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BMP187  作者: ST
第二章『ウエポンテイマー』
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幻影の破り方

『7月24日17時35分・管制室』


「悠斗君!」

美琴が叫ぶ。

二つの『口』に追い回される悠斗が、少しずつ追いつめられていく姿を見ていることしかできないのがもどかしい。


「悠斗君、聞こえますか!? 悠斗君!」

さきほどから叫び続けているが、モニターの中の悠斗は一向に気づく気配がない。

いや、悠斗だけではない。

他のオペレータも各所に救援要請をしているが、誰も反応を示さないのだ。


「どうなっているんだ、これは!」

「通信機器に異常は見られません! 音声は届いているはずです!」

「Aブロックに関する発言以外は伝わるのに……」

「じゃあ、BMPハンター達がみんな精神支配されているとでも言うの!」

先輩オペレータ達も、あまりの事態になすすべがない。

せめて、局長か雛鳥結城がいてくれれば……。


「なんで今日に限ってこんな……。おかしいよ、こんなの……」


『管制室、聞こえますか? 管制室!』

澄空悠斗の切迫した声が聞こえる。

「聞こえてる! 聞こえてるよ、悠斗君!」

叫ぶが、こちらの声は聞こえない。

あのガルア・テトラの能力なのか、それ以外のモノのBMP能力なのかは分からないが、BMP能力者ではない自分の手に負えるような状況でないのは確かだった。


「なんで私、オペレータになんかなったんだろ……?」

BMPハンターでもない、一般人でもない。

こんな中途半端な場所が自分の目的地だったのだろうか?


『いい加減に気づいたらどうだい?』

「っ」

少年の姿を取ったAランク幻影獣、ガルア・テトラに呼びかけられて、どきりとする。

いや、違う。

自分に呼びかけてきたんじゃない。


『何の……話だ!?』

澄空悠斗が叫び返す。

息が完全に上がっている。

傷の数も増えて来ている。


『ちょっと考えれば、分かるんじゃないかな?』

それまでとは違う。底の暗い声。

嫌な予感がした。

『いや、全然、分からん』

ストレートな澄空悠斗の声。案外、この子、大物かもしれない。

『通信機器の故障にしても、管制室が全滅したにしても、ここに誰も来ないなんておかしくないかい? BMPハンター達が全滅した訳でもあるまいし』

『お前には原因が分かるとでも言うのかよ!』

『あるじゃないか。簡単な理由が』

『なんだよ』

『僕は、君が死ねば帰る。他の連中はどうか知らないが、たぶん帰るんじゃないかな?』

『…………』


「な、何言ってるの、コイツ……」



『君がどれだけ重要人物だとしても、全滅するよりはましだって考えても不思議はないんじゃないかな?』



「ふ、ふざけないで! 悠斗君、こんなやつの言うこと、聞いちゃだめ!」

聞こえないと分かっていても、叫ばずにはいられない志藤美琴。



『どう思う、澄空悠斗?』



「悠斗君、お願い!」

叫びながら思う。

これだけ優位に闘いを進めておきながら、どうして揺さぶりをかける必要がある?

いくら潜在能力が凄いといっても、本格的に戦闘をするのはまだ二回目の、まだ高校生の男の子の心まで折る必要がどこにある!



『……なるほどな』

澄空悠斗の声。

驚くほどさばさばして聞こえたのが、逆に不安を感じさせた。


『あれ? 認めるの?』

『いや、幻影獣のくせに頭いいんだな、って感心してた』

『じゃあ、認めないの?』

『別にどっちでもいいよ』



「……え?」

今、何て?



『偉い人たちの陰謀とか、勝つための苦渋の決断とか。そんなこと、俺が考えたって時間の無駄だろ?』

『でも、見捨てられた怒りくらいは感じてもいいんじゃないかな?』

『それだって、時間の無駄だよ』



「…………」



『俺のやることは、一分一秒でも長く生き延びることだ。他のことは、あとから考えればいい』



「悠斗君」

頭をがつんと殴られたような衝撃だった。

そして、同時に胸が熱くなるような感覚だった。


そうだ。


悠斗君の言うとおりだ。

自分の力が及ばないことに、いくら考えを巡らせても仕方がない。


今できることをやる。

それがプロだ。


と。


『あーあ。失敗か。やっぱり、幻影獣に人間を挑発するなんて無理なのかな?』

『…………』

『それとも、君が特別なのかな?』

『それはない』

攻撃が止んだ隙に息を整える悠斗。


『でもね、澄空悠斗』

『……なんだよ』

『僕は、そんな君には興味がないんだ』

モニター越しでも分かるくらい、ガルアの気配が膨れ上がる。


『僕が興味があるのは、僕を殺せる君だけなんだよ』

『…………』

その背後に控えるのは、二つの巨大な口。



『闘おうよ、澄空悠斗。でないと、ほんとに死ぬよ?』



「っ!」

Aブロックのモニターから眼を離す。

見ていられなくなった訳ではない。

自分にできることをするためだ。


傍らの受話器を取る。

「出てよ……。お願い」

そして、番号をコール。

風邪でダウンした『複合電算シミュレータ』雛鳥結城の部屋の電話番号だ。


そして、美琴の願いは通じた。


「ひゃーい……。ひなろりでふー」

半分だけ。

「結城ちゃん。大丈夫? 話、できる?」

「できるおー。で、美琴ちゃん? 悠斗君と剣さんの『闘い終わって、正面から抱き合って、悠斗君が剣さんの肩に頭を載せて、剣さんが少し困ったような顔をしてる』スナップ写真は手に入ったー?」

