不器用な嘘
『7月24日16時43分・A』
「劣化複写:超加速!」
三村の能力を借りた超バックステップで距離を取る。
勢い余って5メートルほど後方移動してしまったが、全然無駄ではなかった。
さっきまで俺の居たところの床が半径1メートルほどごっそりなくなっていた。
「喰った……」
思わず呟く。
あの『口』がまともな生き物ではないのは分かっていたが、さすがに床をガリガリと咀嚼されると気が滅入る。
「駄目じゃないか。なんでもかんでも食べたら駄目だって言ったろ?」
『メッ』みたいな口調でガルアが言うが、もちろんそんな可愛らしい状態ではない。
あの『口』に呑み込まれたら異次元に飛ばされるという触れ込みだが、あの歯……というか牙も、相当な破壊力があるみたいだ。
「劣化複写:幻想剣:断層剣カラドボルグ!」
麗華さんの能力を借りて、断層剣カラドボルグを創り出す。
この技は当たりさえすれば最強の攻撃力(※緋色先生による保証付き)がある。
この二週間、この動作ばかりを練習してきた。
二週間前、麗華さんの前で大恥をかいた時の速さとは、『使用前』『使用後』くらいの差があるはず!
「ひょいっ」
が。
小馬鹿にした口調とともに、わずかに身をかがめたガルア・テトラの上に、必殺の断層が姿を現す。
外れた!
「もう一丁!」
体勢が崩れた(※と信じたい)ガルアに向けて、今度は振り下ろすような一撃を見舞う。
俺の剣の軌跡をトレースし延長するかのように空間に亀裂が走り。
「ひょい」
今度は横にかわされた。
「な、なんでだ……?」
思わず嘆く。
二週間前とは違うはず。
麗華さんみたいに神業的な速さで振りまわすことはできないけど、『これなら実戦でもなんとか使えるかな?』と訓練教官の人も言っていたのに……。
「全然駄目駄目だね。澄空悠斗」
『口』の唇を撫でながら、ガルアが言う。
「剣が『重すぎる』んだよね。振りかぶった瞬間から、剣の軌跡も、空間亀裂のでき方も完全に予測できるよ」
「な!?」
「そのオリジナル……剣麗華はさ、速いだけじゃなくて色々小細工もしてるんだよ。もちろん僕はあんまり興味ないけど」
「……」
「君は、フェイントすらできないんじゃないかな?」
「…………」
できないよ。
できるか、こんな剣で!
麗華さんの技術は、一体どうなってるんだ?
「だいたい! だね」
ガルアが『口』に命令を出す。
『口』が向かってくる。
「劣化複写:超加速」
まともに走ったんじゃ逃げきれない。
三村の能力を使って、とにかく逃げまくらないと。
「管制室! 聞こえますか! 管制室!」
『…………』
逃げながら管制室に呼びかけるが返答がない。
というか、ここをモニターしてないはずはないから、すでに向こうから連絡があっていいはずなんだけど、管制室に何かあったのか?
「君は間違ってるんだよ」
何がだ!?
