幻影戦闘『四聖獣ガルア・テトラ』
『7月24日18時01分・A』
ストン、と。腰が落ちた。
やっぱり訓練と実戦は、消耗の度合いが違う。
ヘトヘトになるまで逃げ回って。
『悠斗くん! 幻影獣の精神支配は破りました! もう少しで援軍がやってきます!』
管制室のオペレータさんの頼もしい援護に、わずかばかりの光明が見えてきたところで。
ガルアが召喚した。
三つ目の『口』を。
「…………勘弁してくれ」
それ以外、どう言えというんだ?
「一応、説明だけしておくけど、別にさっきの彼女の放送で焦っている訳じゃないよ」
対するガルアは涼しい顔。
どう見ても『いよいよ切り札を出してしまったぜ』的な雰囲気はない。
つまり、まだまだ余裕がある。
「たとえ、残りの全ハンターがここに雪崩れ込んで来たって、全て喰らうくらいの自信はあるんだ」
だろうな。
「でも、このままだと、君は倒れるまで逃げ回りそうだからね」
同時に大口を開ける三体の『口』。
召喚数が増えても、その動きにはわずかの乱れも見られない。
「これが最後だよ、澄空悠斗。もう僕を倒すしかないのは分かるよね?」
小学生くらいの外見をしているのに、まるで駄々っ子を諭すような口調の幻影獣。
分かってる。超加速じゃ、もう無理だ。
「だからといって、倒せる訳も……。な!」
心が折れ掛けているのか、戦闘中にも関わらずガルアから目線を外した俺の目に、衝撃の映像が飛び込んできた。
「な、なんで……?」
壁にかかっているモニター群の一つ。Cブロックを写しているモニター。
世界最強の女の子の闘いを写しているモニター。
映っているのは、当然のように両断され消滅しかかっているBランク幻影獣タートルと。
うつ伏せに倒れたまま動かない麗華さん。
「れ、麗華さん!」
もはや、ガルアそっちのけで叫ぶ俺。
なんなんだ!
あれは『ちょっと休憩』的な倒れ方じゃ、断じてないぞ!
「驚いた……」
興味を示したのか、同じようにモニターを眺めながらガルアが呟く。
「時間稼ぎにもならないと思ってたのに、まさか相討ちに持ち込むなんて……。あいつも意外に頑張ったなー」
ふざけたことを言う、ふざけた存在。
「ふざけるなよ! 麗華さんが、あんな亀に負けるか!」
「ま、そうだね」
「へ?」
あっさりと認めるガルアに、拍子抜けする俺。
「あの子、相当に調子が悪そうだったからねー。ま、仕方ないんじゃないかな」
「え?」
今、何て言った?
「ん? だから、調子悪かったんだよね? 『BMP中毒症』だっけ。身体がBMP能力に付いてこなくなるなんて、いくら強くても不便だね。君達、人間は」
ちょ、ちょっと待て……。
「嘘つけ! 緋色先生は、BMP過敏症は治ったって言ってたぞ!」
「知らないよ、君達人間の事情なんて。でも、本当に君は気付かなかったの?」
何気ない一言。
さっきは俺を本気にさせようと不慣れな挑発をしてたみたいだけど、この言葉は違うのが分かる。
本当に何の気なしに言った一言。
「あ……」
しかし、今までで一番俺の心を抉った一言だった。
「そうだ……」
確かに違和感は感じていた。
感じていたからこそ、「麗華さんの代わりに自分がタートルと闘う」なんて身の程知らずな提案をして、麗華さんを驚かせたんだ。
緋色先生がどうして間違ったのかは分からない。
でも。
「緋色先生がどうとかじゃなくて……」
俺は気づいてあげられなかった。
麗華さんが苦しんでるのを。
そして。
麗華さんも言わなかった。
「なんでだ……?」
俺が弱いからか?
俺がバカだからか?
それとも、その両方か?
確かに、その通りだ。
でも、言って欲しかった。
たとえ結果的に役に立たなくても……。
「言ってくれさえすれば……!」
こんなところで「倒れるまで逃げる」なんて、悠長なことは言ってなかった!
《ま、しゃあねえやな》
ペース配分、なんて高等なことが俺にできてたとは思ってなかったけど。
心のどこかで何かが外れたのが分かる。
「劣化複写:幻想剣断層剣カラドボルグ」
熱い。
カラドボルグが今までと比較にならないくらい熱い。
いや、カラドボルグだけじゃない。
全身が燃えるみたいだ。
「驚いた。まだそんな力が…………。って、余裕を見せてる場合でもなさそうだね」
ようやく真剣な顔を見せるAランク幻影獣。
「それが君の本気かい? 澄空悠斗!」
「俺はいつだって本気だ」
そのベクトルが変っただけだ。
《いいか、悠斗。これは戦争だ》
分かってる。
《遠慮はいらねえ》
だれがするか。
《全ての技、全ての戦術、全ての能力》
全ての力で。
《痕跡残さず、消し去ってやれ!》
もちろんだ!
「おおおおおお!」
自分でも驚くほど凶暴な吠え声をあげながら、カラドボルグを横殴りに振り切る。
それまでとは比較にならない次元の断層が空間を上下に裂く。
「くっ」
ガルアが宙に舞う。
「だめだよ、澄空悠斗。威力はダンチだけど、モーションがダダ漏れじゃないか? そんなんじゃ……」
うるさい。
「さらに続けて……」
カラドボルグが一瞬で虚空に消える。
「劣化複写:超加速!」
宙に浮いて身動きできないガルアめがけて、三村の超加速で追撃をかける。
「かふっ」
少年の外見をした獣の腹に、深々とめり込む俺の肘。
「猪突猛進!」
止まらずに、ガルアを宙に押し上げていく。
肘に集中する力が、槍に見立てた俺の肘を青白い光で覆っていく。
そのまま、ガルアをさきほどのモニター群に叩きつけた!
「がふっ」
別に狙った訳ではないが。
Cブロックが見えるモニターが、すぐ近くに見えた。
◇◆
「ちょっとだけ、驚いたよ」
モニター群に身体をめり込ませ、貫通しそうなほど深く俺の肘を身体にめり込ませながら。
ガルアは少しも堪えた様子はなかった。
「異なるBMP能力の連続起動とはね。『君は最強を目指すことはできない』、って言ったことは撤回させてもらうよ」
どうでもいいよ、そんなのは。
「でも、忘れてないよね? こんなナリでも、僕はAランク幻影獣なんだよ。この程度の攻撃じゃBランクにだって傷一つ付けられな……」
「さらに続けて……」
肘を戻して。
呼ぶ。
「劣化複写:捕食行動」
Aブロックに四体目の『口』が現れる。
他三体と外見、大きさ、存在感、全てが同じだが。
こいつは、ガルアの命令は聞かない。
俺の背後の空間で、俺の命令とエサを待っている。
「な……」
「悪いな」
驚愕するガルアに告げる。
「俺はあんまり興味がないんだ」
誰の方が優れているとか。
誰が一番強いとか。
「君は、人間だけじゃなく、僕らのBMP能力まで……」
「そんなものより、今はおまえを倒す力があればいい」
倒して麗華さんの所へ駆けつける力があればいい!
ガルアの胸倉を無造作につかみ上げる。
そんな俺の背後には、大口を開ける捕食行動。
「やはり、やはり君こそ……」
外見通りではあるが、意外に軽いガルアの身体を、背後の口に投げ込む俺。
ガルアは、抵抗もせずに『口』の中に呑みこまれていき。
「『境界の者』……」
『口』が閉じた。