「ごめん。そんな約束初耳」

そして、そんなスナップ写真がこの世界に存在しないのは、この間のボーナス全額かけてもいい美琴。

ちなみに、彼女、雛鳥結城の名誉のために言っておくが、普段はこんなはっちゃけたキャラではない。

年に似合わぬ落ち着きを持つ、知的な女性なのだ。

作戦途中で気絶するほどの高熱が下がっていないらしい。

でも、澄空悠斗と剣麗華のファン(※それもちょっと偏った)なのは、友達だけど初めて知った美琴である。


「お願い、聞いて結城ちゃん」

でも、この状況を何とかできるのは彼女しかいない。

美琴は、現在の状況を可能な限り簡潔に結城に伝えた。


しばらく返答はない。

結城が電話の向こうで気を失っていないことを願うばかりだ。


と。


「精神支配で間違いないと思う」

まるで、コンピュータが話しているかのような冷たい声。

「ゆ、結城ちゃん!」

良かった。やっぱり、雛鳥結城もプロだ。


「でも、この管理局のBMPハンター全員を支配するなんて、一体どうしたらいいの……?」

「違うよ。支配されているのは、BMPハンターの人たちじゃなくて、美琴ちゃんたち」

「え?」

思わず、聞き返す。


「たとえ、BMPハンター全員を支配できる能力があったとしても、管制室のオペレータ全員を支配する方が楽だもん。美琴ちゃん達、『少しも』その可能性を考えなかったでしょ? それが、その証拠」

「そ……」

あまりな推論に、言葉が出ない。

「これだけの精神支配、あのAランク幻影獣のセカンドアビリティとはとても思えない。他に強力な幻影獣がいるはずだよ。モニターには表示されているはず。それも見えてないでしょ」

「う、うん」

モニターには特に強い反応は二つ。

Aブロックのガルア・テトラと、Cブロックのタートルだけだ。


「どうすれば、この精神支配を破れるの?」

一番聞きたいことを聞く志藤美琴。

「この状況でできそうなのは、強いショックを受けることくらいだけど。話を聞く限り、媒介も必要としないようなBMP能力を破るのは無理かもしれないわ」

「そう」

「役に立てなくて、ごめん」

「そんなことない。十分役に立ったよ」

雛鳥結城も、十分プロの仕事をしてくれた。


「んにゃ、『どういう理由でか、カラドボルグを悠斗君の首に突き付けた剣さんと、何か剣的なものを突き付け返している悠斗君の姿を描いたカレンダー』約束にぇ」

いきなり、崩れる結城。

そして、ゴトっと何かが落ちる音がした。

どうやら、完全に倒れたらしい。頭とか打ってなければいいけど。


ともあれ、自分のやることは決まった。


「志藤さん?」

オールドミスに見えるが、実は子持ちで家族思いの主任に呼びかけられながらも席を外す。

みんなに説明している暇はない。というか、説明しても意味はない。


「あった」

整然と片づけられたロッカーから、一つだけ異彩を放つ奇妙な物体を取りだす。

「いつ見ても、禍々しいわね」

それは、木製の台座に金属製の棒のようなものがついたネズミ捕りのようなものだった。

というか、これはいつかの忘年会で誰かがとち狂って余興用に持ち込んだと噂の(※一説には城守局長という話もあるが、さすがに嘘だろう)ネズミ捕りだった。

ネズミを『捕る』どころか『潰して』しまうほどのパワーが売りらしい。アホか。


「ごくっ」

息を呑んで、左手をネズミ捕りにセットする。

城守局長が言うには、骨くらい折れる可能性があるので、冗談でも誰かの手を挟んだりしないようにとのことだ。

「でも、冗談じゃないんですよ」

美琴は大まじめだった。

でも、怖かった。


「って、いつまでも怖がっててもしょうがないよね」

全身に力を入れる。

足を踏ん張る。

歯を食いしばる。


そして。

「えーい! 女は度胸!」

ネズミ捕りを発動させた。


「…………」

「…………」

「…………」


彼女が何をやっているか分からない先輩オペレータ達の沈黙が痛い。

傍目に見てても痛そうな、ネズミ捕りに挟まれた志藤の左手を見て、卒倒しかかる人もいる。

でも、それが問題にならないくらい左手が痛い。ほんと痛い。

ひょっとして、折れたかもしれない。


これで何もなかったら、ほんとに骨折り損ね、などと自嘲気味に思いながらモニターに眼をやると。


「いた……!」

ほんとに居た。


最外層ブロックO-4。

そこに、ガルアと同じくらい大きな反応が二つ。


幻影獣だ!


志藤美琴は、自分の席に駆け戻り、右手でマイクを取った。

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