譲れない大仕事
『7月24日18時21分・管制室』
「やったー!」
管制室オペレータ・志藤美琴(※22歳独身。でも、そろそろ彼氏は欲しい。どちらかと言えば年上派だけど、怖い人は苦手。局長みたいにパーフェクト過ぎる人も、プライベートで付き合うにはどうかな? というか、悠斗君かなりいんじゃね)は、飛び上がって喜んだ。
「やった、やった! 悠斗君がやったー!」
もちろん嬉しいのは分かるがなんで君がそこまで喜ぶんだ、的な視線を同僚オペレータ達からもらいながらも、志藤ははしゃいでいた。
嬉しいのだ。
まるで自分があのガルア・テトラを倒したかのように、いや、それ以上に嬉しかった。
局長が、普段から澄空悠斗の話を良くする理由も分かる。
彼が英雄なのかどうかはまだ分からない。
でも、それ以上に特別だった。
「志藤さん。嬉しいのは分かるけど、まだ闘いは終わってないわよ」
「! そ、そうでした」
オールドミスに見えるけど、優しい旦那さんの居る主任オペレータに注意されて、我に返る。
そう、まだ終わってない。
幻影獣軍団はまだ残ってるし、あと二人のAランク幻影獣も気にかかる。
それに何より。
Cブロックで倒れたまま、身動き一つしない剣麗華が気にかかる。
志藤美琴は、受話器を取り、上条研究所の電話番号をコールした。
◇◆
『7月24日18時24分・A』
「やった……」
ほんとにやってしまった。
なんだか頭がカーッとして良く覚えていないが、俺があのAランク幻影獣を倒したのは間違いない。
みんなに『褒めて褒めて!』と言って回りたいところだが、まだ一番大事な仕事が残っている。
麗華さんを助ける。絶対に!
でも、その前に。
「どうやって降りよう……」
思わず呟く。
今現在、俺は半壊したモニター群の一つにしがみついていた。
Aブロック自体の高さは20メートルほどだが、モニター群は10メートルくらいのところに設置されている。
飛び降りても死ぬことはないかもしれないが、今は骨折なんかしてる暇はない。
とはいえ、Aブロックの壁面はツルツルで取っ掛かりもないので、這って降りることもできない。
え? ここまで来れたんだから、逆に超加速で降りればいいんじゃないかって?
あの技はブレーキが利かないんだ。さっきは、ガルアの身体をクッション代わりにしたけど、今度は自然落下プラス超加速で地面に激突して、スプラッタなことになる可能性大だ。おのれ、三村め。
「でも、迷っている暇もないよな……」
俺がしがみついているモニターにはCブロックの映像が映し出されている。つまり麗華さんが映っている。
うつ伏せに倒れたまま動く気配が全くない。
もう管制室が助けを呼んでくれているとは思うし、俺が行っても何もできないとは思うが……。
行かない訳にはいかないだろ!
「えーい! 男は度胸!」
気合一閃。
モニターを蹴って飛び立とうとして。
「澄空!」
誰かの声が聞こえた。
「三村? それに、峰とエリカ?」
Aブロックの入り口(※そういえば、いつの間にか復活してるな)に現れたのは、俺のクラスメイト達(※エリカは違うが)だった。
大きな怪我はないようだが、戦闘の跡が見える。まさか、闘ってたのか?
「ちょっと待て、澄空! 自慢じゃないが、超加速でそこから飛び降りたら、間違いなく大怪我するぞ!」
ほんとに自慢じゃないことを大声で忠告してくれる三村。
大丈夫だ。普通に飛び降りるつもりだから。
「普通に飛び降りても怪我するぞ! ちょっと待ってろ!」
と告げて、エリカになにやら話しかける三村。
まさか、クッションとか持ってくるつもりじゃないだろうな?
麗華さんのことが心配でそんな暇はないし、麗華さんのことがなくても、俺の情けない握力がそろそろ限界だぞ。
と。
「豪華絢爛!」
良く響く澄み切った声が、Aブロックを満たす。
瞬間、空間に出現する(※ちょっとだけ)不可視の刃。
しかし。
「なぜ、この状況で、豪華絢爛……?」
呟いてみる。
しかも、闘いの疲れのせいなのか、隠蔽率も鋭さも悪い。いつもより遥かに悪い。
が。
「超加速」
三村の姿が消える。
次の瞬間、少し高いところに出現する。
そして、また上へ。
「ま、まさか……」
豪華絢爛を足場にして……!
しかも、極短距離に絞っているせいなのか、ブレーキが利いている?
まあ、利いてなかったら、三村の身体がサックリだけど!
何度か、そんな移動を繰り返して。
「ま、こんなもんか」
麗華さんの映ったモニターにしがみつく俺のすぐ隣。
不可視の刃を足場にして、三村が空中に立っていた。
そして、『さあ俺の胸に飛び込んで来い』とばかりに、腕を広げている。
三村の兄貴モード全開だ! でも、若干飛び込みたくないぞ!
とばかりも言ってられないので、モニターを蹴ってジャンプする。
「おっとと」
三村の腕に(※不本意ながらも)収まりながら、豪華絢爛の足場に立つ。
が。
「わわわわわわ!」
バランスを崩す。
こんなツルツル滑る、できそこないのラグビーボールみたいな物体の上に立ってられるか!
「ほら、しっかりしろ。澄空」
が、三村は涼しい顔で立っている。
「さ、行くぞ。超加速」
そして、俺の肩を抱いたまま、登って来た時と同じように、豪華絢爛を足場にして下まで降りてしまった。
◇◆
「凄いな、三村」
三村達がここに来た一通りの経緯を聞いた後。
光速のライバルに教わったとかいう、エリカとのコンビネーションスキルに、俺は素直に感心していた。
が。
「ぶへっ!」
峰に思いっきり、背中を叩かれた。
「どほ!」
そして、三村にボディを決められた。
「ん?」
エリカには、なぜかデコピンされた。
なんなんだ?
「凄えのはおまえだろ、澄空!」
叫ぶ三村。
「本当に、Aランク幻影獣を倒してしまうとは……」
「凄すぎデス! 悠斗さん!」
峰とエリカも、褒めてくれる。
…………そっか。
やっぱり、これだよ。
新聞とか、テレビで『Bランク幻影獣を倒した奇跡のBMPハンター現る!』とかって報道されるのも嬉しくない訳じゃないけど。
やっぱり……。
「って、こんなことしてる場合じゃないんだ!」
と、麗華さんが映っているモニターを指差す俺。
「あれっテ……」
「……剣?」
「彼女にしては苦戦しているとは思ったが……。あまり良い状態ではなさそうだな」
そう。峰の言うとおり、麗華さんの状態は良くない。というか、なんでまだ誰も助けに行ってないんだ!
「いや、しかし、お前こそ大丈夫なのか? 最後、とんでもない大技使ってたけど」
「大丈夫だ! まだ、あと3セットはいける」
三村に応える俺。
ちなみに『1セット=断層剣カラドボルグ・超加速・捕食行動コンボ』だ。
「良く分からんが、それは凄いな……」
素直に感心する峰を置いて、走り出す俺。
「あ、マ、待ってくだサイ!」
エリカの声を聞きながらも、足は止めない。
若干ふらふらしてるけど。