天閃(レイ)
『7月24日16時23分・E-4』
光が走る。
敵が吹っ飛ぶ。
光が走る。
敵が砕け散る。
光が走る。
敵が消え去る。
それは、一言で言えば光の芸術だった。
もしくは、光の暴力だった。
峰を窒息させようとした泥の幻影獣を一瞬で焼いた光線は、それから立て続けにこのE-4ブロックを襲った。
一目で分かる、圧倒的なまでにレベルの違う遠距離攻撃。
「凄い……」
峰は、レーザーのような威力よりも、その精度に感心していた。
あれだけ攻撃範囲の広い光線なのに、これだけの密集・混戦状況で、味方のBMPハンターに一切あてずに幻影獣だけを攻撃している。
しかも『狙い澄ました』というような頻度の攻撃ではない。
それこそ、雨あられと光線が降り注いで来ているのだ。
あまりに危なっかしくて、BMPハンター達は誤射を恐れてさっきから動けなくなってしまっている。
と。
不意に、光線が止んだ。
すでに動きを止めていたBMPハンター達に加えて、めっきり数を減らした幻影獣達も逃げまどうのをやめる。
最初に光線が走ってから10分弱。
一方的な光の殺戮で、形成は一気に逆転していた。
その、ほぼ勝負のあったE-4ブロックに、靴が床を叩く乾いた音が響く。
人も獣も、皆、その方向を見た。
「初期の迎撃フェイズが終了して、遠距離攻撃系BMP能力者としてのノルマは終わったから」
それは、眠そうな眼をした眼の覚めるような美女。
「姉としてユトユトの応援に行こうとしていたのに」
少し不満げな表情で、その女性はなんの警戒もなく近づいてくる。
「名前が聞こえた気がしたから寄り道したら」
獣と付いていても本能はないのか、一匹の幻影獣が女性に襲いかかる。
「天閃」
呟きとともに、かざした右手から照射される必殺の光。
全身を光に包まれて消滅する幻影獣。
「やっぱりいないし、ユトユト……」
女性はそう言って、あの光線を出したとは思えないほど可憐な手を口に当てた。
「しょうがない、片づけようか」
『さ、掃除始めよ』くらいの軽い口調で、眼の覚めるような美女が言う。
差し出される右手。
その前に、直径60センチほどの光の輪が姿を現す。
光の輪は回転を始め。
徐々にその速度を上げていく。
「天閃」
呟く、女性。
次の瞬間、回転する光の輪に合わせるように、次々に光線が撃ちだされる!
「ふ、伏せろー!」
誰かの声がする。
さきほどまでの、この攻撃のコントロールを忘れた訳ではないだろうが、反射的に伏せてしまいたくなるくらい、圧倒的な光の量だった。
事実、ほとんどのBMPハンターは伏せた。
幻影獣も何体かは伏せたが、光線は容赦なく獣がいる地面を抉った。
そして、峰は。
数センチと離れない空間を、必殺の光が横切っていく状況にもかかわらず。
ただ、その光景に見とれていた。
◇◆
戦闘は終わった。
幻影獣軍の増援には底がなく、今でも敵戦力は増え続けているだろうが、少なくともE-4ブロックには敵の姿は完全になくなった。
完全にだ。
破壊の光線が、最後の一匹まで、完全に根こそぎ焼きつくしてしまった。
しかも、あれだけの攻撃で無駄撃ちや誤射が全くなかった。
制圧型の攻撃力と狙撃型の命中力を高い次元(※ほとんど反則的なほどに)で融合させた完璧な攻撃だった。
峰はこの人物に心当たりがあった。
というか、その人以外に、こんなことができる人が居るとは思えなかった。
最強BMPチーム『クリスタルランス』支援担当にして、メインアタッカー。
個人のBMPランクでも、あの剣麗華を上回っている凄腕ハンター。
「アローウエポン。『天閃』の茜島光」
男とも女とも取れる名前だったこともあり、峰は、今の今までアローウエポンが女性という話を信じていなかった。
別に、女性軽視をしている訳ではない。
単純に『氷のような心を持って、機械のように正確に淡々と仕事をこなすプロフェッショナルで屈強な男性』をイメージしていたのだ。
自分の。いや、全ての遠距離攻撃系BMP能力者にとっての憧れの存在。
イメージギャップは甚大だった。
眼の覚めるような外見に反して、その表情は眠たげで優しげで。
両手を組んで、上にのばして「うーん」とか伸びをしている姿はプロフェッショナルとも屈強ともかけ離れていて。
でも強い。圧倒的なまでに。
話したい。
なんでもいいから話して、聞きたい。
澄空悠斗どころじゃない。自分の最終目標が、すぐそばにいるのだ。
戦闘の方法、能力制御のコツ、闘う理由、好きな食べ物、趣味・嗜好なんでもいい。
とにかく、何かを話さないと!
