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BMP187  作者: ST
第二章『ウエポンテイマー』
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名誉ある闘い

『7月24日18時36分・C』


Cブロックには、先客がいた。

「緋色先生!」

三村が叫ぶ。


仰向けにした麗華さんを膝に抱いて、先生が待っていた。


「悠斗君!? ガルア・テトラは?」

「退場してもらいました!」

「嘘……」

先生が、信じられないものを見るような眼をした。


「そんなことより、先生! 麗華さんの状態は!?」

「良くない!」

俺の質問に、簡潔に答える先生。

その顔色は悪い。

「BMP中毒症……。それも、かなり重度の。今すぐ上条博士のところで処置をしないと、命に係るわ!」

「そんナ……」

呻くエリカ。

上条博士の研究所は遠い。


それでも、行くしかないだろ!


「管制室! こちら、A……じゃなかったCブロック澄空悠斗! 麗華さんが危険な状態です! すぐに上条博士の研究所へ行く車の手配を!」

『駄目です、悠斗君! 管理局の車は全て破壊されています! 車は呼びましたが、幻影獣が外にまで溢れ出して道路が寸断され始めています! なんとか、応急処置を!』

「お……」

応急処置って言ったって!

AEDとかで何とかなる状態じゃないぞ!


「か、回復系のBMP能力者とか居ないんですか!」

『いないことはないですが……』

「BMP中毒症を治せるような能力はないわ」

管制室に叫ぶ俺に、先生の声が浴びせられる。

まるで冷水のように。


「じゃあ、どうすればいいんですか!?」

「…………」

俺の問いに、下を向いてしまう先生。

やめてくれ。

そんな簡単にあきらめないでくれ。


そんな簡単に麗華さんがいなくなってたまるか!


上条博士も、BMP能力者も駄目だって言うんなら!

言うんなら……。

…………。

「あ」

唐突に思い出す。

アイズオブクリムゾン、緋色瞳さんの言葉。


『その覚悟があるのなら』


ある。

麗華さんがいなくなるくらいなら、そんな覚悟いくらでもしてやる!


「先生!」

声を上げる。

「何、悠斗君」

調律メンテナンスですよ、先生! 俺はウエポンテイマーです! 先生のお姉さんも、使い方自体は先生に聞けば教えてくれるって!」

言ってたよな、確か!

調律メンテナンスの使い方を、先生が?」

「そレハ、緋色先生ハ、BMP能力についてノエキスパートではありマスけど」

「さすがに、ウエポンテイマーの技は教えられないと思うが……」

三村、エリカ、峰が余計なことを言う。

教えられなくても、教えてもらわないと困るんだよ!


「そうか。そういうこと」

が、先生は何か分かったようだ。よし!

「教えてくれるんですね!」

「教えると言うか……。いい? 良く聞いて悠斗君」

まずは落ち着けとばかりに、先生。


「私は、別にウエポンテイマーのことに詳しくはないわ」

おい!

「だから、私に聞けば分かるということは、たぶん誰に聞いても分かるということ」

「姉さんは、悠斗君はもう調律メンテナンスが使えると言いたいのよ」

「でも、現実に使えないんですって!」

もう、そのドラマ的な言い回しはいいから!

「落ち着いて悠斗君。もし悠斗君が調律メンテナンスを使えるなら、誰もが知っている有名で基本的なウエポンテイマーの技があるの」

「そ、そうなんですか!」

そうか! そう繋がるのか!


「ああ、あれか」

「そう言えバ、聞いたことありマス」

「マジで。あれを?」

峰、エリカ、三村も何やら心当たりがある様子。三村のトーンが若干気になるが。

いや、気にしている場合じゃない!


「いい、良く聞いて悠斗君。調律メンテナンスの最も基本的な技は……」

「は、はい!」

技は!?