「人類最強のBMPを持ちながら、よりによって複写系能力なんて」
「?」
「自分より弱いやつらを真似て、一体どうするつもりだい?」
「?」
なんの話だ。
「君は、自分から最強になることを放棄したんだ」
◇◆
『7月24日16時52分・C』
中層とAブロックを結ぶ中庭。
ブロックC。
一人でBランク幻影獣を任された剣麗華は。
苦戦していた。
「断層剣カラドボルグ」
亀のような幻影獣の腕の一撃をかわしながら、一瞬でカラドボルグを具現化、居合抜きのような速さで振りぬく。
今の澄空悠斗が見れば、それがどれほど芸術的で無駄のない動きか少しは理解できるだろう。
もちろん亀のような大型幻影獣にかわせるはずもなく、甲羅の部分にまともに空間亀裂が走る。
が。
「やっぱり、効いてない」
さしたる動揺も感じさせない声で呟く。
が、疑問には思っていた。
外見からして防御力重視の幻影獣だという想像は付いていたが、カラドボルグでダメージを与えられないというのは異常だった。
そもそもこの剣は、『どれだけ使いにくくてもいいから、とにかく当たれば敵を倒せる、それもできれば大量に』という大胆なコンセプトで創造した剣だった。
天賦の才がある麗華が使うにはこれほど向いている剣もないかもしれないが、おかげで悠斗は苦労している。
それはともかく。
「っ」
ガクンと膝が落ちる。
別に攻撃された訳ではない。
ただ、唐突に膝をついた。
「っ」
立ち上がって場所移動。
さっきまでいたところに、Bランク幻影獣タートルの腕が振り下ろされる。
「当たると、少しまずい」
何の特殊能力もなさそうだが、その重量だけでも十分な脅威だ。
それでも、普段ならまず当たることを心配するようなスピードではないのだが。
「ちょっと、まずい」
息が乱れている。
限界を超えて動き回ったとか、極度の緊張で一気に疲労が蓄積したとかではない。
麗華にして見れば、朝のランニング程度の動きしかしていない。(※麗華が毎日朝のランニングをしているということではない。念のため)
現実から目をそらしてもしょうがない。
明らかに麗華の体調はおかしかった。
攻撃が通じないのも、敵の防御力が高すぎるのではなく、カラドボルグの威力が落ちているからだ。
というか、頭が痛い。
割れるように痛い。
頭痛なんて、覚醒時衝動の時以外したことなかったのに。
体も鉛のように重い。手足の先の方の感覚が、どんどんなくなっていく感じがする。
「少し無理があったかもしれない」
とてもとても冷静に分析する麗華。
◇◆
『7月24日17時00分・M-4』
開いた窓から幻影獣が飛び降りていく。
窓という窓からどんどん飛び降りていく。
襲撃方法から考えて、ほとんどの幻影獣は空を飛べるはずだが、飛び方を忘れたかのように地面に向かって一直線に落ちていく。
このくらいの高さで滅びるような連中ではないが、地面に落ちた幻影獣は立ちあがる気配がない。
どころか、小さい幻影獣から、どんどん消滅を始めている。
「相変わらずの支配力ね……」
こども先生(※呼んでいるのは、澄空悠斗だけだが)こと緋色香が言う。
相手は、紅蓮の瞳を輝かせている姉だ。
「大したことではありませんよ。彼らに『もう存在を保てない』と認識させただけです。万一のことを考えて、先に飛び降りてもらいましたが」
姉の『アイズオブクリムゾン』こと緋色瞳が答える。
ちなみに『万一のこと』とは、たまに消滅の間際に爆発する幻影獣がいるからだ。滅多にいないが。
「ところで、せっかく注意したにも関わらず姉さんの眼を見ちゃったハンター達が動かなくなっちゃったんだけど、大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ。『アイズオブクリムゾン』は、強い意志を持つ人間にはかかりませんから」
「その『強い意志』の要求が高すぎるような気もするんだけどな……」
M-4ブロックに居た三分の一近くのハンター達が、呆けたような顔で涎を垂らしながら、突っ立ったまま動かない。(ちなみにあとの三分の一は腰を抜かしていて、その他は単純にビビっている)。
どうして人間は、「見ちゃだめ!」と言われると見てしまうのだろうか?