「君」
「と、とりあえず、好きなタイプは何ですか!?」
「? それは、もちろん、ユトユトだけど?」
「へ?」
固まった。
今自分が口走ったセリフと、なぜか茜島光が自分に話しかけてきたという事実と、聞き慣れない渾名でさらりと答えられてしまったことに固まった。
「え、えーと……」
(何はともあれこれはチャンスだこれを足がかりにもっとお話をというかまず不躾なことを聞いたことを謝らないとその前にユトユト氏のことはメディア等に話さないと約束しないとというかアローウエポンに恋人がいたなんて話は初めて聞いたまあ性別すらはっきり信じてなかったくらいだからあたりまえだけどというかそんなことより)
とりあえず、自己紹介をしないことには。
「す、すみません。唐突に。俺は、新月学園1-Cの峰達哉と言います! 能力名は『砲撃城砦』です!」
「あら、ユトユトと同じクラス。どうりで名前を呼んでたわけだ」
「へ?」
今、何て言った、この人?
いぶかしむ峰の前で、茜島光は優雅に一礼し。
「初めまして。私は『クリスタルランス』所属、アローウエポン・茜島光です。いつも、弟がお世話になっています」
「いや、こちらこそ……。って、弟!」
びっくり仰天した。
「い、いや、ちょっと待ってください。うちのクラスには茜島なんて名字はいませんよ!」
もし居たら、土下座してでも頼み込んで家に案内してもらっているところだ。所持金ギリギリのお土産持参で!
「まだ、正式には姉弟になっていないから」
「そ、そうですか……。って、ちょっと待ってください!」
正式手前の姉弟とかあるのか、この世界に!?
「実際に、ここにいる」
「で、ですよね!」
思わず同意してしまう。
というか、彼女の言うことを否定する奴がいたら、自分が代わりに論破してやらなければと瞬間的に決意した。
(しかし、『ユトユト』か……)
どういう関係かは分からないが、この渾名が本名をもじって付けているのなら、候補はかなり絞られる。
峰は、クラスメイト全員の姓名を完全に覚えている真面目な生徒なのだ。
今まで全然聞いたことがなかった:あんまり話したことのない奴の可能性が高いな。もしくは最近知り合った奴か。
ユトユト:単に繰り返しているだけの可能性が高い。
ユト:ユト、ユトウ、ユトオ、ユウト。
どうりで、名前を呼んでいた訳だ:さっき名前を呼んでいた奴だな。
…………。
(ちょっと待て)
「すみません。ユトユト氏の本名をお聞きして、よろしいでしょうか?」
必要以上の敬語になる。
「澄空悠斗」
「やっぱりですか!」
思わず、大声を出す。
しかし、良く考えれば、周りは名だたるハンターばかりで、しかも今は戦闘後で、話している相手はアローウエポン。
このノリはひょっとして、かなりまずいのではないだろうか?
というか、自分はこういうタイプではないはずだ。こういうのは、むしろ三村のキャラだ。
「ところで、峰君」
「は、はい!」
勢いよく返事する。
あとで顰蹙を買ったって構うものか。今、この人と話せるのなら。
「君は、ユトユトのために、ここに来たの?」
「それは……」
もちろん。と言おうとして止まった。
眠そうな目が、わずかに真剣な色を帯びている。
これは、ノリや勢いで答えてはいけない質問だと感じた。
よーく考えて。
考えて……。
考える必要などなかったことに、気がついた。
「そうです。俺は、澄空の助けとなるために、ここに来ました」
言った途端、彼女の顔が明るくなった。
その表情を見て、さっきからの一連の話が、彼女にとっては伊達でも酔狂でもなかったことを確信する。
「良かった。今でも、やっぱり、悠斗君は悠斗君みたい」
いや、これはひょっとしたら、ただの姉弟なんかよりも、もっと……。
「あ、あの……。聞いてもいいですか?」
澄空と貴方のことを。
「会ったのは二週間前。私は、悠斗君と家族になりたいと思っている」
「え」
「それだけ」
「…………」
もちろんそんなことはないはずだが。
これ以上聞くのは無理そうだった。
いや、でも、一つだけ。
「どうして、澄空のお姉さんになりたいんですか?」
「強いから」
「え?」
「本当の意味での強さを持っていると思うから」
「…………」
「でも、無理するタイプだから」