「マウストゥーマウスなの」



…………。

「…………」

…………。

えーと。


「…………なんですか、それ?」

思わず聞き返す、俺。


と、先生は顔を真っ赤にして。

「だ、だから、マウストゥーマウス! いわゆる人工呼吸! というか、見たことくらいあるでしょ! 先生は、こども先生だからして、実演はできないけど!」

叫んだ。

いや、もちろん人工呼吸が何かくらいは、いくら俺が馬鹿でも知っているが。

というか、こんなときだけ『こども先生』を自称するとは、黒いな。


ポンと肩に手が置かれる。

三村だ。

「俺は子供ではないからして、やることにやぶさかではないが。後で剣に首を刎ねられる可能性が大だから、お前に任せるよ」

俺が刎ねられない保障でもあんのか!

「ないが、ここはやるしかないだろう」

と峰。

「学園一の美人さんノ唇を奪えるコトを考えるト、決して損な役回りではないデス!」

無責任に焚きつけるエリカ。

そ、そりゃ、麗華さんとキスできるなら役得でないとは言わないけど。

首と引き換えとか言われると! ……それでも、損ではないかもしれないが。

これからも、麗華さんと一緒に学園生活を送れると考えると。



…………やるしかないか。

(俺の)心臓止まるかもしれないけど。



「で、では、悠斗君。こちらへ」

(なぜか)かちんこちんに緊張したこども先生が、膝に乗せた麗華さんの頭の位置を少しずらす。

形の良過ぎる麗華さんの桜色の唇が、上を向く。

「…………」

あ、あんなところに、俺の口を持っていくのか! マジで!

「覚悟を決めろ澄空。どんな美少女とやったってキスはキスだ」

三村の励まし。意味が分からん。

調律メンテナンスの発動も忘れるなよ」

峰の注意。ああ、それもあった。本当にキスするだけで発動するんだろうな?

「フ、不謹慎かもしれないですケド、ドキドキしてきましタ」

エリカ。勘弁してくれ。

俺の心臓なんて、もう破裂しそうだ。


へ、変に意識しないで。

本当に人工呼吸のノリで。

いや、むしろ、様子を見ようと麗華さんの顔を覗き込んだら、ちょっと唇が当たっちゃった、くらいのノリで。


「ごくっ」

これからも、麗華さんと一緒に生きていくために。



俺は、顔を近づけた。



「……」

「…………」

「………………」

痛いほどの沈黙。

唇には湿った感触。

脳を蕩かす麗華さんの香り。


そして。


俺の身体から、唇を通して、何かが流れ込んでいく。

俺の命が、力となって、麗華さんの身体に溶け込んでいくような、不思議な感覚。

本体の俺が嫉妬するくらい勇敢に、俺の力が麗華さんの身体に住む悪い病を駆逐していく。


それは、とても名誉ある闘いに思えた。


Bランク幻影獣を斬り捨てたことよりも、Aランク幻影獣を次元の彼方に放り込んだことよりも。

誰かに最強と称えられることよりも。


自然に離れる唇。

確信があった。

俺は勝ったんだと。


「…………ん」

ゆっくりと眼を覚ます麗華さん。

麗華さんが状況を把握する前に距離を取らないと、俺の首が危険という気もしたが、そんな気力はもうどこにもなかった。

というか、もうひょっとして俺の心臓は止まっているかもしれない。

と。


「麗華さんー!」

後ろから、麗華さんの頭を抱え込むような体勢で抱きしめるエリカ。

「こっの、ヤロォー!」

三村に殴られる俺。

「見事だ。さすがは、俺の永遠のライバル」

微妙にノリの違う峰。

「…………あうあぅ」

顔を真っ赤にした、こども先生(※自称しおったからな)。


そして。


「私は……」

麗華さん。

麗華さんが、自分の唇に手をやる。

胸が物理的に締め付けられるような、強烈な感覚。


麗華さんはどう言うだろう。


怒ってカラドボルグを振り回すくらいなら、まだいい。

もし仮に泣かれでもしたら、俺も泣いてしまいそうだ。


「れ、麗華さん……。そ、その……」

調律メンテナンス……」

「へ?」

10パターンほど瞬時に浮かんだ反応の、どれにも当てはまらない単語が飛んできた。


「ありがとう。悠斗君」

「…………あ」

「助けてくれて、ありがとう。悠斗君」


死んだ。

たぶん、俺もう死んだ。

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