「小学生でも耐える子もいるんですけどね……」
「え?」
「なんでもないです」
フイっと眼をそらす瞳。
「支配系最強と言われて長いのに、まだまだ支配力が増しているんじゃないかしら? 我が姉ながら驚くばかりね」
悠斗がいれば、「むしろ、二人が姉妹ではなく親子に見えそうなことに驚きを感じます」とか言って小突かれるところだが、幸い悠斗はいなかった。
が。
「私は、むしろ、あなたがこんなところで油を売っていることの方に、驚きを感じますが」
「え?」
思いもかけぬ強い口調に、驚く香。
「油なんて売ってないわよ。姉さんほどじゃないけど、私もなんとか役に立とうとしてるわよ」
「……ほんとに分かってないんですか?」
「な、なにがよ……」
悠斗でなくても、お母さんに怒られているお子様にしか見えない仕草で返答する香。
「『危険なのは分かっているけど意思を尊重したい』、とか、『いざとなったら自分が何が何でも守るから悔いのないよう行動させてあげたかった』、とか、そういう考えなら私も理解できたのですが……」
やれやれ、という仕草をする瞳。
「だ、だから、なんのこと!?」
「麗華さんのBMP中毒症」
「!?」
「忘れた訳ではないですよね?」
「忘れてなんかないわよ。でも、今朝も念のため調べてみたけど何の異常もなかったわよ。そりゃ、何にだって絶対はないけど」
「あなたの『アイズオブエメラルド』には、欠点があります」
「……え?」
唐突なセリフに、言葉を失う香。
「何よ。姉さんほど支配力がないこと?」
「それは単なる個性でしょう? 欠点ではありません」
「じゃあ、何?」
逆に問われた瞳は、二・三回瞬きをした。
次に眼を開いた時、赤い輝きが幾分弱くなっていた。
「『アイズオブクリムゾン』を抑えました。香、今の私の状態を診れますか?」
「そりゃ『アイズオブクリムゾン』さえ抑えてくれれば……。って、あれ?」
近くに寄る。
普段悠斗にしているように、ほとんどすがりつくくらいの距離で姉の瞳を覗き込む。
ここにはいないが、三村が居れば「な、なんだかちょっとどきどきする絵だな、悠斗!」と盛り上がるに違いない。
「ど、どうして? 診れない……」
呆然とする香に、瞳は瞬きをひとつして。
「『アイズオブクリムゾン』は嘘に弱い」
「嘘?」
「対象者が見せたくないものは見えないし、見せたいものには騙される」
「ま、待ってよ! 今まではそんなこと一度も!」
「幻影獣は嘘なんか吐きませんし、あなたに診てもらおうという人たちにも嘘をつく動機がありませんでしたから」
「そ、それって……」
ようやく香にも、瞳が何が言いたいか分かった。
「麗華さんはそれを知ってた……?」
「侮っていた訳ではないでしょうが、あの子はあなたが思っているよりも聡明な子です。知っていてあえてそれを伝えなかったのは、たぶん私と同じ理由なんでしょう」
「……私は、こんな欠点のあるBMP能力で、今まであの学園で教師をやってたの?」
澄空がいても三村がいても、ここで「そんなことより、その外見の方が驚異です」とは、さすがに言わないだろう。
「欠点のない能力などありません」
「…………」
「問題があるとすれば、それは使い手の方です」
「っ!」
辛辣とも取れるセリフに、俯く香。
が。
「姉さん。ごめん。ここ、任せてもいい?」
「それこそ、愚問というものです」
ここで、ようやく僅かな笑顔を見せる瞳。
「ほんとごめん! あとで、ビッグチョコサンデーマンデー風味をおごるから!」
謎の商品名(※といっても、新月学園学食で売っている)を叫びながら、走り出す瞳。
と、その足が止まった。
「姉さん、実は一つだけ聞きたいんだけど……」
「なんですか?」
「姉さん、ひょっとして、悠斗君に昔会ったことある?」
「? どうして?」
聞き返す瞳。
「あ、い、いや。ごめん。やっぱ、いい。へんなこと聞いてごめん!」
その顔を見て、あっさりと質問を撤回して、こんどこそ走り去る香。
「どうして……?」
その後ろ姿を見ながら、ひとり呟く瞳。
「そういえば、どうして今まで言ってなかったのかしら?」




