感触を確かめるように、二・三回、右眼を瞬きする。



「いくよ、悠斗くん!」



普段は眼帯で隠されている緋色香の右眼から迸る深緑の光。


「『超加速システムアクセル猪突猛進オーバードライブ』!」

「『砲撃城砦ガンキャッスル全力突撃アサルトチャージ』!」

そして、三村と峰は、アイズオブエメラルドを信じて、大地を蹴る。

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